カレーは生き物 第三章 ~マナブラックホール体質~

カレーは生き物 第三章 マナブラックホール体質 1



   第三章 マナブラックホール体質



          * 1 *



「そろそろ行くぞ、キーマ」

「うんーっ」

 ロフトに上がってベッドに寝転がりながら、僕が貸した携帯端末を使ってエーテルモニタで何かを見ていたらしいキーマは、声を掛けると返事をして降りてきた。

 白いドレス風のワンピースも似合ってたけど、今日着てる黒いのも似合っていた。

 ロリーナのお下がりだけあって、フリルとかレースでふんだんに飾りつけられ、スカートはふわっと広がり、硬質パーツなんかもあってメルヘンとパンクを組み合わせたような感じだけど。

「ちょっと待って、克彦」

 休日の今日、朝から僕の家に入り浸っていたロリーナは、ダイニングチェアから立ち上がり眉を顰めた。

 今日は制服じゃなく、白いシャツに黒いスカートつきのビスチェ姿のロリーナ。レースなどで飾られてるのはもちろん、メルヘニック・パンクの世界を象徴したように部分鎧染みたデザインも取り入れたそれは、胸の部分が大きめに開いていて、若干目のやり場に困る。

「どうかした?」

 今日はこれからエジソナさんのところに向かう。

 新種申請のやり方を聞くためと、アポイントのときに用件を伝えたら、追加の検査が必要だということだった。

「そろそろ、マナを補充しないといけない時期なんじゃないの?」

「……そうかも」

「マナの補充ぅ?」

 近づいてきたキーマの髪を撫でてやりながら、僕は彼女に説明する。

「僕は違う世界から来たんだよ」

「違う世界? えぇっと、なんだっけ? ファントムみたいなの?」

 ファントム、いわゆる神話や伝承の生き物たちは、エーテル場に生息していると言われている。

 実際の実体はいまひとつよくわかっていないらしいけど、エーテル場に存在する生物だから、その性質はマナと同じで、この世界だけでなく違う世界との行き来もできる。

 ただしファントムの記憶は、この世界に身体を持っているときだけのもので、一度身体を捨てると記憶は消滅する。

 再び身体を持ったとき、生命体としては同一でも、個性としては新生したものだという。

「ちょっと違うかな? この宇宙とは違う宇宙で生まれて、ここに来ちゃった人なんだ」

「……その世界も、本当にある世界なのかどうなのか、観測はできないんだけどね。魔導量子力学とかその先の魔導世界仮説とか勉強しないと、その辺はわからないよね」

 僕の言葉を引き継いで、ロリーナがそう説明してくれる。

 細かくはかなり難しい話になるが、僕が生まれ育ったと記憶にある世界は、本当に存在している世界なのかどうかはわからない。別の宇宙を観測する方法はいまのところないから。

 僕のような異世界漂流者や、ファントムの存在が、異世界が存在する間接的な証拠にはなってる。それでも観測する方法がない以上、確かに存在するという根拠にまではなっていない。

