第41話真夜中の来訪者

       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「はぁぁ……疲れたわぁ……」


 ぼふんっ。夕食を終えて部屋に入ってすぐ、セレネーはベッドへ倒れ込む。

 肩に乗っていたカエルは「わわっ」と体勢を崩し、ころんとシーツの上を転がる。危うくそのままベッドから落ちそうになり、慌ててシーツを掴んでよじ登った。


「ごめんなさい、王子……魔力の使い過ぎで力が入らなくて……」


 セレネーの声が半分寝ているようにぼやけている。その様子だけでどれだけ疲れ切っているのかが分かってしまい、カエルの目と目の間に思わずシワが寄ってしまう。


「私はこれぐらい問題ありませんから。それよりも……大丈夫ですか、セレネーさん? 何か私にできることがあれば、なんでも言って下さい」


「ふふ、ありがとねー王子……心配しないで。一晩眠れば回復するから」


 うつ伏せになったままセレネーが息をつく。


「……困ったわねぇ。イクスのヤツ、明日も来るかしら? こんなこと毎日続いたら、王子の解呪が送れちゃうじゃないのよ。どうにかしないと……」


 枕に埋まったセレネーの顔が悩ましげに歪む。しかめっ面のようで、どこか泣きたそうなその顔にカエルの胸が締め付けられる。


「あの……もし次にイクスさんが現れたら、どうか私に話をさせて下さい。当事者ではない私があれこれ言う権利はないと思いますが、それでもその時にできる限りのことをしたセレネーさんがずっと憎まれ続けるのはどうかと思いますし……とにかく分かってもらえるまで説得しますから――」


 解呪の旅に付き合ってもらうようになってから、彼女には世話になってばかり。少しでも今までの恩を返したくて、カエルは必死になって提案する。しかし、どれだけ伝えてもセレネーから答えが返ってこなかった。


「セレネーさん? ……あっ……」


 改めてセレネーを見ると、目が完全に閉ざされ、小さな寝息が聞こえ始める。もう寝てしまったことに気づき、カエルは枕元で狼狽える。


「ど、どうすれば……このままだと風邪を……せめて毛布をかけないと……」


 セレネーの体の下敷きになっている毛布を、カエルは必死に引っ張ってどうにか取り出す。それから端を持ってセレネーの肩を跳び越え、体へかけることに成功した。


 一通り終えて、ふぅ……とカエルは息をつく。

 心配させまいとしているのか、強がっているのか、いつもよりセレネーが無理をしているように思えてならなかった。


 イクスが何度も挑んでしまう気持ちも分かるから、気が済むまで相手をしている――いくら分かっていたとしても、恨みをぶつけられ続けて平気な訳がない。ましてや幼なじみで、魔法の使い道を示してくれた相手からそうされ続けて、ずっと傷つき続けているのだろう。


 彼女にはたくさん助けてもらっているというのに、カエルの身では何もできない。呪いが解けてもできることは限られてしまうが、前に立ち、腕を広げて盾になることぐらいはできる。それすらできない無力な身が、今日ほどもどかしく思うことはなかった。


 眠ってしまったセレネーの顔をしばらくジッと眺めてから、カエルは彼女の頭に手を伸ばして撫でる。それから壁に飛び移り、伝いながら窓辺へ移動すると窓の外を伺った。


(もしかしたら疲れたセレネーさんを狙って、イクスさんがやって来るかもしれない。何がなんでもセレネーさんを守らないと)


 万が一彼女に何かあれば自分の解呪は叶わないかもしれないという恐れもある。

 しかし今は自分のことよりも、その人にとって何が幸せかを考えて向き合い続ける彼女を、傷つけられたくなかった。


 月が眩しい夜だった。宿の前の通りはメインの通りからは外れているためか、もう人の往来は見当たらない。薄っすらと白い幕が張られた夜空に星の瞬く姿は少なく、いつもより静寂が深い気がした。


 刻一刻と夜が過ぎていく。

 心配が杞憂に終わってくれれば……とカエルがぼんやりと考えている時だった。


 ポワッ――宿の前がぼんやりと光った気がして、思わずカエルは窓に顔を張り付けて覗き込む。


 そこには辺りをキョロキョロと見回しながら立ち臨むイクスの姿があった。


 カエルと勇者。力の差が歴然なのは分かっている。

 分かっていたとしてもなんとかしたくて、カエルは考えるよりも先に窓の鍵を開け、外へ飛び出していた。


「イクスさんっ!」


 ぴょょょょんっ、と大きく跳躍してイクスの前にカエルは姿を見せると、着地してすぐに両腕を広げて立ちはだかった。


「お前は昼間の……」


「セレネーさんはもうお休みしています……いくら事情があるからといって、無暗に女性の寝所へ踏み込むものではありません。どうかお引き取り下さい」


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