第29話ファンの流儀(2)


            *


 チャッチャッチャーラーラ、チャッチャッチャッチャッラー♪


『ファンの流儀』


 松下総一郎

 年齢 32歳。

 職業 会社員

 生きがいは――


 『凪坂46ファン』


 今夜は、凪坂46に命をかけるおとこの生き方を密着した。


           ・・・


【前回までのあらすじ】


 青春18切符で、山梨まで到着した、松下。駅前の喫茶店でオムライスを食べ、富士Qランドに向かう……が……


「しかし、本当に青春18切符って得ですよね。2千円ですよ、富士Qまで来るのに。普通、こんな安く行けないですよ?」


 意気揚々と、安さアピールをする松下に、予想外の事態が発生する。


『富士急行・河口湖行き』


 JRでは、ない。最後の列車において……千円、必要。


「……」


 松下は、黙って改札に向かい、払う。


 言い訳を、呑み込み、ただ目的地の電車へと乗り込む。


            ・・・


 富士Qランドへ到着。


「あと、2時間弱ありますからね。まあ、腹が減っては戦はできないってことで、まずはご飯食べましょうよ」


 食費に関しては、松下は、惜しむそぶりを見せない。『それを含んだ、そのものが凪坂王国キングダムなんだ』と言いたげな様子で。一通り、等身大メンバーとの2ショット写真を撮り終えた後、凪坂王国会場が比較的近いフードコートに到着した。


「うーん……やっぱり、こだわり豚丼……それと、ビール……かな」


 ニヤリ。


 アルコールを入れて、さらなるテンションの向上を計ろうとする。が、ここで待たしても予想外の事態が松下を、襲う。


『こだわり豚丼が、こない』


 凪坂王国に来る客が多すぎて、一向に自分の料理が来ない。刻一刻と迫る開始時間に対し、とうとう、彼は決断する。


「すいません、これ……もういいです」


「えっ、いらないってことですか?」


「あっ、はい」


『豚丼をキャンセル』


 フードコートの店員を呼び止め、券を返却。当然、費やした2千円のお金は返っては来ない。比較的早く買うことのできるビールだけを買って、ゴクゴクとそれを飲み干す。


「……うぐっ」


 ここで、激しい嗚咽が、松下を襲う。


 空きっ腹に……ビール。普段、ツマミがないとビールが飲めない男にとっては、ただ、ビールをのむという行為は、自傷行為以外のなにものでもなかった。それでも、死ぬほど不味そうな表情を浮かべながら、ビールを飲み干す。


「……ふぅ……うぷっ……さあ、行きましょうか?」


 せぐりくる吐き気を抑えながら、なんとか立ち上がって凪坂王国の会場まで歩き出す。


「おっと……忘れていました」


 そう言いながら、松下はおもむろに、半袖チェックシャツを脱ぎ出す。


『濡らしてんじゃねーよ!』


 琴音明日香が、放った一言。メンバーの一人が麦茶をこぼし、スカートがびしょびしょになった時に、琴音明日香がティッシュを差し出した際のドスのきいた一言がプリントされたTシャツを堂々と着こなす松下。


「ええ、これを聞いた時には、まるで電気ショックが走ったかのようでした」


 誇らしげに、そして少しだけ照れ臭そうな表情で語る松下。


 ここから、30分ほど歩き、自分の席へと座る。


『F12の24列目』


「……」


 花道からは比較的近い席だが、それでも視力0.6の視力では表情までは確認できない。ほとんどモニターを眺めるだけとなるであろう席。しかし、松下の表情に憂いは見られない。


「重要なのは、生で彼女を見ることではない。モニター越しでも、同じ時間を彼女たちと、そして仲間たちと一緒に共有すること。そこに意味があるのだ……そろそろ、集中したいんで、あなたも自分の席へと座ってください」


 そう言って、再びイヤホンで凪坂の曲を聞き込む。


『A5の3列目』
















 スタッフは、とうとう、松下に自分の席を言うことができなかった。



 チャッチャッチャーラーラ、チャッチャッチャッチャッラー♪




                  続く



             *


「……」


「あっ、新谷さん。まだ見てるんですか? 3週ブチ抜きですもんね、かなり、気になってるんじゃないですか」


「木葉……今、俺に、話しかけるな」


 この内容で3週ブチ抜きなんて……どうかしてるよ、このスタッフ。






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