第7話

 ダニエルの家は、『何もない』という言葉がぴったりなほど、必要最低限のものしかなかった。クローゼット、テレビ、DVDプレイヤーらしきもの、テーブル、椅子、ソファー、カーテン、そして暖炉。

 ベッドルームも同じように、ベッドとヘッドランプ、クローゼットとカーテンしかない。


 寝室に連れて行かれた途端にキスをして来たダニエルに待ったをかける。


「ダニエル、待って。先にシャワーを浴びさせて」

「待てない」

「お忘れのようだけど、あたしは射撃をしてたのよ? 硝煙の匂いがして気持ち悪いのよ。それに汗もかいたし……」


 そう言ったあたしにダニエルは溜息をつき、無言でバスルームへと連れて行かれた。


「服や下着は洗濯機に入れておけ。乾燥機能付きだから全部やってくれる」

「ごめん、ありがと」

「ついでに、お前もする」

「えっ?!」


 あたしを洗濯ってどういう意味、と聞く間もなくダニエルはあたしを全裸にし、自分も全裸になってバスルームへと押し込むと、お湯を出してあたしにかけた。

 シャワーの音に混じり、ダニエルがキスをするリップ音が響く。あたしの身体を洗いながら時々キスをするダニエルの目は、ギラギラするほど妖しく誘うような、欲情を湛えた目だった。

 身体を這うボディソープを泡立てたスポンジと、それを広げるように這うダニエルの掌と指先……。その全てがあたしの身体を優しく撫で回し、肌を敏感にして行く。

 胸の先端を指先で弾かれ押し潰され、擦られて捏ねられる。

 指先も、腕も、足も、全てを洗われ、頭を洗われる時にはあたしの弱い部分の全てをダニエルに知られていた。


 バスルームを出ると水滴をふき、バスローブを羽織ることなくカーテンを閉められ、ヘッドランプを付けたベッドへと押し倒された。そのまま覆い被さって来たダニエルは、あたしにキスをしながら身体中に手を這わせる。

 そしてそのままダニエルのテクニックに翻弄されていき、愛されて、最後はその腕の中で眠りについた。



 ***



 俺は外人部隊に数年いた。それも、あの有名なフランスの外人部隊に。

 元々海軍ネイビーに所属してはいたし、たまに戦略などの勉強目的で行かされることがあると聞いてはいたが、まさか俺が行かされるとは思ってもみなかった。

 過酷な訓練と実戦ではあったが、それでも死ぬことはなく本国アメリカへと帰ってこれた。まあ、腹に銃弾を食らって何度か死にかけたことはあるが。


 帰国してネイビーの新人に混ざる。数は少ないが女性軍人もいた。

 その中にフランチェスカ・ラングレンがいて、女とは思えないほど、ガハガハと笑っていた。

 そんな屈託もない笑顔のフランチェスカに一目惚れをした。身体つきは女性らしいのに、性格はサバサバしているのか、他の女のように男に色目を使わないことにも驚いたし、好感が持てた。

 『ラングレン』というファミリーネームから伝説の狙撃手に関係あるのかと思っていたが、俺が知ってる限りでは年下の同期の誰もそのことについて知らないようだった。まあ、ファミリーネームが一緒だからと言って、親類とは限らないが。


 最初の班は違っていたが、彼女の狙撃の腕の噂は聞いていた。そしてたまたま一緒になった狙撃訓練で、彼女は噂以上の腕の持ち主だと知った。

 百発百中のど真ん中の腕、見ただけでわかる銃の砲身の曲がり……それに合わせて銃を打つ、腕と目。

 それに感心しつつ、次の班分け――これでほぼチーム分けが決まる――で、彼女を俺のチームの狙撃手にすることを決めた。

 同じチームになっても彼女は変わらなかった。体力的にキツイだろうに一切の泣き事を言わず、ひたすら訓練に打ち込むその姿にどんどん惹かれていく気持ちが募る。

 G訓練をしたらしたで、男ですら気絶する奴がいる中、軒並み気絶してる女の中で唯一気絶せず、挙げ句に『ジェットコースターだと思えば楽しい』と宣うその根性と、『狙撃手になる』という目標にブレることなく、狙撃の腕が上がって行くフランチェスカ。


