探偵オバさん - 丹野程子の事件簿 -

春木のん

ポイントカード殺人事件

「あらあら、何か事件?」

 救急車とパトカーの赤いランプが、商店街の一角を照らしていた。


「あらあら、何か事件?」

「なんか、十五分前に、あそこのファーストフード店でコーヒーを飲んでいた若い女の子が、急に喉をかきむしって苦しんで倒れたみたいよ?」

「あらいやだ。怖いわね~」

「怖いわよね~。コーヒーに毒でも入っていたのかしらね?」


 野次馬(主にオバさん)達がざわざわしていると、ファーストフード店の出入口付近に警察官が数名集まってきて、一人が声を上げた。


「みなさんの中で、本日この店を利用された方はいらっしゃいますか? もしいらっしゃれば、私のところへ来て下さい。あと、今からここ一帯を立ち入り禁止区間とします。関係者以外の方は、速やかに離れてください!」


 私たちの目の前に三角コーンが立てられて、『立入禁止』と書かれた黄色いテープで仕切られる。


「あらやだ。救急車はそこにいるのに、誰も出てこないじゃないの」

「死んじゃったのね、あの子。あの店、殺人事件現場よ。もう利用できないわね」

「そうね。ところで奥さんのそのマイバッグに入っている紙袋。あの店のものじゃないの?」

「え? あ、そうそう。素敵なデザインの紙袋だから、ちょっとした時のマイバッグに使ってて」

「あそこのファーストフード店の紙袋。季節によってデザインが少しずつ違うの、奥さんご存じよね? もし私の記憶違いだったら悪いんだけど、奥さんが持ってるそのデザインは、今日から使われているものじゃないかしら。奥さん今日、あそこのお店にいたことは間違いないわよね? おまわりさーん!」


 私は逃げだそうとした奥さんの手首を掴んで、近くにいた警察官を呼び寄せた。

 近寄って来たのは、私の家の隣の駐在所に住む、多賀目たがめ郁生いくお巡査長だった。


「げっ。探偵オバさん……」

「探偵オバさんじゃないわよ、多賀目巡査長。私の名前は、丹野たんの程子ていこ。いい加減、覚えてちょうだい。あとこの人、犯人だから捕まえてちょうだい」

「はあ?!」

「ち、違うわよ! あたしは犯人じゃないわよ! 離してよ、このオバさん!」

「あんたもオバさんじゃないの! この人のマイバッグから、あの店の紙袋が見えた時。私、ピンと来ちゃったのよね。それで近づいて話を聞いたら、現場で亡くなった人が若い女性で、コーヒーを飲んでいて、毒で倒れて、しかも殺人だって言っちゃってるじゃない? おおよそ、この奥さんがテイクアウトしたコーヒーに持ち歩いていた毒物を入れて、お店の中で同じようなコーヒーを飲んでいた女の子のコーヒーとすり替えたのよ」

「い、言いがかりよ! こっちの頭のおかしいオバさんこそ捕まえてよ、おまわりさん!」

「言い逃れできると思う、奥さん? どうせ今日、コーヒーをテイクアウトした時に、あのファーストフード店のポイントカードを出したでしょう? レジにデータが残っているはずだから、すぐにわかるわよ。オバさんは、ポイントカードが好きよね。私もポイント集めるの大好きだから、わかるわ~」

「でも、あの店……私がポイントカード出さなかったら『ポイントカードはございますか?』って聞かないのよ……何回、ポイントをもらい逃したか……ポイントカードのポイントでしか交換できない、あの店の限定ロゴデザインのスマホケースが欲しかったのに……昨日もポイント入れてもらえなくて、景品の交換期限も切れちゃって……あの店が、あの店が悪いのよおおおお!!!!!」


 奥さんはその場で泣き崩れてしまった。

 私は奥さんの手首を掴んでいた手を離し、その手で丸くなった奥さんの背中を優しく撫でた。


「悔しかったわね。あの店を恨みたくなるわよね。でもね、奥さん。あの店の嫌がらせのためだとしても、無関係の人を傷つけちゃダメよ。あの店の本部に直接クレームを入れるとか、方法は色々とあったんじゃない?」

「ううっ……うううっ……」

「自首して、罪を償って。それからでも良いと思うわ。クレームは、クレーム。殺人とは関係ないわ。奥さんがちゃんとクレームを入れられる日を、私、待ってるから」

「ううっ……ありがとう、奥さん……」

「いいのよ、奥さん」


 私たちを囲う野次馬(主にオバさん)達は静まりかえり、すすり泣きをする声も聞こえてきた。


「あの~そろそろ良いですか、探偵オバさん?」


 多賀目巡査長が、奥さんの手を取って立ち上がらせた。


「ええ。あとは頼んだわよ、多賀目巡査長」

「それは当り前です。僕は警察官で、あなたは民間人ですから。急に現場に現れて犯人を捕まえるのは、これで最後にして下さいね。ほんと、お願いしますよ!」

「あ、私、お豆腐屋さんにお豆腐買いに行く途中だったの思い出したわ! それじゃあね!」


 私はそそくさと現場から立ち去って、商店街のもう少し奥にある離れたお豆腐屋さんを目指す。歩きながらお財布のどこかにある、お豆腐屋さんのポイントカードを探していた。


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