第16話 昔今庵からの収録
あの悲劇の収録から一週間が経過。今日は午後から収録なので、午前中に『昔今庵』で飯を食うことにした。
「マスター。今日は、麺売り切れ?」
「メンテナンス中……なんちゃって!」
「……」
オッサンのオヤジギャグを心の底からスルーして、席につく。そして、おもむろにメッセージが入り過ぎて熱熱になったスマートフォンを取り出す。
『めっちゃよかったっす……逆にね!』『さすがは公式変態お兄ちゃんですね』『彼女たちの本当の顔が見れてよかったです……わかりますよね、あなたのこと嫌いなんですよ?』『どうでもいいけど、林檎姫をだせ』『んばばー!うんばばばばばばばばば、うんばばばばばばばばばばば』
「……」
そして、そっとスマートフォンを、置いた。
自己嫌悪……だが、今回ばかりは、仕方がないと思う。
♪♪♪
「……っ゛!」
誰だ、まだこんな汚れ芸人に罵倒をーーイジラレー田岡さん!?
『一つ……上の男』
「……」
意味不明。労うなら、わかりやすく労ってくれよ。
「新谷……さん?」
その声に振り向くと、柿谷芽衣がトレイを持って立っていた。
「お、おう!」
極力平静を装って返事をしたが、できれば、こんな変態公式お兄ちゃんを見ないで欲しい。
「よかったー、今日、一人でご飯食べなきゃなって思ってたんですよ」
弾けるような笑顔を浮かべて、隣の席に座りだす。
「柿谷……お前、嫌じゃないのか?」
「ん? なにがですか」
カレースプーンをくわえながら、逆に質問される。
「い、いやなにがって……」
あんなに変態なことしたのに。
「ああ、前回の収録ですか? 仕事じゃないですか、仕方ありませんよ。まあ、その時にはだいぶビックリしましたけど」
「……っ!」
思わず泣いてしまいそうになる。この美少女の優しさに。
でも。
そんなことではいけない。
俺は芸人として。
君はアイドルとして。
「柿谷……ここではそれでいい。でも、次の収録では絶対にダメだぞ」
「……えっ?」
「お前は『仕事ですもんね』なんて発言するテレビ番組を楽しめるか?」
「あっ」
「テレビって言うのは大人になっちゃ駄目なんだ。子どもみたいに思ったままのことを言うのが視聴者の心を惹きつけるんだ。優しいってのは、現実では大事だけど、ここでは必要ないものだ。優しくならない覚悟ってのがここからは必要になる」
俺は今、非常にいいことを言っている。
「……はい!」
「よし、いい返事だ。じゃあ、食べるか!」
「はいっ!」
そんな会話もひとしおに、柿谷はカレーを頬張りながら、単語帳を見始めた。
「勉強か……エラいな」
「エヘヘ、次ってクイズ企画じゃないですか。私の取り柄ってあんまりないから。だから、今、仕事の合間にずっと勉強してるんです」
「柿谷……」
「はい」
「そんなことないぞ」
「えっ?」
「俺は……いや、ファンだってお前のいいところはたくさんあるって知ってる」
さっき、俺はお前の優しさを一心に受け取ったよ。果てしなくポンコツかと思っていたけれど、いい子なんだってことがわかった。
「それは……新谷さんや、ファンが優しいから」
「……っ゛!」
猛烈に、可愛い。
初めて、ファン心理を理解してしまった。
「と、とにかく頑張れ」
「はい! 今日も徹夜して頑張ります!」
「徹夜はするな! 倒れない程度に頑張れ!」
「はい!」
な、なんていい子なんだ。
決めた! 今度のクイズ企画……柿谷のために頑張る。
・・・
打ち合わせ室にて。
「……木葉、お前、今、なんて言った?」
「はぁ……何回も言わせないでくださいよ。これ、次の企画ですから読んでくださいね」
「……」
・・・
収録現場にて。
「さあ、始まりました。凪坂ってナギナギー! 司会は私、新谷がお送りします。そして、彼女たちが……凪坂ちゃんだぁ!」
「「「……」」」
いつも通り、なにも言わないーー
「イ、イェー」
それは、小さな小さな声だった。
でも、その声は確かに柿谷ものだった。すぐに顔を真っ赤にさせて俯いてしまったけれど、それは紛れもなく、なけなしの、ちっぽけな勇気だった。
「……」
必死に盛り上げようとしてくれている。このクイズ企画に対する、並々ならぬ想いとガッツが……伝わってくる。
でも……
「さて! 今日はクイズ企画……で・は・な・く! 家族アンケートの巻ー!」
!?
柿谷がガビーンて顔していた。
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