彼の仕事ぶりは……
次の日、出勤するとオフィスが慌ただしい。
「おぉ、来たか。電話番を頼む。皆忙しいんでな」
来て早々、見谷はそうミキに声を掛けた。
――忙しいなら、電話番だけじゃなくて違う仕事も振ればいいのに……。
「そういう訳で、外出は控えるように」
そして、そう言い残すとサッと見谷は自分の席に戻った。
取材はするなって事だろう。
「おはよう。何かあったの?」
ミキは、椅子に腰を下ろしながら、先に出勤していた浅井に聞いた。
「さあ? 僕も電話番頼まれただけだから……」
「え? 聞いてないの!」
「いいわねー。暇な人は、呑気で」
二人の会話を聞いて、嫌味ったらしく近くにいた気の強そうな女子社員の河本が言ってきた。
「河本さんでしたっけ? 暇なのわかっているなら仕事回して下さい。電話番しながらでも出来ますから」
ミキがそう返すと、河本は驚いた顔をする。
まさか仕事をくれと言われるとは思っていなかったのだろう。
「あなたに頼む訳ないでしょう?」
「だったら文句言わないでくれます?」
さらにミキにそう返され、河本はフンとそっぽを向いてその場を離れて言った。
「すごいですね、ミキさん……」
「何が?」
「あの人、結構言い方きつくて……。僕苦手で……」
――言い方がきついって。私もきついと思うんだけど……。
「私に口で勝とうなんて百万年早いのよ!」
ミキは、そう言い切ると、今日もコンビニのレジ袋からおにぎりを出した。
結局一日中、ただ電話番をさせられただけだったので、ミキ達は明日の資料作りを終わらせる事が出来たのだった。
○ ○
「ねえ、若狭さん。お手伝いお願いしてもいいかしら?」
あと五分で十七時という時に、突然河本が声を掛けてきた。
「え?」
驚いてミキは、河本を見上げた。
意地悪をしようという顔ではない。
「残業はつかないぞ!」
そこへ見谷から、そう声が飛んできた。
だが、ミキはにっこりほほ笑んで了承する。
「いいわよ。で、何かしら?」
「これの入力をお願いするわ」
A四サイズの封筒を渡される。それは、ずっしりとしていた。
「取材でお願いしたら、今時手書きだったのよ。今日中にお願いね」
「今日中って、それ結構沢山ありそうだけど……」
驚いて浅井が言った。
「そう思うのなら手伝ってあげたら? 入力が出来るならだけど」
嫌みを言われ、浅井は黙り込む。
「一人でも大丈夫よ。私、入力早いし。零時には終わらせるわ」
「そう、じゃお願いね」
そう言うと河本は、自分の席に戻り仕事を再開する。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。読める字で書いてあれば」
浅井の言葉に、ミキはニッコリとそう返した。
今日の朝の腹いせなのか、それとも本当に困って頼んで来たのかはわからないが、相手が忙しいのは事実である。
それに仕事をくれと言った手前もある。
ミキは、言った通り零時までに終わらせるつもりだ。
「僕もお手伝いします! 入力遅いですけど……」
「残業付かないみたいだけどいいの?」
浅井は頷く。
「じゃ、甘えさせてもらおうかな。これお願いね」
「はい!」
浅井は、受け取ると嬉しそうに返事をした。
二人は、カチカチと入力をしていく。
そして、一時間ほどたった頃、突然浅井が叫んだ。
「あー!」
「どうしたの?」
驚いてミキが浅井を見ると、青ざめた顔をして画面を見ている。
「何故か文章が全部消えた……」
困り顔で浅井は、ミキを見た。
「え? なんで?」
ミキは、画面を覗き込む。文字は消えていた。
「消してから何か操作した?」
ミキの質問に、浅井は首を横に振る。
「じゃ、この元に戻すクリックしてみて」
指差した場所を浅井はクリックすると、文字がばっと出て来た。
「文字が出て来た! ありがとうございます」
「ありがとうじゃない! メモる!」
礼を言う浅井に、ミキはビシッと言うと、彼は慌ててメモ帳に書き込む。
「じゃ、続きお願いね」
ミキは、メモを取ったのを確認すると自分の作業に戻った。
