ミキが講師?

 次の日は、晴天でこのまま散歩でもしたい気分だが、ミキ達はサッポロンに向かった。

 サッポロンが入ってるのはビルの一階で、ドアはガラスだったので建物内が見える。

 そっと覗くと、全員女性だった。


 「あら、おばあちゃんばっかり。男性の意見も聞きたかったのになぁ……」


 ミキは、あらかじめ聞いておけばよかったと思った。


 「入りますか」


 「はい」


 ミキの掛け声で二人は、こんにちはっと中に入って行った。

 スタッフ二人と八人の参加者が出迎えてくれる。

 あまり広くはなく、物も置いてあることから、十人もいればちょっと窮屈な感じがする。


 「私は、見兎社けんとしゃの記者で若狭ミキと言います。ミキって呼んで下さい」


 「僕は、浅井真実です。あ、カメラマンです!」


 二人は、早速自己紹介をする。

 浅井は、青いリュックを背負い、首から一眼レフを下げていて、カメラマンと名乗らなくとも、写真を撮る担当だとわかる。

 ミキは、ホワイトボードを借りると、取材いや、リクリエーションを始める。

 これが終わってから、取材が出来る約束なのである。


 「では、まず、皆さんの自己紹介からお願いしようかな」


 ミキは前列の右端からお願いする。


 参加者は、前四人、後ろ四人がパイプ椅子に座っていた。


 「私は、林です。一番若いんですよ」


 林は、ジーパンを履いていて、見た目も若い。


 「若いたって、一つじゃない。私は、佐藤です。孫もいますので、昨日聞いてこの講座を楽しみにしてました」


 佐藤は、長い髪をおろし、水色のシャツに紺のズボン。ネックレスに指輪とおしゃれだ。


 「私は、逆に子供いないけど、興味はあります。あ、熊谷です。宜しくね、ミキちゃん」


 熊谷は、少しふくよかで、全身黒で固めていた。こちらもネックレスなどアクセサリーを付けている。


 「……中島です」


 中島は一人、和服だ。

 前列の四人の挨拶が終わり、中島の後ろの席から後列は挨拶が始まる。


 「荒木です」


 「五十嵐です。ムッちゃん、あ、荒木さんの事ね。幼馴染なのよ。それでね……」


 「ちょっと、今、自己紹介の時間!」


 「あ、そうだった。次、どうぞ」


 五十嵐は、荒木に注意され大人しくいう事を聞いた。

 この二人は幼馴染らしく、似たようなバックを持っていた。同じ店で買ったらしい。

 ここ以外でも二人で出掛けているようだ。


 「宮本じゃ……」


 宮本は、杖を手に持ち座っている。足が悪い様だ。


 「小野です」


 小野は、服は派手ではないが、メイクバッチリだ。

 全員の自己紹介が終わると、ミキは昨日大急ぎで作った資料を配った。


 「では、振り込め詐欺、今は特殊詐欺と呼ばれている事について少しお話をして、その後に皆さんの意見を聞きたいと思いますので、宜しくお願いします」


 ミキがそう説明をし頭を下げると、浅井も慌てて下げた。


 「浅井さん、写真お願いね」


 「はい!」


 浅井は、嬉しそうに首から下げていたカメラを手に取り構えた。


 「詐欺と言っても色々ありますよね? 代表的なのがオレオレ詐欺です。電話でオレだと言って息子になりすまして、お金を騙し取る手口ですね」


 皆、うんうんと頷く。


 「でも今は、その手口は巧妙化して、会社の上司、警察官、弁護士などを装ってきます。そういう人だとこちらも色々確認しづらいですよね。対策として電話を切った後、本人に連絡してみる事や警察に相談する事など勧められています」


 「でも、騙される人って信じきってるからしないんでしょ?」


 熊谷がそう発言した。

 ホワイトボードに対策を書いていたミキは、振り向き頷く。


 「私もそう思っていたんですよ! でも、そうではない方もいるみたいです。半信半疑の人や詐欺だと思っていながらも振り込む人がいるそうです。つまり、おかしいと思いながらも、もし本当だった場合の保険のつもりで振り込んだり、断った時に報復されるのではないかという恐怖心で振り込んだり……」


 「え? そんな人もいるの?」


 熊谷の質問に、ミキはそうですと頷く。


 「そうなんです。つまり電話を受けてしまったら払わされる可能性があるのです。そこで、私的にお勧めなのが、在宅中でも留守番電話にしておくです! 本当に急用なら留守電に入れるわけですし、詐欺なら証拠が残ると思って吹き込まないでしょう」


 ミキは、そう言ってニッコリ微笑んだ。

 参加者達は各々意見を言って、話が膨らみ話がはずんでいる。


 「ねえ、ミキちゃん」


 と、そこで、また熊谷が声を掛けて来た。


 「今、家じゃなくて、携帯に電話してくるのもあるじゃない? それはどうするの?」


 「私の対策としては、電話をまず受けないなので、登録している電話番号以外からは着信拒否にするがお勧めです」


 ミキは、これも話す予定であった為、慌てずそう答えた。


 「結構面倒ね。それ、どうやるの?」


 「え? やり方? それは会社や機種によって違うかと……」


 ――そっか。そこからなのね……。


 今度は、皆が熊谷の意見に賛同した言葉が飛び交う。


 「じゃ、次、行きましょう。今度は、還付金詐欺についてです」


 ミキは、話題を変える事にして、話を進めた。


 「あぁ、お金が返ってきますってやつね」


 熊谷の言葉に、ミキは頷く。


 「税金や保険料、医療費などで支払いすぎていた分をお返しますと言って、ATMを操作させ、お金を振り込ませる詐欺です。よく言われているのが、ATMでお金が返ってくる事はありませんです」


