第2話

「――ええ、わかったわ。ちゃんと持って来てくれるんでしょ? ――大丈夫だってば。あたしを信じて? それじゃあね、ダディ。……――はあ……全くもう……任務中だって言ってるのに。……待たせてごめんなさい。じゃあ、行きましょうか」


 携帯端末の電源を切ろうと思った矢先にかかって来た電話に出ながら、大佐に渡された装備品を点検する。電話が終わると電源を落とし、彼を促して森の奥にある目当ての場所へ移動を開始した。


 今いる場所は、エリア51から車でニ時間の場所にある、森の入口にあった小さな小屋だ。ダニー曰く、ここから目的の場所に行けるらしい。

 小屋の中にはダニーを含めた見知った顔が四人いて、ダニー以外の三人にお互いに小さく合図している間に装備品を渡されたのだ。


(さて……どうなることやら)


 先頭はあたしの同期で大佐である男の部下二人、その後ろにダニー、その後ろにあたし、最後尾は同期――と言っても、あたしよりも五つ上だ――の大佐が縦に並んで歩いている。


(さっきから殺気が駄々漏れなんだけど……)


 バカよねー、と思いながら、後ろにいる同期に合図を送った時だった。短い指笛の音と共に部下二人が左右に散って森の中にある茂みに隠れ、背後にいた大佐はあたしにナイフを渡すと同じように茂みに隠れた。


「なっ?!」


 自分の前にいた二人の行動に驚いたのか、背後を確認するために振り向いたダニーの肩に向かってもらったナイフを投げると、彼は刺さったナイフを見たあとで目を見開き、あたしを見た。


「フランチェスカ……なぜだ……?」

「さあ……どうしてだと思う? 嘘つきさん」


 ニィッと笑ってダニーを見ると、彼は表情を消して肩からナイフを抜き、それを持ってあたしに殴りかかって来た。それを避けて腕を掴んでから鳩尾に膝を入れ、腕を離してからそのまま手を組んで首に叩き付けると、彼はそのまま地面に沈む。

 ナイフを持っていた手を捻り上げて手放させ、それを背後に蹴ったあとで捻り上げたまま彼の背中に膝を乗せる。


「あんた弱すぎ。それでよく軍人を名乗ってられるわよね」

「くそ……っ! なんでバレたんだ!」

「あら……だって、あんたの声も瞳の色も、あたしを呼ぶ名前も違ってたし、今だって殺気が駄々漏れだったもの……最初からバレバレよ? ダニーに顔の作りがそっくりなだけの、似ても似つかない偽物さん?」


 そう指摘すれば、偽物ダニーは微かに身体を震わせた。


「で? 誰に頼まれたのかしら?」

「……何のことだ?」

「あら、しらばっくれるの? 空軍エアフォース所属、ザッカリー・マッケナー少佐メイジャー?」

「……っ!」


 彼の本名を告げると息を呑み、私の言葉を合図に隠れていた三人が出て来て銃を突き付けながら、ザッカリーを冷たく見下ろす。


「な、なんで……」

「なんで顔を変えたのに名前を知ってるかって? それはもちろん、ヒ・ミ・ツ! で、あんたに聞きたいことがあるんだけど……伯父のナッシュと本物のダニーはどこかしら?」

「……っ」

「あら、今度は隠していた事実を言われてだんまり? まあ、いいけど。ナッシュの居場所はだいたいわかってるし、ダニーのことはナッシュに聞けばいいし。だから……」


 今すぐここで死んでね、と言って腰に刺していた銃を取り出して後頭部に当てれば、ザッカリーは呆気なく吐いた。


「わ、わかった! ダニーという男の居場所は知らないが、伯父がいる場所は知ってる! そこに案内するから、殺さないでくれ!」

「別に案内なんかいらないわよ。言ったでしょ? だいたいわかってるって。あんたは場所を吐けばいいのよ」


 あたしは確認できればそれでいいしと冷たく言えば、ザッカリーはしばらく黙り込んだあとにナッシュの居場所を吐いた。その場所が情報通りの場所だったため、彼のこめかみを銃で殴って気絶させると、大佐の部下の二人が彼を簀巻きにしたあとで、そのまま今来た道を戻って行った。


