第4話

 とある基地に配属されたあたしは、数が少ないながらもいる女性隊員と一緒に訓練をしていた。なぜ海軍ネイビーに入ったかと言えば、至って単純。父がネイビー所属だったからだ。

 どこの部隊かは聞いてないけど、父が凄腕の狙撃手ヒットマンだったと噂には聞いていた。尤も、その噂はネイビーに入隊してから聞いたんだけどね。

 それはともかく、実地訓練の中には、女のあたしでは体力的にキツイのもある。けれど、父の背中を追うと決めた日、泣き言を言わないと決めた。言うくらいなら体力をつけたほうがいいと思ったから。


「え? ダニエルってフランス帰りなの?」

「そんな噂が流れてるわね。外人部隊にいたんじゃないか、って。フランは何か聞いた?」

「全然。初耳よ? それ」


 午前の訓練を終え、昼食をしている時だった。事務方に配属された同期のカーラ・モリスンとそんな話をしていた。


「フランは同じ部隊にいるんじゃないの?」

「確かに同じ部隊だけど、班が違うし。でもその噂が本当なら、彼の無駄のない動きとか納得するわ。同期とはいえ、あたしたちとはあきらかに動きが違うもの」

「そんなに違うの?」

「違うわよ。彼の背後から来た人がダニエルに声をかける前に振り向いてるのを、何度か見たもの」

「あ~……」


 カーラは小さく溜息をついて苦笑した。背後の気配を読むなんて、なかなかできることじゃない。逆に気配に聡いと言われてしまえばそれまでなんだろうけど、彼――ダニエル・ブランドンに関して言えば、彼が纏う雰囲気から言って、戦場帰りだと言われても納得するものだった。


「どっちにしろ、今のところ彼と関わるようなことはないし、気にする余裕もないし、体力をつけるので精一杯よ。たまにカーラが羨ましく感じるわ」

「私は私で、覚えなきゃならないことが山盛りなんですけど~?」

「カーラなら大丈夫よ。そういうのは得意でしょ?」


 コーヒーを飲みながらそんな話をし、午後も頑張ろうとお互いに声をかけて別れた。今日は格闘技と銃、最後に重装備のままの走り込みがあったはずだ。

 そんなことを考えながら射撃訓練場に行けば、私の班とカーラと噂をしていたダニエル・ブランドンがいる班との合同訓練だった。

 間近に見た彼は、他の同期と違って体格がよかった。そして纏う雰囲気も身に覚えがある。それは、父が戦場から帰って来た時の雰囲気に似ていた。


(フランス帰りって噂は、あながち間違いじゃないのかもね)


 そう思いながら、与えられた場所に移動して耳当てをする。隣には噂のダニエルがいたけど、気にすることなく銃を構えて眉間に皺をよせる。

 微妙にではあるが、砲身が曲がってる。それとなく両隣の的を見れば、大きくではないが外れていた。

 そのことに対し、二人とも……特にダニエルは眉間に皺をよせて首を捻っている。

 恐らく何が悪いのかわからないんだろうけど、曲がってる砲身で訓練させられるほうはたまったもんじゃない。

 とりあえず砲身の角度に気をつけながら全弾ど真ん中に命中させると、銃を置いて耳当てを外す。ふと両隣を見れば、ポカーン、と口を開けていた。


「なに?」

「いや……何で銃を少し上に向けて打っていたのかと思ってな」

「砲身が曲がってる銃なのに、そのまま的を狙って素直に打つとでも?」

「え?」


 たまたまそこにいた教官があたしの言葉を聞いたのか、そのまま近付いて来た。


「砲身が曲がっているだと?」

「微妙にですが。下のほうに少し曲がっています」

「ほう……?」


 器用に片眉を上げた教官にその場を譲る。そこに移動した教官は銃に弾丸を込め、耳当てもせずにそのまま何発か打つと、溜息をついて銃を降ろす。


「確かに曲がっている。今朝からやけに外すのが多いと思ったら……」


 ぶつぶつと物騒なことを言いながらも、教官は全ての銃を見て回って溜息をついた。全部の銃を調べた結果、あたしと両隣の銃の砲身が微妙に曲がっていたらしい。


「よく気がついたな、ラングレン」

「……偶然です」

「そういうことにしておこう」


 私の返事にニヤリと笑った教官はそれ以上のことは言わなかったけど、多分教官はあたしが父の……アイザック・ラングレンの娘だと気付いている。だからと言って、特別扱いが通るほど甘くない世界だし、あたしだってそんなことはされたくない。


 それに、銃のことに関しては、父ならばともかく他の誰にも負けたくはない。銃に関する様々なことを教えてくれた父に、敬意を称したかったから。


『全体じゃなくていい。銃の扱いは、せめて班の中で一番になれ』


 そう言ってくれた父。


 コネではなく、実力で示せ。


 そう言われた気がしたから。

 体力的にも体格的にも男性に負けることはわかってる。だからと言って、銃に関しては誰にも負けたくない。

 たとえそれが、フランス帰りと噂のダニエルだったとしても。


 あたしと教官のやり取りを、ダニエルが値踏みするような目で見ていたとしても――「ラングレン?」と小さく呟いていたとしても、あたしは気にしないことにした。あたしは、あたしが今できることをやるだけだから。


 全ての訓練を終え、ヘロヘロになりながら食堂に行けばちょうどカーラとかちあった。ご飯を食べながら間近でみたダニエルの印象を話せば、カーラ自身も「噂は本当かもね」なんて言っていた。


「来週班編成のし直しがあるんでしょ? その時、一緒の班になったりして」

「まさか~」

「わかんないわよ?」

「ないない、ないって。ダニエルたちがいる班は、飛行訓練も視野に入れてる連中ばっかって噂なのよ? そんな中に、女のあたしを入れるわけないじゃない」


 それもそうよね、なんて二人して笑いながら別の話に切り替え、ご飯を食べ終えて自室に戻り、シャワーを浴びて早朝の走り込みをするためにベッドへ潜る。明日は休暇だけど、だからと言って毎日やっている走り込みをサボるつもりはない。


(G訓練を一度やってみたいけど、女にはキツイって言われてるしね。まあ、彼と一緒の班になることはないわね)


 なーんてことを話したり考えてたこともありました。

 そんな翌週の初め。


「はい……?!」


 口をカパッと開けて固まるのは許してほしい。

 現在あたしの視線の先には、全員に渡された新しい班分け表がある。が。


(……班長がダニエル・ブランドン、だと?!)


 予想外にもほどがある。カーラと一緒に冗談で済ませたことが現実になるなんて、誰が思うか! しかも、ちゃっかりあたしの名前があったりするあたり、何かの陰謀か! と言いたくもなる。

 そんなあたしの内心を知ってか知らずか、ダニエルが近付いて来て「よろしくな」とあたしの肩を叩く。


「なんであたしなのよ!」


 そう叫ぶも、ダニエルは腕を組んでニヤリと笑うだけだった。


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