 ただ、そうした異世界の記憶を持ってこの世界に生まれた僕には、他の人とは違う特殊な体質があった。

 首を傾げて表情を曇らせてるキーマに、細かい説明をするのはやめておくことにする。

「まぁ、キーマがしっかり勉強したら、その辺はわかるようになると思うよ。そのうち一緒に勉強しようね」

「そっかぁー。うんっ、わかった!」

「それで僕は、たぶん異世界から来たからなんだろうけど、ちょっと特殊な体質なんだ」

「いいから早く上着脱いで」

 ロリーナに急かされて、僕はいそいそと上着を脱ぐ。

 別にいまじゃなくてもいいじゃないか、と思ったけど、自分の胸に手を当ててみると、けっこう危険な兆候が感じられていた。

「うぅ……」

「いまさらなに恥ずかしがってるの?」

 これをするときはいつものことだけど、上半身だけにしろ裸にならないといけない。

 好きな女の子に体質のためとは言え、裸を晒すのは恥ずかしい。

「ほら!」

「うわっ。大丈夫! 自分で脱ぐからっ」

 無理矢理脱がされそうになって、僕は急いでシャツを脱いだ。

 さすがにまだ春先の空気は、裸になるには寒い。

 そんな僕の胸に、ロリーナの細くて長い指が押し当てられる。

 そして静かに目をつむった彼女。

 冷たく感じた彼女の手から、暖かいものが身体に注ぎ込まれてくるのを感じる。

 ロリーナの魔法少女クラスの大量のマナが、彼女の手を通して僕の身体に注ぎ込まれてる。

「僕がこんなことしてもらわないといけないのは、僕がマナブラックホール体質っていう、宇宙でもほとんど例のない体質だからなんだ」

「マナ、ブラックホール?」

「うん。僕は定期的にマナを注いでもらわないと、この世界で身体を維持できなくなって、消えてしまうんだ」

「そうなの?!」

 驚いた声を上げるキーマに、僕は微笑みかける。

 マナブラックホール自体は、魔導的に発生が予言されている現象のひとつだ。

 凄まじくエーテル場が活性化している場所で、もの凄く巨大な魔法や魔術を使った場合、瞬間的にエーテル場の活性レベルが大きく落ち、熱平衡と同じく平均化させようとその場所にマナが集まる。

 それの状況が激しすぎる場合、マナは世界に留まらず、勢いがつきすぎて世界を通り抜けていってしまう。そしていつまでもエーテル場の活性レベルが平均化されないという状況に陥る。

 それが連鎖的に起こると、まるでブラックホールのように無尽蔵にマナを吸い込む世界の穴となる。それがマナブラックホール。

 マナブラックホールは理論上では短時間で消滅するはずのもの。

 僕の場合は極々小さなマナブラックホールが身体の中に存在し続けている状態で、身体の外には影響ないけど、マナを吸収して穴を埋めないと、身体が崩壊して消滅してしまう。

 普通のマナブラックホールなら短時間で消滅するはずなのに、僕の中にある世界の穴は、十年経ってもまだ埋まってない。発生原因も解消方法もわからない謎の体質だった。

 僕が最初に出会ったのがロリーナで、魔法少女の彼女の母親もいたから、消滅せずにいられた。最初の頃は一日に最低一回はマナの補充が必要だったから。

 いまは一ヶ月に一回かそこらで充分で、エジソナさんに調べてもらった限りでは、あと数年すると僕の中のマナブラックホールはほぼ埋まり、自然に放出されてるマナを吸収するだけで身体を維持できるようになるという。

 でもそうなるまでは、ロリーナにマナを補充してもらわないと僕は生きていけない。

 こんな体質だから僕には身体強化や治療、カグヤさんが持っているというナチュラルチャームなど、身体の内側に作用する魔術や魔法はほとんど効果がないか、持続時間が極端に短くなる。

 身体の外には影響がないから、機体に魔術が作用するスカイバイクや身体の外に表示するエーテルモニタなんかは問題なく使えるし、魔術で出した炎や電撃といった二次現象でもダメージ受けちゃう。

 マナの補充さえ怠らなければ、少なからず面倒はあっても、生活に大きな支障はない体質だった。

「んーと、元いた世界があるかどうかわからないって、どういうこと?」

「説明が難しいんだけどね……。マナ、というか、エーテル場は別の世界からこの世界とかに情報、もしくは要素を持ち込むことがあるんだ。ただ持ち込まれた要素は、元々の世界にあったものと同じかどうかはわからない。違う要素と関わることで変質してしまったりすることもあるらしい。別の世界を観測することは困難だから、変質してるかどうかもわからないんだ」