暫くすると、浅井が今度はうーんと考え込む。
ミキは、チラッと浅井を見るとマウスをカチカチしている。
「何、どうしたの?」
「それが、ひらがなが打てなくなっちゃって……」
ミキは、ため息をついた。
――河本さんが言った意味わかったわ……。
「そういう時は、まず保存して、立ち上げ直して。それが一番早いわ!」
「はい! ありがとうございます」
浅井は礼を言うと、メモ帳に書き込み言われた通りにした。
「あ、元に戻った。こんな簡単に! ミキさん、すごいです!」
本当に嬉しそうに浅井は言った。
「すごくないから。大抵な事は、それで解決できると思うから……」
「はい」
――新人じゃないのに、ここまで手が掛かる人は初めてだわ。
電話番しかさせてもらえない意味がわかったのである。
「あの、ミキさん」
「今度は何?」
入力画面を見たまま、ミキは返事を返した。
「あ、いや……。電話鳴ってません?」
鞄からブーブーとバイブの音が鳴っていた。
「あら、本当。ありがとう」
ミキは、慌ててスマホを鞄から取り出した。
――知らない電話番号だわ。
「はい……」
ミキは、電話に出た。
『あの、若狭さんの携帯でしょうか?』
女性の声だった。
「そうですが。どちら様でしょうか?」
『あ、私、佐藤です』
「佐藤さん?」
『サッポロンで講座に参加した……』
「あぁ。で、どうなさいました?」
『相談があって……』
――本当に相談事がきた。サッポロンの人達にではなく私にって事は、サッポロンの人達には言えない事なのかしら?
「なんでしょう?」
『電話ではちょっと……。今日、会えませんか?』
ミキは、チラッと時間を確認する。十九時少し前だった。
どう考えても入力に、四時間以上はかかりそうだった。
「ごめんなさい。今日ちょっと残業で夜中になりそうなの。明日ではダメですか? 朝早くても大丈夫なので……」
『……。では、明日の六時で……』
少し間が合ってから、そう返事が返って来た。
「六時ですね。わかりました。場所はどこにしましょう? その時間に開いている店ご存知ですか?」
『私の家に来て頂いてもいいでしょうか?』
「ご自宅? 構いませんよ。では、住所をお願いします」
ミキは、住所を聞くと電話を切った。
――朝六時って早いなぁ。家、何時に出ればいんだろう?
「ミキさん! 佐藤さんってあの男の人ですか? どうやってミキさんの電話番号を!」
ミキは、その浅井の言葉に驚いて振り向くと、浅井が真剣な顔つきで見ていた。
佐藤と聞いて、声を掛けて来た男性を連想したらしい。
「違うわよ。サッポロンの参加者の佐藤さん。それより、地下鉄って何時から動いてるの?」
ミキは、笑いながら言った。
「たぶん、六時前後だと思います。JRも……」
「うーん。タクシーか……」
「迎えに行きましょうか?」
「うん? 車持ってるの?」
「いえ、バイクです。これでも、カメラマンなので!」
何故か得意げに浅井は答えた。
バイクとカメラは関係ない。
「でも、ヘルメット持ってないわよ?」
「大丈夫です! もう一つあります!」
「そう……。じゃ、お願いするかな……」
「はい!」
浅井は嬉しそうに頷いた。
入力は、二十三時少し前に終える事が出来た。
浅井が思ったより順調に入力できたからである。
「河本さん、終わったわよ」
封筒とUSBを渡すと驚いた顔をする。
「ありがとう。本当に早いのね。浅井さんも一緒だったのに……」
「あら? 彼が手伝ってくれたから早く終わったのよ。他に手伝う事は?」
「……いえ、ないわ。助かったわ。今日、やる分だったから。その、ごめんね。あんな時間にお願いして……」
今度は、ミキが驚く。
「別に気にしないで。じゃ私達帰るわね。お疲れさま」
ミキはそういうと、自分のデスクに戻った。
「さあ、帰りましょ」
「はい。あ、明日はズボンでお願いしますね」
「仕事でスカートは、はかないわ」
ミキは、厳密では仕事ではないが浅井の言葉にそう返した。
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