ネクロマンサーの一番弟子
第81話 怪しい女
ある日の夜中。自室でなお書類に囲まれ眠そうに目をこすったキルビスに、ガリアはコーヒーを差し出す。
「お疲れ。最近姉ちゃん頑張ってるよな。なんかあったのか?」
ここのところキルビスはずっと忙しそうにしていた。労いも兼ねてガリアは訊ねる。
すると彼女は、今にも崩れそうな涙声でガリアに泣きつくのだ。
「聞いてよガリア~。ほんっとめんどくさいんだけどさー」
ロード・エルカーミラ事件の際に、キルビスはレギンレイヴを修理するためアインベリアルのパーツを使った。しかしこれが少しばかりまずかったようで、レギンレイヴのコアが変質してしまったらしい。コアが変質すると、そもそも機体とのバランスが崩れて起動しなくなるのだとか。
それではマズイので、コアの解析が始まった。
しかし変質したコアは国内の著名な技師の手によっても解析することが叶わず、結果として元凶であるキルビスにお鉢が回ってきたのだという。
「確かにこの国のドラゴンクラスはほとんど父さんと母さんで設計してたけど、それにしたって人材がショボすぎるよね。メンテの範疇越えるとすぐ音を上げちゃうんだもん。そりゃ開発力の差も開くよ」
ガリアやキルビスの実の親であるゴルドーラとフェンキス。彼らはヴァンパレスに渡り、遂にドラゴンクラスの量産化に成功した。それに対して、バンパニアはドラクリアン一機の解析ですらままならない状況だ。ゴルドーラ達が意図的に後進を育成しようとしていなかった可能性はあるが、それはそれ。一国の開発力が反政府勢力に追い越されるなどあってはならない。
キルビスは深く溜息をつく。
「それで母さんが調子に乗るのも腹立つし……やっぱり私が前に出るしかないのかなあ」
キルビスは、二人がまだバンパニア所属だった頃に助手兼第三の頭脳を務めていたのだという。ドラクリアンやダンディットの一部には彼女の設計が使われているというのだから驚きだ。
しかしガリアにはひとつ腑に落ちない点があった。
「そもそも姉ちゃんってあんまりVM好きじゃないのか?」
レギンレイヴの修理をするまで、彼女はVMの開発や整備に一切関わろうとはしなかったのだ。唯一ガヴァーナまわりだけは自分で整えていたようだが、それ以外はさっぱりである。
言葉を選び間違えて遠回しな問いかけになってしまったが、彼女には通じたらしい。困ったように首を傾げて、気まずそうに言う。
「まあ……あんまりいい思い出はなかったかな。前にも言ったでしょ。父さんも母さんも、私のことは人間として扱ってくれなかったから」
確かにそんな事を言っていた。彼女にとってVMは、両親へのコンプレックスと密接に関わっているのだろう。
――「でも」と、彼女は付け加える。
「ガリアのためなら頑張れるかな」
弟力が試されていた。彼女は労いを求めている。彼女が今一番欲している言葉はなんだ。考えろガリア。考えるんだ。
「姉ちゃんが一緒だと俺も心強いよ。でも、無理はするなよ?」
「うーん百点!」
ガリアは心の中でガッツポーズした。彼女の心の支えになれたようでなにより。
「ま、でも安心して。もうすぐ終わるから。そしたら次は改造プランでも考えようかなあ」
キルビスの言葉にガリアは疑問符を浮かべた。
「改造するのか? レギンレイヴを?」
躊躇うことなく彼女は頷く。メライアの居る隣の部屋に視線を向けながらこう言った。
「レギンレイヴの特殊能力はサモアドラゴン由来の召喚機能だけ。だから、レギンレイヴが強いのはメライアが強いからなんだけど……これから先、それだけだとちょっと足りないと思うんだよね」
メライアの強さは圧倒的だ。下手に下駄を履かせなくても、彼女は十二分に戦える。……ガリアはそう思っていたのだが、キルビスの見立ては違うらしい。それは恐らく、ゴルドーラやフェンキスの人柄や技術力を知った上での考察だ。それは正確性に欠けるガリアの直感よりもずっとアテになるだろう。
「なるほどな。それで、どんなプランを考えてるんだ?」
「いくつか候補はあるんだけど……」
話しながら考えをまとめているのだろうか。キルビスは口元に手を当てながら語り始める。