「んー」

 調べてるから知ってるけど、僕でも全部は理解してないような理論の話は、キーマには難しいらしい。

 首を傾げてうなり声を上げている。

「パパが元の世界に、帰ることはできるの?」

「どうだろうね。理論上は可能らしいけど、それこそマナブラックホールを利用するくらいの巨大な魔法を使わないといけないらしいから、現実的には不可能なんじゃないかな?」

「そうなんだ。うぅーん……」

 うつむいて考え込み始めたキーマ。

 少しして顔を上げた彼女は、少し悲しそうに、少し寂しそうに、僕に問う。

「パパは、帰りたいと思わないの?」

「最初は帰りたいとずっと思ってたけどね」

「そっか……」

「でもいまは、この世界も大切だから」

「うん……」

 そう言ってキーマに笑いかけると、彼女も笑ってくれた。

 閉じていた目を開けて僕のことを見てくれるロリーナも、優しく笑いかけてくれていた。

「とりあえず最低限、安定するくらいは注いだけど、近いうちにもう一度補充しないと、身体消えちゃうからね!」

「うん、ありがとう」

「忘れちゃダメだよ、パパ!」

「わかってるって」

 険しい表情をし、人差し指を立てて警告してくるロリーナに、それを真似て同じ仕草をするキーマ。

 まるで親子のようなふたりにちょっと笑いながら、僕は何度も頷いた。

「さぁ、今日はまずキーマのことをやろう」

「うんっ!」

「んっ。そうだね」

 服を着て上着を羽織った僕は、キーマと手を繋ぎ、ロリーナと並んで部屋を出た。



            *



 古風なゴスロリ服を着て、だらしなくソファに寝そべり、面倒そうな表情を浮かべているのは、エジソナさん。

「わかっているのかい? 新種の申請というのは非常に難しいことなんだよ?」

「はい。それでも、キーマを、クックリーチャーを住民登録できるようにしたいんです」

「はぁ」

 諦めない僕に、ため息で応えるエジソナさん。

 これでもう何度目になるだろうか。

 面倒そうにしているばかりで、エジソナさんは新種申請の手順を教えてくれない。

 こうなるだろうことがわかっていたんだろうロリーナは、澄ました顔で僕とエジソナさんの様子を眺めてる。

 でもキーマは、不安そうに僕の顔を覗き込んできていた。

 この前と同じく、広いホールのような部屋で、相変わらずそこそこ整理されてるけど、けっこう雑然と物が置かれていたりする魔女の館。

 僕はいま、館の主の説得を試みてる。

 地球で新種申請が通った知的生命体の種類は、本当に少ない。

 ほぼ無条件だった異星人を除けば、ファントムとスフィアドールと、あとほんの数種だけだ。そんな希少な申請を通すためには、経験者にアドバイスをもらうのが一番だった。

「情報を揃えるのはいいんだよ。それくらいの協力はするさ。ボクと君の仲だからね。ちなみに新種申請の何が難しいと思う?」

「時間がかかること、でしょうか?」

「その通り。申請に必要な書類と情報が揃っていても、登録には非常に時間がかかる。同じ情報を何度も何度も提出するくらいならいい。いろんな部署をたらい回しにされたり、どう考えても関係のない情報を提出させられたりする。検討期間とか言って年単位で待たされることだってある。一時は全面戦争の一歩手前まで行った悲しい過去があるからであるが、ファントムのときは二十年近くかかっている。世界システム会議ってのは基本、クソだよ」

「……そんなに?!」

「そんなもんさ。実際のところ、申請を通すか通さないかの問題というより、研究分野の話だからね、これは。強力なコネでも通して申請すれば別だが、ボクはクックリーチャーに興味がないと言ったら嘘になるが、新種申請をすることまでには興味がないしね」

「でも、エジソナさんはスフィアドールの新種申請を自分でやったんですよね?」

「なんて昔の話を……。ロリーナ! 君か? そんな話をしたのは?!」

 ソファに座って怒った顔で名を呼ぶエジソナさんの声に、ロリーナはそっぽを向くだけで答えなかった。

「あれはまぁ、仕方なかったんだ。ボクの魔法具は個性を持ったインテリジェントデバイスだったからね。身体がほしいって言うから、ひとりでも何でもできるようになりたいというあの子の希望を叶えるために、新種申請して住民登録できるようにしたんだよ」

