第17話事の発端は誤解とすれ違いばかり

「よ……わた……お……を……た……――」


 漆黒の魔女が何かを呟く。しかし声があまりにも小さすぎてうまく聞き取れず、セレネーは蛇のまま小さな頭を傾げる。


「ごめん、何言ってるかさっぱり分からないわ。もっと大きい声で話してもらえないかしら?」


「よく……わ……のおう……を……――!」


 ほんのわずかだけ声は大きくなったが、それもやっぱり聞き取れない。セレネーが隣のカエルを見やると、困惑して何度も首を傾げるばかりだった。


「あの、嫌味とかじゃなくてね、声が小さすぎて言いたいことが伝わらないのよ。魔法で頭の中へ話しかけてもらえない?」


 セレネーが提案すると、漆黒の魔女は屈辱だと言わんばかりに拳を硬く握り、より激しく体を震わせる。そして、


『よくも私の王子様を奪ってくれたわね! この偽善者女狐!』


 実際の小声とは裏腹に、脳を激しく揺さぶってくるような魔法の大音声にセレネーは体をくねらせて身悶える。思わず湖から飛び出して陸へ上がると、すぐさま元の姿に戻って漆黒の魔女を睨みつけた。


「大きければいいってもんじゃないでしょ! 程度を考えなさいよ、程度を! しかも悪態ついた挙句に、私の王子様? ふざけんじゃないわよ! 王子が誰とも知らないのに、アンタは恋人ぶったようなこと言ってんのよ!」


 魔法の杖を手にし、セレネーは漆黒の魔女へ先端を向ける。いつ何をされても対処できるようにと構えたのだが――なぜか漆黒の魔女は体を脱力させ、未だ湖に浮かんでいるカエルへ顔を向けた。


『……アシュリー王子様、私の名前……知ってますよね? ジスレって、聞き覚えありません?』


「す、すみません……まったく……」


 カエルがふるふると首を横に振りまくる。どう見ても嘘をついているとは思えない素の反応。それを見て漆黒の魔女ジスレは呆然としてから、オロオロしながらカエルへ訴え始める。


『私、毎年城で行われる舞踏会に足を運んで王子様に挨拶しておりましたし、名前を覚えてもらいたくて、必ず名乗っておりましたが――』


「ええっ?! あ、あの、こんなに長くて見事にうねる黒髪のご婦人を見たら記憶に残ると思うのですが……名前もお姿も、覚えが……」


『そっ、そんな……! あっ、では城下町に出かけた際、よくお姿をお見かけしたら声をかけて、一緒に散策したりもしていたことはお覚えですか?』


「ご、ご、ごめんなさい……それも覚えていません……というか、身に覚えがまったく……」


『なんですってぇぇぇ?! じゃ、じゃあこれは――』


 次々とジスレは王子との思い出を語っていくが、カエルはずっと首を横に振るばかり。

 しばらく成り行きを眺めていたセレネーだったが、次第に答えが見えてきて思わず口端を引きつらせる。


「……なんか色々と分かっちゃったわ。貴女、普段から自分の声で会話しているのよね?」


『そうよ! 当たり前じゃないの』


「こうやって魔法を使わないと貴女の声って聞こえないのよ。だから今まで話しかけたこと、王子に全部伝わってないわ」


 ジスレの体が強張る。そして動揺しながら後ずさり、ぺたんと座り込んだ。


『あ、あれだけいっぱい話しかけてきたのに……そんな……』


「あと、王子は貴女の姿すら知らないみたいだけど、どんな距離で話しかけてたの?」


『え? いつも多くの人に囲まれていたから、その人垣の隙間から顔を合わせるようにして――』


「そんなので分かるワケないでしょ! しかも間近でも声が小さすぎて聞こえないんだもの、王子が認識できなくて当然だわ」


 だんだんと王子に呪いをかけた理由が見えてきて、セレネーは頭を抱えたくなってくる。あまりの理不尽さにカエルへの同情心が止まらない。


「なるほどね……ジスレは王子と仲良くしてたと思ってた。でも王子は人気者で、もっと仲良くしたいのに近づけない。これだけ自分は頑張っているのに、どうして王子は動いてくれないのかしらって思うように――それで可愛さ余って憎さ百倍、カエルにしてしまえってなったってところかしら?」


『違うわよ! 呪いをかければ、きっと私のところへ謝りにきてくれると思ったのよ。ごめんなさい、これからは君を一番に考えるから呪いを解いて欲しいって……なのにどうして私以外の魔女の所へ行っちゃうの?! 信じられない!』


 ……それならもっと確実に来てもらえるよう、口だけじゃなくて『元に戻して欲しければ私の元まで来なさい ジスレ』と手紙でも残していけば良かったのに。

 済んだことにツッコんでも意味はないと脱力しつつ、セレネーは大きく息をついた。


「これで分かったでしょ? 貴女の声が小さすぎたり、分かりにく過ぎる行動を取ってきたから、王子にすべて伝わらなかった……決してジスレをないがしろにしていたワケじゃないのよ。だから……王子の呪い、解いてくれないかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る