終章:カエルと魔女

第50話試す価値はあり

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「あ、おかえりー……って、なんで王子がまだカエルのままなんだよ? そんなに難しい呪いなのかい?」


 一旦森の住処へ戻ることになったセレネーとカエルは、魔法で少年の姿になって留守番をしていたネズミに「……ただいま」と答えることが精一杯だった。


 八方塞がりになってしまったからと戻ってきたはいいが、ここへ着くまでのホウキでの道中は互いに口を閉ざし、意気消沈したまま。なんとも気まずい帰宅だった。


 セレネーは壁際のソファーへ座り、盛大なため息をついた。カエルも後に続いて隣へ座る。


「……どうしてフレデリカ姫で呪いが解けないのよ……最初に望んでいたお姫様って立場で、美人で気立ても良くて、明らかに王子のことを心から愛していたのに」


 南の国を去る際、フレデリカは王子の呪いを解けなかったことを謝り続け、呪いが解けなくても一緒にいたいとまで言ってくれたのだ。彼女の愛が偽りだったとは思えない。


 もしかしたら一緒に居続ければ、解呪できる関係が作れたのかもしれない。しかしカエルは「貴女の人生を縛りたくありませんから」と申し出を断って、セレネーとともに一度ここへ戻ることを選んだ。


 イクスは呆れながら「まだ当分呪いは解けなさそうだな」と言って、別の国へと向かってしまった。彼だけが何もかも分かったような空気を出していて、それがセレネーには面白くなかった。


 一体なぜ王子の呪いが解けない? これまでずっと、心から王子を愛する乙女のキスを求めていたが……これだけ頑張っても呪いが解けなかったとなれば、いよいよ自分がかけた解呪の魔法が間違っていたのではとすら思ってしまう。


 解呪の魔法は、他の魔法と間違えてかけられるものではなかったとしても。


 無言に耐えられなくなったのか、ネズミが「もしかして」と明るい声を上げた。


「片方が想っていても、もう片方がそれを受けようとしなかったら、いくら愛情を注いでも呪いが解けないんじゃないの? 既に好きな人がいて、その人が胸を占めていたら、愛を入れても入れても入り切らずに溢れるだけのような……」


 ネズミに言われてセレネーはハッとなる。

 確かに愛情が一方通行であれば、呪いを解く力が注がれない。器に中身が入らなければ意味がない。


 こんな基本的な事をネズミから教えられるなんて……。

 自分にがっかりしながら、セレネーはカエルを横目で見る。


 思い当たる節があったのか、カエルは感慨深げに目を閉じていた。


「もしかして……好きな人、いるの?」


 セレネーが尋ねると、しばらく小さく唸った後にカエルは頷いた。


「……います。あまりに無力で泣くばかりの私をずっと見捨てずに近くで支えてきた、誰よりも優しくて誠実で強くて……強すぎるから弱音をなかなか吐けない、素晴らしく魅力的な人です。情けないところばかり見せていますから、私のことなど幻滅し切って恋の対象にすら見られないかもしませんが……」


 ここまで言われて、それが誰かが分からないほど鈍くはない。思わずセレネーは顔に熱を集め、動揺で言葉を失う。


 沈黙が続いた。どちらも何も言わず、動かず、隣り合って座るだけ。

 まだ一度も試していないのだから、試す価値はある。分かっているのに、いざ自分がそれをすることになると、セレネーは怖くて仕方が無かった。


 もし解呪ができなければ、この気持ちを抱えたまま新たな乙女を探さなくてはいけない。それを間近に見続けなければいけないことも辛いし、解呪できるほどの愛を自分は持っていなかったのだと突き付けられることが嫌だった。


 今までカエルにキスをしようと覚悟を決めた乙女たちは、こんな思いだったのかと思うとセレネーの胸が締め付けられる。

 しかし、自分だけが逃げ続けるワケにもいかない。試さなくては――。


 セレネーは大きく頷き、覚悟を決める。そしてカエルを両手で持ち上げ、自分の鼻先まで運んで目を合わせた。


「……期待しないでよね。アタシ、王子のことは嫌いじゃないけど、今までの乙女よりも愛は少ないと思うから」


「セレネーさんからの愛はもう沢山頂きました。あとほんの少しだけ……後押しの口づけを、どうか……」


 カエルに願われるまま、セレネーは唇を寄せて頬に口づける。


 チュッと軽いリップ音が響いた瞬間――シュウゥゥゥゥゥッという音とともに、カエルの周囲に煙が立ち込めた。

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