 思えばエジソナさんは、現役なのかどうかわからないけど、魔法少女の家系に生まれた人だった。

 受け取った当日にバラされたという魔法具は、スフィアドールとなって新しい人生を歩んでいるらしい。

「クックリーチャーはすでにWSPOに危険視されているみたいじゃないか。排除に動き出してる状況で、申請はできても承認にはかなり時間がかかるだろう。それに仮申請が通るまでは排除の動きは停止できないし、その前に執行部隊が現れる可能性だってある」

「そのときは、えぇっと、僕が守ります」

「無理だね」

「無理ね」

 エジソナさんとロリーナに口を揃えて言われて、僕はがっくりと肩を落とす。

 確かに僕はマナブラックホール体質というだけで、ロリーナやエジソナさんと違ってただの人間。

 いやむしろ、身体にかかる魔術が効かない分、ハンディがあると言っても過言じゃない。

「まぁいい。君がそこまで言うなら必要な検査はしよう。キーマ君、そこの椅子に座ってくれ」

「うん……」

 エジソナさんが指さした椅子に、キーマはゆっくりと近づいていって、座る。

 不安そうにしてる彼女に、僕は強く頷いて見せた。

 とくに何かしている様子はないけど、たぶん部屋の中に設置されてるセンサーでスキャンをしてる。エーテル場が活性化している感じがあった。

 ロリーナが立ってる左側とは反対の、僕の右側に立ってキーマの様子を見てるエジソナさんが言う。

「この仕事の代償は、いつか払ってもらうからね」

「わかっています」

 呆れたように息を吐き、僕の顔を覗き込んでくるエジソナさん。

「新種申請に必要なのは、知能がある程度以上あること、それから身体が安定していることくらいだ。君のときも、その体質があったから住民登録を通すのにはずいぶん苦労したものだしねぇ」

「そうでしたね……」

 異世界からの漂流者は、数としてはかなり少ないけど、僕が初めてというわけじゃなくて、過去にもちょこちょこいる。

 異世界の要素で構成された人間である異世界漂流者は、新種申請と違ってそう難しくはない。異世界漂流者であることと、同種の人間であることがわかればそれで充分だから。

 でも僕の場合、マナブラックホール体質があったために、普通なら数日、長くてもひと月とかからない住民登録に、三ヶ月近くかかってしまった。

 僕を住民登録するために、ロリーナがエジソナさんに何度も頭を下げて頑張ってくれたおかげだった。

 ネオナカノ市民になったことで、僕は多くのものを手に入れた。

 学校に通うことができたのも、いま独り暮らしできているのも、住民登録ができたおかげだ。

「大丈夫だよ、キーマ。僕がちゃんと新種申請を通して上げるからね」

 小さくそう呟くと、エジソナさんは呆れを含んだ息を吐き、ロリーナは微笑みをくれた。

 不安そうに椅子に座っているキーマに、僕は精一杯の笑みを見せていた。




 無機質の森をキーマが歩く。

 足取りは確かで、もう二回目で慣れたからか、僕が手を繋いでなくても怖がる様子もない。

 うつむき加減で、僕の少し前を歩くキーマは、何か考えているようだった。

 エジソナさんの検査は終わって、情報をまとめるからとロリーナを手伝いに駆り出して、僕たちは邪魔だと言われて追い出された。集中したいらしい。

 文句も言うし、厳しさをはっきりと言ってくれるけど、エジソナさんも優しい人だ。僕は、本当にたくさんの人に助けられている。

 森を抜けた先の発着場。

 そこだけは何も置かれていない広場になっていて、誰かが来ることも珍しいみたいだけど、僕のスカイバイクが邪魔にならないよう隅の方に置いてある。

「危ないよ」

「うん。大丈夫だよ、パパ」

 発着場の縁、人通りのない空路との境に立ち、キーマはそこから広がる街を見る。

 スラム街であるこの辺りは、隣のプレートにもまばらに平屋の家が建っているけど、掘っ建て小屋のような貧相なもので、土地も調えられていないから、ヒビの入った道と、剥き出しの土が見えるくらい。

