三章:悪い魔女は悪い(?)魔女

第15話体が気分転換を欲しているから

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 東の国でもしばらく他の娘をあたってみたが、キラよりも心を通じ合える子を見出すことができず、セレネーとカエルは疲れ果ててしまった。


 宿で朝を迎えても体が気だるく、起きることもままならない。それでもセレネーは布団の中で背伸びをして上体を起こすと、枕元で丸まって眠っていたカエルをつついて起こした。


「王子ー、起きてー。朝よー……」


「……ゲ、ゲコ……ゲココ……あっ! おはようございます、セレネーさん」


 ワタワタと慌てながらカエルは体を起こし、セレネーを見上げて微笑む。目は寝起きと思えないほど輝いているが、心なしか顔はやつれている。無理をしている気配を察して、セレネーは小さく息をついた。


「おはよう王子……今、食堂に行く準備するから、しばらくこっち見ないで」


「は、はいっ、では、窓の外に出て――」


「そこまでしなくていいわ。王子も疲れてるでしょ? 外の壁に張り付くのも楽じゃないでしょうし……王子は信用できるから、わざわざ部屋から出なくていいわよ」


 言いながらセレネーはベッドから離れ、宿屋に用意されていた寝間着を脱ぐ。頭からズボッと被れば足首まで隠れるそれは、着る時には楽だが、少し脱ぎづらい。ゆっくりと捲し上げて脱ぎ、全身の肌をさらした際にカエルを見やると、言われたように背を向けて固まっていた。


 可愛いところあるわね、と小さく笑いながらセレネーは衣服を身に着け、洗面所で顔を洗ってから魔女のローブを羽織る。そして身支度を済ませると、カエルの背中をつつく。


「お待たせ、王子。さあ食堂へ行くわよ」


 くるりと振り返ったカエルはすぐにセレネーの肩へ乗り、横顔を覗き込みながら尋ねる。


「朝食を終えてから、今日はどこで解呪をしてくれる乙女を探しますか? もう東の国では探し尽くしたような気がするのですが――」


「今日はお休み」


「えっ?!」


「私も王子も煮詰まっちゃってるもの、こんな状態で探しても上手くいかないわ。一旦ここで気分転換して、それから別の国に移動しましょ。何か異論は?」


 セレネーが横目でカエルを伺うと、なぜか円らな目が潤んでいた。


「ちょっ、どうしたのよ王子?」


「ゲコッ……すみません、私が不甲斐ないせいで、セレネーさんに負担をかけさせてしまって……」


「アタシは自分がやりたいからやってるだけだから気にしないで。そもそも王子は勝手に呪いをかけられた被害者じゃない。悪いのは呪いをかけた魔女よ! 一体どこの魔女がやらかしたのよ……誰か分かれば徹底的に懲らしめてやるのに」


 初めてカエルがセレネーを尋ねて来た際、呪いをかけられた時のことを聞かされた。

 城で新年を祝う舞踏会が行われている最中、漆黒の魔女がホウキに乗って躍り込み、王子の前に降り立って呪いをかけてきたことが悲劇の始まり。


 何か聞き取れないほど小声であれこれ言われながら――恐らく呪いの理由はその時に言われていたのかもしれないが一切聞き取れないまま、王子はカエルにさせられ、漆黒の魔女は城内に嵐を起こしながら去って行ったとのこと。

 人から恨みを買った覚えはまったくなかった王子はもちろん、城の人間も城下町の人間も首を傾げるばかりだったらしい。そして他国で魔女の呪いを受けた幼子に解呪の術を施したセレネーの噂を知り、王子は唯一の希望だと縋るような思いで来たのだと、ゲロロロロォォ……と何度も号泣を挟みながら話してくれた。


 話を聞いた時も、あまりに理不尽な話で腹が立った。今も思い出してセレネーのこめかみが引きつる。


(本っ当に誰がやったのよ、呪いなんて……陰湿だわ。怒りなり恨みなりあるなら、直接ぶちまけて訴えなさいよ。あー腹がムカムカしてしょうがないわ)


 呪いがなければ王子は人柄そのままのような穏やかな日常を送り続けていただろうし、自分だって中央の森でのんびりと薬の改良を進めて、不必要に疲れない日々を過ごしていただろう。そう思うと、諸悪の根源に直接怒りをぶつけたくなってしまう――この件がなければ、王子と出会うことはなかったけれど。


 こんな気分の時はジッとしているよりも動き回りたい。

 セレネーは部屋を出ようとしながら、カエルに声をかけた。


「ねぇ王子、どこか行きたい所はある? やりたことでもいいけど」


「私は……そうですね……カエルになっているせいか、無性に泳ぎたいですね」


「泳ぐ……いいわね。じゃあ朝食を終えたら泳ぎにいきましょ!」


 いつの間にか苛立ちでむくれていた顔をセレネーがニッと歯を見せた笑顔に変えると、それを見てカエルも表情を晴れやかにした。

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