 単独でも戦闘機を飛ばし、飛ばしながらはしゃぐフランチェスカに唖然としたり、タンデムで背面飛行をすれば『おー、街が米粒! 山脈が小さい! 綺麗!』と余裕をかます。何度「本当に女か」と思ったことか。


 そういった自然な態度が俺の心にスッと入り込み、いつの間にか大切で愛する存在になった。だからこそ、中年のオヤジと笑いながら出かけるフランチェスカを見て憤り、絶望もした。

 なぜお前の隣にいるのは俺じゃないのかと身勝手に怒り、射撃場にいたフランチェスカに八つ当たりじみた言葉をぶつければ伝説の狙撃手の名前を告げられ、それが自分の父親だと言われて思わず笑ってしまった。思い出した限り、確かにフランチェスカが言った通り、二人は似ていたから。

 そっと抱き締めれば、フランチェスカが硬直する。思いを告げれば、フランチェスカも俺のことを愛していると言ってくれた。

 まさかそんな答えが帰って来るとは思わなかった俺は、その場で彼女の唇を奪い、貪るようにキスをする。

 角度を変えて何度もキスをし、欲情に濡れたフランチェスカの目を見ながら「フランがほしい」と言えば、フランも俺がほしいと……抱いてくれと言ったその言葉に歓喜が走る。

 基地内に住んでいるフランは外出許可をもらい、その足でフランを自宅へと連れて行く。すぐに抱いてしまいたかったが硝煙の匂いがついているからシャワーを浴びたいと言い、そのまま一緒にバスルームへ入ってフランの身体を洗った。


 キスをしながらフランの身体を洗い、愛撫を施し、ベッドの上でも充分に愛撫を施す。何度も抱いているうちに、フランに怒られた。


「この、体力バカ! 明日は単独での飛行訓練フライトなのよ?! 足腰立たなくなったらどうするのよ!」


  疲れた顔をしてそう言ったフランに、今度は休みの前日に抱こうと密かに決め、帰ると言ったフランを基地内の部屋まで送り届けた。



 ***



(あのヤロー!)


 ダニエルに自室まで送ってもらったあと、シャワーを浴びて汗を流す。しつこいくらいにダニエル――ダニーに抱かれ、足腰が痛い。


「同じ軍人だからこの程度で済んでいるのよね、きっと……」


 あたし自身にも体力があるから。


 ふう、と息を吐き出して身体を見下ろす。見えないところに散らされたキスマークに溜息をつきながら、痛む足腰を揉み解す。

 身体が酷く疲れているからさっさと眠りたい。

 水滴を拭いて下着を身につけ、Tシャツを着てベッドへと潜ると、さっきまであった温もりがなくてなんだか寂しさが込み上げる。

 愛した男に抱かれるのはこんなにも幸せなことなんだ……そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


 翌朝起きた時は微妙に身体が怠かったものの、ダニーに抱かれたせいだと何とかベッドから抜け出し、日課であるランニングをするべく着替えて外へ出ると、ゆっくりと走り出した。ランニングを終えて戻るとシャワーを浴びて着替え、そのまま訓練へと向かう。今日は飛行訓練と実地訓練があったはずだ。


 単独の飛行訓練フライトから戻って来るとお昼で、ご飯を食べたあとは実地訓練だった。それもこなし、夜はダニーと少し話し、休みの前日にダニーに抱かれるという日々を繰り返し、ダニーと付き合い始めて一年がたったころ上官に呼ばれた。


 呼ばれた先には三十人くらいの人間で女性はあたしだけだったけど、ダニーがいたから何となくホッとしていた。そして扉から入って来たのは父を含めた数人で、その父から言い渡されたのは海軍特殊部隊ネイビーシールズの任命だった。

 まさか、父が海軍特殊部隊ネイビーシールズにいるとは思わなかった。


 派遣先はキナ臭い中東で、とある人物の暗殺が目的だった。もちろん、あたしの役目は狙撃手ヒットマン

 しばらく抱けないからと出発の前日にダニーにたっぷりと抱かれたあたしは、当然のことながら翌日は寝不足なうえ、足腰が痛いわけで……。


「……俺が悪かった。しばらく寝てろ」


 輸送機の中でそう言ったダニーの言葉に甘え、そのまま目を瞑った。


「本当に寝るとは……大物だな、おい」


 起きたあと、ダニーや他の皆にそう言われてからかわれるとも知らず。


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