 キーマと並んで下の方を見てみると、数百メートル先で霞んでいた。

 僕の方を向いてくれないキーマは、複雑な表情を浮かべ続けていた。

 基礎インプリンティング学習を施して以来、キーマは少しずつ変わってきたと感じる。

 天真爛漫さが少し収まった感じがあって、それは寂しくはあるけど、やっぱりキーマは可愛い。それは変わらない。

「ごめんなさい」

 唇を引き結んで黙っていた彼女は、突然そんなことを言った。

「キーマ?」

「あたしは、パパにいっぱい迷惑かけてる」

「何を――」

「あたしが生まれちゃったから、パパはしなくてもいい苦労をいっぱいすることになっちゃってる!」

 僕の方を見てくれたキーマは、その目にいまにもこぼれそうなほどの涙を溜めていた。

「あたしは生まれるはずじゃなかったっ。料理魔術にバグがあったから、偶然生まれちゃっただけ! パパが、あたしのことを世話する必要なんてないのっ。パパが本当のパパじゃないことは、もうわかってるから!」

 両手を胸の前で握りしめて、キーマは力一杯そう主張する。

 涙が零れてキラキラと舞った。

 ロリーナ似の金色の髪が、さらさらと流れた。

 悲しそうで、涙を頬に零すキーマを、それでも僕は可愛らしいと思った。

「エジソナさんにもあたしのせいで貸しをつくることになって、あたしは……、あたしはパパに迷惑かけてるばっかり……」

 昨日からキーマが少しおかしかったのは、そのことをずっと考えていたからかも知れない。

 基礎インプリンティング学習を施したことで、彼女はそれまでよりも多くのことを考えられるようになって、僕のことを気にしてくれるようになっていたんだ。

 流れ続ける涙を袖口で拭っているキーマの前にしゃがみ、僕はその小さな肩に手を乗せる。

「そんなことは気にしなくていいんだ」

「でも、でもあたしは――」

「いいんだ。僕がキーマのパパじゃないなんて、悲しいこと言わないでくれ」

「でも!」

「うん。わかってる」

 キーマが言った通り、僕は彼女の父親とは言い難い。

 クックリーチャーである彼女には、術者であるロリーナがママであっても、僕がパパにはなり得ない。

 でもそんなことはどうでもいい。

 僕は彼女を守りたいと思ったときから、彼女のパパになったんだから。

「僕はキーマを守るよ。パパとして。キーマが、それを望む限りは」

「あたしは、でも……」

「僕だって同じだったんだ。朝教えただろ? 僕は異世界の人間だった、って」

「……うん」

「ちょうどキーマと同じくらいの身長だったとき、僕は突然この世界に現れた。誰もいないところに出現して、どうしていいのかわからなかった。そんなときに出会ったロリーナに、僕は助けてもらった。いまは住民登録もできて、ネオナカノの住人として過ごせてるけど、いまでもエジソナさんとか、サリエラ先生とか、ロリーナのママとかに助けてもらってる。何より、ロリーナはいまも僕の側にいてくれて、僕を助けてくれてる」

「ロリーナ……。ロリーナママが?」

「うん」

 涙はまだ零れそうになってるけど、顔を上げてくれたキーマ。

 僕はその顔にできるだけの笑みを見せる。

 十四歳の僕が、父親になるなんてあり得ない。僕の常識ではそうだ。

 でも僕は彼女を守ると誓った。守りたいと思った。だからいまは、僕はキーマの父親だ。

 泣いている自分の子供と向き合うのも、父親の仕事だ。僕はそう思う。

「いっぱい迷惑をかけて、たくさん助けてもらって、僕はいまここにいる。これからもたくさん迷惑をかけたり助けてもらったりするだろうし、それを返しきれるかどうかはわからない」