「全く……。で、【グリズリー】は一体いつまでその髭面をしているわけ? せっかくのいい男が台無しよ?」

「久しぶりだというのに相変わらずだな、【ファルコン】は……。もちろん作戦が終わるまでだ」

「だと思ったわ。で、標的は?」

「ここからニキロ先にある屋敷にいる。だが、森の中とはいえそこから半径五十メートル周辺は何もなく、更に百メートル周辺はトラップだらけで迂闊に近付けん」


 忌々しそうな【グリズリー】に、そこまで酷い状況だったのかと溜息をつく。道理で中将が急がせるわけだ……ナッシュに逃げられても困るし。


「だからあたしを呼んだ、ってことかしら?」

「お前を呼んだわけじゃなかったんだがなあ。俺はお前が来るとは思ってなかったから、中将からお前が行くと聞かされて驚いた」

「もう……中将に計られたかしら」

「それは多分違うだろう。単にお前しか近くに居なかっただけなんじゃないか?」


 違うか? と聞かれて頷く。確かにあの艦には特殊部隊シールズが何人か乗っていたけど、ヘリに乗れる人は居ても、戦闘機に乗れるのはあたししか居なかった。


「だが【ファルコン】を名乗るお前以上の腕を持った奴はいないし、それがシールズの狙撃手であるお前の役目だろう? だからさっさと終わらせて帰ろう」

「それもそうね。なら、屋敷が見える位置まで行きましょうか」


 移動を開始すると、【グリズリー】が無線で何やらやり取りをしている。話を聞く限り、どうやらザッカリーはどこかに連れて行かれたらしい。


「ザッカリーがどうかした?」

「FBIとNCISが来て、ザッカリーを連れて行ったらしい」

「あらあら、どっちも仕事が早いこと。てことは、両方の捜査員エージェントを殺したのは、ザッカリーなのかしらね」

「もしくはナッシュの部下だな。部下とザッカリーの両方で殺ったかも知れんが」


 そんな話をしながら歩くこと数十分。指先のサインだけで『止まれ』と言った【グリズリー】に従って止まり、向けられた視線を一緒に辿ると、今いる場所からでもわかるほど大きな屋敷が見えた。距離はざっと三百メートル手前だと、【グリズリー】が教えてくれた。


(ずいぶん大きいわね……)


 どんだけロンダリングして荒稼ぎしてるのと思いつつ、【グリズリー】に周辺の索敵をお願いして木に登ると、自分の迷彩服のあちこちに隠していた銃の部品を取り出して組み立てる。


「おい……本当に相変わらずだな……」

「あたしにとっては当然のことなの! 誰が用意したのかわからないけど、渡されたあの銃、砲身が微妙に曲がっていたわよ? そんなナマクラを、あたしや他のシールズの狙撃手が使うとでも?」

「……すまん」 


 あんたが用意したのかよ! と内心で突っ込みを入れながらも木の幹に身体を固定し、スコープを覗いて屋敷を見ると、三階の角部屋にナッシュの姿を見つけた。上手い具合に窓が開いている。


「標的発見」

「なら、さっさと終わらせろ」

了解ラジャー


 【グリズリー】の合図でナッシュに向け、続け様に心臓と頭に弾丸を二発めり込ませると、心臓と後頭部から、血と脳ミソが飛び散る。遅れて届いた銃声に、ナッシュの側にいた幹部らしき男が身体を伏せようとしたが時既に遅く、あたしはその男に更に二発の弾丸をナッシュと同じ場所にめり込ませたあとだった。