 「でもお金欲しさに操作しちゃうんでしょ?」


 熊谷がそう言うと、皆うんうんと頷く。


 「そ、そうですね。返して貰えるのならと思うのでしょうね。では、どうやったら防げるのかです。還付金とは納め過ぎや減免などがあった場合に還付申告によって戻ってくるモノです。つまり、この申請をしない限り戻ってきません。この事を知っていれば騙される事はないでしょう」


 「そっか。ATMではその申請は出来ないって事ね」


 熊谷がそういうと、皆もなるほどと頷く。


 どうやら、ここでは熊谷がリーダー的存在のようだ。


 「そうなんです。還付金は、還付申告しないと貰えません。ATMでは、その申請はできません。と、知れ渡れば騙される人はいなくなると思うのですけどね……」


 その言葉に皆頷いた。その中には、浅井も含まれていた。


 「さて、皆さんいかがでした? お役に立ったでしょうか?」


 「わかりやすかったわ」


 熊谷が皆を代弁して、そう答えた。


 「よかった。では、ここからはちょっと質問させていただきますね」


 ミキは、予め用意していた質問用紙を皆に配った。


 「それに書ける事だけで宜しいので、記入お願いします」


 その用紙には、詐欺の電話を受けた事があるか、知っている人で詐欺にあった話を聞いた事があるかなどの質問の他に、今日の話を聞いてどう思ったかの質問もあった。

 書き終わった頃用紙を回収したミキは、皆に頭を下げ最後にと質問をする。


 「今日は、ありがとうございました。最後に、またこのような講座を開いたら参加してくれる方、挙手をお願いします」


 嬉しい事に全員が手を上げた。


 「よかった。あ、詐欺の事でも何でもいいんですが、もし相談などありましたら先ほど渡した資料の最後に、私の携帯番号を載せていますので気軽に相談下さい。では、また次回にお会いしましょう」


 ミキがそう言うと、拍手がおきた。

 相談に乗るのも親しくなる手段の一つなのである。


 ――なんか照れるなぁ……。


 喜んでもらえてミキも満足だった。


 「あの、次の日程なのですが……」


 突然スタッフが、ミキに声を掛けて来た。


 「え? 本当にまたさせてもらえるのですか?」


 「はい。実は今週の金曜日に今日と同じ時間が空いているのですが……」


 「是非! 宜しくお願いします」


 ミキが、その話に食いつき頭を下げると、スタッフも下げ、次は金曜日に決まった。

 ミキと浅井は、挨拶を済ませるとサッポロンを後にした。


 「じゃ、早速会社に戻って、写真を……」


 浅井は、嬉しそうに言うもミキはその前にと言う。


 「帰る前に、ついでに街中でも取材して帰りましょう」


 「はい! なんか本当に取材みたいです!」


 ――本当に取材なんですが……。なんかこの人、調子狂うなぁ……。


 そうして二人は、手稲区で取材をして帰った。



 ○ ○



 ミキは、会社前に来るとスタスタと歩き、オフィスのドアを開ける。

 外は寒いで早歩きだ。


 「待って下さいよ。ミキさん! 歩くの早いです」


 置いて行かないでと、浅井は叫んだ。

 ミキは、ピタッと歩みを止めた。だがそれは、浅井を待つためではなかった。

 オフィスにいる全員が一斉にこちらを向いた為である。


 ――え? 何?


 「どうしました?」


 追いついたのに突っ立ったままのミキに、浅井は不思議そうに聞いた。


 「何でもないわ」


 二人共中に入り、席に向かう。今はもう、誰も見ていない。


 ――なんだったんだろう? 浅井さんの声が聞こえたから振り向いただけかな?


 違和感を覚えながらもミキは、取材の整理を始めた。


 「そうだ。二人共……」


 仕事をしていると、そう言ってわざわざ二人の所に見谷が来た。


 「君たちは、別に残業するほど仕事がないし、十五時半になったら帰っていいから。明日と明後日は通常の九時から十八時。金曜日は、遅番で十四時から二十三時。土日は休み」


 一気に見谷にそう言われ驚いていると、更に付け加える。


 「あ、そうだ。ないとは思うけど、仕事は持ち帰るなよ」


 見谷は、言いたい事だけ言うと、返事も聞かずに自分のデスクに戻って行った。

 本当に、ミキ達に仕事させる気ないようだ。


 「どうするんですか? 金曜日、取材の日ですけど……」


 「そんなの直接行けばいいだけでしょ? そのつもりでお願いね」


 不安げに聞いてきた浅井に、当たり前のように返した。それに彼は頷いた。

 ミキは時計を見る。

 取材を終え、昼食を取ってから会社に戻った為、もう十四時過ぎだった。


 ―― 一時間しかないじゃない……。


 結局ほとんど仕事が進まないまま、二人は帰宅した。

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