 ロリーナと同じ碧い瞳を真っ直ぐに見つめて、僕は言う。

「それでも僕はここにいる。人って、そうしたものだと思うから。そして、僕は誰かにしてもらったことを、同じように誰かにして上げたいと思ってる」

「でも……、でもあたしは……」

「人間だ。キーマは人間だ。生まれ方は違っても、人間なんだ。だから、僕を頼れ。父親を頼れ。だってキーマは、僕の子供なんだから」

「……うんっ。うん! パパ、ありがとう……」

 抱きついてきたキーマを、僕はしっかりと抱き締める。

 言ってる途中から僕も泣いてしまって、ふたりで抱き合いながら一緒に泣いていた。

 ――いまなら、訊けるよな。

 キーマはもう、何も知らない子供じゃない。何も考えてない幼子じゃない。

 だから、彼女がどうしたいのか、訊けると思った。

 肩に手を置いて、キーマの身体を少し離し、僕は問う。

「キーマは、どうしたい? たぶん、いまならロリーナの解除魔術で材料に戻すこともできる。キーマが望むなら、僕が父親として、一緒にいる。だからキーマは、自分の一番望むことを言えばいい。これから先、どうしていきたい?」

「あたしは……」

 こみ上げてきそうになる嗚咽を飲み込んで、キーマは指で涙を拭う。

 そして、僕に笑いかけてくれた。

 これまで見た中で、一番の笑顔だった。

「あたしは、パパと生きていきたい。人間、として。みんなと一緒に生きていきたい」

「うん。だったら、そうできるように新種申請をしないとね。時間がかかるかも知れないけど、それを通して、住民登録をしないと。僕と同じ、ネオナカノの住民にならないとね」

「うんっ」

「僕も本当、ロリーナには世話になったしね……。でもなんでだろう。僕はみんなに助けてもらったからだけど、ロリーナはなんで僕のことを助けてくれたんだろ……。ん?」

 そんなことを呟いてみたら、さっきまで泣いてたキーマが驚いた顔をしていた。

 どうしてそんな顔をするのかわからなくて、僕は首を傾げてしまう。

「あ、あのね? パパ」

「うん」

「あたしはね、ちょっとだけど、ロリーナママから、えぇっと、記憶? をもらってるの」

「そうなんだ。知識だけじゃなくて、記憶もなんだ」

「うん。ロリーナママがね、パパを助けてくれたのは、ママが――」

 こういうことは本人の口から聞くべきじゃないか、と思いつつも、気になった僕はキーマの言葉を待っていた。

 でも彼女の表情が強張るのが見えた。

「パパ、後ろ!!」

 恐怖に染まったキーマの顔。

 危険が迫ってるのを感じたとき、背後から聞こえてきたのは、革靴と思しき足音。

 気配もなく、真後ろに立った人物の影が僕に差したと思ったときには、後頭部に何か重い物が叩きつけられたのがわかった。

 ――防御魔術が効かなかった……。

 服にかかってる防御魔術は、服以外の場所でもある程度強い衝撃に対しては発動し、着用者を守る。

 そのはずなのに、頭に受けた衝撃で、僕の意識は遠退いていく。

 肩に手を置いていたはずのキーマの身体の感触がなくなり、僕は発着場に倒れ込む。

「パパ! パパ!! いや! 行きたくないっ。パパ! パパーーーーっ!!」

 キーマの涙交じりの声が聞こえる。

 それなのに僕の霞んでいく視界には、彼女の姿は映らない。

「キーマ……」

 やっとその声を絞り出したと思ったときには、すがりついていた意識がするりと逃げていっていた。



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