 その銃声に、屋敷にいたらしい連中は大騒ぎしていたようだけど、別の場所にいたらしい同僚に突入され、慌てふためいていた。

 それを見つつ、同僚を狙っていた奴等を狙撃で援護すること数分後。スコープから見えたサインに従って狙撃を止めて木から降りると、【グリズリー】も連絡を受けていた。


「はい、終わり」

「なら帰るか。あとは時間の問題だしな」


 そんなことを話しながら移動した数分後に背後から爆発音が響き、頭を抱える。


「ちょっと、【グリズリー】! 何やってんのよ!」

「ん? 単なる屋敷破壊の任務だが」

「破壊というより、爆発音に聞こえたのは気のせいかしら?」

「時限で爆破させたんだから、当然だろ?」


 しれっと言った【グリズリー】に溜息をつきつつも、「そっちこそ相変わらずじゃない」と言えば、笑ったあとでさっさと歩きだした。



 ***



 森を抜けて小屋に戻り、【グリズリー】の運転で海軍ネイビーの基地に戻る。そのまま彼が泊まっている部屋に連れて行かれた途端に、舌を絡める濃厚なキスをされた。


「任務も終わったことだし」

「髭を剃ってからにしてよ……」

「なら、一緒にシャワー浴びるか」


 あたしの身体をまさぐりながら迷彩服や下着を脱がせ、自分もさっさと迷彩服を脱ぐ【グリズリー】。バスルームへと押し込んで髭をそると、見慣れた顔が現れる。


「フラン……」

「ん……っ、ちょっと、【グリズリー】! ここ、バスルームっ!」

「任務が終わったんだから、名前で呼べ、フラン。それに、久しぶりに会った恋人に対してそれはないだろう? しかも、あいつがお前を抱くなんて聞かされて、俺が嫉妬しないとでも?」


 何でそんなこと知ってるのと思いつつも、あたしの弱い部分を攻めながら身体をまさぐる【グリズリー】――ダニーの手は止まらず、そのまま後ろから貫かれた。


 そう、彼こそがあたしの恋人ダニエル・ブランドン本人で、偽物ダニーとはいろんな意味で違うのだ。


 バスルームで抱かれ、ベッドでも抱かれたあとで彼の胸に凭れかかる。


「そう言えば、あの電話……中将は何だって?」


 あたしが『ダディ』と言ったのを聞いていたのか、ダニーはそんなことを聞いて来た。任務中に『ダディ』と言った場合、ダディは中将のことを指しているのは暗黙の了解だ。


「無事に着いたかの確認と、日本のお土産は何がいいか、ですって」

「日本?」


 何で中将が日本にいるんだと呟いたダニーに、あたしがこっちに来る前の任務――もちろん、ザッカリーが言っていた休暇は偽情報――とセオドア・ルーズベルトでの話をする。


「中将と言えども、命令には逆らえないってことか」

「それもあるだろうけど、奥さんを日本に連れて行きたかったみたいよ?」

「なるほどな。で、フランは? 日本に行きたかったのか?」

「そうね、行きたかったわね。母はアメリカで暮らしていたけど日本人だから話は聞いていたし、あたしがトミー・リー・ジョーンズが好きなの知ってるでしょ? 彼は日本が大好きなの。それもあって一度日本に行ってみたかったのよ」


 それを聞いたダニーが「そのうち行ってみるか?」と言ってくれたのでそれに頷くと、ダニーはまたあたしをベッドに沈めてくる。


「ちょっと、ダニー、まだするの……?」

「抱きたりないんだよ。本当に久しぶりに会ったってわかってるか?」


 猛獣のような目をしたダニーに、結局明け方近くまで抱かれてしまったのだった。



 ――後日、中将と中将の奥さんと同僚からもらったお土産の中に、なぜか冷凍されているお好み焼きがあったことに首を捻る。

 理由を聞けば


「お前の母親は日本人だろ? 懐かしいかと思って」


 と言われ、微妙な顔をしたのは言うまでもない。


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