「戦力のバランスも考えて、全体強化系の魔法が使えるドラゴンを組み込みたいんだよね。群れで戦うと強くなる……アレとか。でも、私も魔法関係はあんまり詳しくないから、ちょっと助手が欲しいんだ。誰がいいかはちょっと考えてるんだけど……」
そこまで話して、彼女は首を傾げて考え始めた。魔法知識に関してなら、適した人材を知っている。
「マジータちゃんとか良いんじゃないか」
候補には入れていたらしい。彼女の顔を思い浮かべているのか、キルビスは虚空を見上げながら言う。
「やっぱりそうなるか。ちょっと声かけてみようかな」
仮決めのような口ぶりだったが、その後無事に本決まりと相成ったらしい。それからしばらく、キルビスとマジータちゃんが一緒に行動しているのをよく見るようになった。仕立て屋さんはあまり忙しくないらしい。
そんなある日のこと。ガリアが廊下の窓枠を直していると、マジータちゃんに声をかけられた。
「お疲れ様ガリアくん。なんか飲む?」
なんか飲む? というのは先輩語であり、翻訳すると『飲み物奢るよ』という意味になる。『来るもの拒まず去るもの地獄の果てまで追いかける』が信条のガリアに、目上からの施しを断る理由はなかった。
「じゃあお言葉に甘えて」
サクッと窓をはめ、連れたって休憩所に向かう。ドロリと濃いコーヒーを持ってきたマジータちゃんが対面に腰掛けると、ガリアは差し出されたカップに口をつける。最近になってようやくブラック――というよりかは、香りを楽しむ文化全般の良さがわかってきた。炒った豆の芳ばしさが鼻腔を駆け抜ける。
たっぷり一口味わったガリアは、音を立てないようにそっとカップを置く。さて、特に警戒もせずついてきてしまったわけだが、彼女はただ親切心で飲み物を奢ってくれるような女ではない。なにか狙いがあるはずだ。ガリアはマジータちゃんが口を開くのを待つ。
予想通り、彼女は話を切り出した。
「この前お姉さんから聞いたんだけど……ネクロマンサーに会ったってほんと?」
先日の温泉街での出来事だ。同じ魔を志すものとして興味があるのだろうか。引っかかる部分もあるが、嘘をつく理由もないので正直に話す。
「ああ。すぐに逃げられちまったけどな」
実りのある話ではないが、それでも彼女は食いついてきた。
「なるほどね。でも、まさか今の時代に生き残りが居たなんて思わなかったよ」
「生き残りっつってもシワシワのおじいちゃんだったぞ。ほっといても死ぬんじゃねえかな」
「どうだろうね。死霊術なんてやってるぐらいなんだから、なにか長生きの秘策でも知ってるのかもしれないよ。そうでなくても魔道士は長生きだって言うし」
煙に巻くような言説に違和感を覚える。ただの雑談であれば話の流れを誘導する必要はないはずだ。彼女は普段から場の流れをコントロールしようとするきらいがあるが、それとは少し異質なものに思えた。
しかし彼女の腹を探ったところで返り討ちに遭うのがオチだ。作り笑いに気付いていないフリをして話を続ける。
「よくわかんねえや。死んだやつの復活なんかを目指してるみたいだったが」
「へえ、そっち系だったんだ」
どうやら必要な情報が揃ったらしい。彼女は話題を切り替えた。
「ところでどう? メライアちゃんとは進展した?」
少し強引な気もするが、温泉街ではメライアも一緒だったので脈絡のない話題というわけでもないだろう。それにこっちの方が気楽でいい。コーヒーに口をつけてから、ガリアは大げさなリアクションを交えて答える。
「いや全然。何度か寝泊まりしたりもあったはずなんだがな」
メライアは事あるごとにガリアの好意を確認してくるわけだが、彼女がガリアをどう思っているかは一度たりとも口にしていない。フェアじゃない気もするが、しかし訊ね返すのも怖い部分がある。
そんな揺れ動く乙男心を知ってか知らずかマジータちゃんはニヤニヤと笑う。先程までの作り笑いとは全く違う、いつもの打ち解けやすい笑顔だ。
「もうちょっと強引に迫ってみたら? ああ見えてメライアちゃん押しに弱いところあるし」
「反撃されそうで怖いぞ……」
シラフでお尻触ったらお仕置きされるし。
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