第4話
「月長石なんですか。私、水無月の生まれなんです。奈落先輩が首飾りを作ってくださるなら、買いに伺いたいです」
他意のなさそうな言葉に、奈落は安堵した。気にしているのは自分だけか。いや、それはそうだ。
「光栄ですね。ぜひ旦那様と一緒にいらして下さい。外国では、夫が妻に守護石の装飾品を贈る慣習があるそうですよ」
「…えぇ、そうですね」
千代の反応に、少し違和感を感じた。ただ、それがなんなのかまではわからなかった。
「千代さん、今の姓はなんと仰るのですか?以前は
「
「ほとり…」
奈落は首を傾げた。辺。記憶の片隅にその名前があるような気がする。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、何でもないです。よい苗字ですね」
「ありがとうございます」
気がつくと、外は日が陰り始めていた。空が茜色に染まっているのだろう、窓から覗く向かいの雑貨屋の壁が空に照らされて色付いている。
「ああ、長々と足止めしてしまいました。奥様はこれからお忙しいお時間でしょうに、申し訳ありません。大丈夫でしょうか、御宅はここからお時間かかりますか?」
「あら、ほんに。時間の経つのは早いものですね。大丈夫です。夫は今日は遅くなると言っていましたし、お義母様も今旅行中ですので、今夜は百香と2人で簡単なもので済まそうと話していました。さ、百香」
千代は、手の中の藍玉を奈落に返すよう百香を促した。百香は名残惜しそうに藍玉を奈落に差し出す。奈落はその藍玉を受け取ると、手元にあった適当な薬袋に入れて百香にまた手渡した。
「百香さんにで悪いですが、再会の記念に差し上げます。用事がなくても構いませんので、是非また遊びにでもいらして下さい。今日は良い日です」
「こんな…高価なものでしょう。それに大事な商いの品ではありませんか」
「沢山仕入れるのです。ひとつぐらいは構いませんよ。…ただし、他の方には内緒ですよ?」
そう言って、奈落は悪戯っぽく笑ってみせた。その笑顔につられたように、千代もふっと笑顔を見せる。
「すみません…ありがとうございます。ほら、百香。お礼を言って頂戴」
「ありがと…」
百香ははにかみながら、それでも嬉しそうにそう言って、気持ちをはやらせるように薬袋の中を覗き込む。
「まだ駄目よ。お家に帰ってからね。本当にありがとうございます」
「とんでもないです、お気を付けてお帰り下さい」
席を立って荷物を持ち直した千代の先にたち、奈落は玄関のドアを手で押し開けた。千代は奈落に一礼すると、百香と手を繋いだ。
「そうそう、大事な事を言い忘れていました。今日処方したお薬は取り敢えず咳を楽にしただけですので、明日にでもお医者様のところへ伺って診断を仰いで下さいね」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
そう言うと、千代は百香と帰路についた。
久しぶりの同年代の女性とのお喋りに、奈落は満足していた。近頃は客も閑古鳥で、会話に飢えていた。こんな他愛ないお喋りに心癒されるのは、やはり自分が女性だからなのだろうとしみじみ思う。
今度こそ店を閉めようと、奈落は店の暖簾に手をかけた。その時、還暦は超えているであろう白髪の男性が奈落に近付いてきた。
「よお」
その飄々とした声掛けに、奈落は溜息をついた。今日はなんと来客の多い日だろう。
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