新・魔階島

第40話 第四十階層 ”舞い踊る剣士の舞踏会”決戦

『「まだ、僕の戦いは終わらない。

　　　　僕が、私が、いや我々が死なない限り、我々の戦いは続く。」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　人格破綻の双剣士の残した思い』

「ミ・・・ミラ？」

一体何が起こったのか分からずに、ただ茫然と血塗れになったミラを抱くトトマ。

四番目の番人を二体とも確かに倒したはずのトトマに起こった悲劇。

間一髪のところでミラに助けられ、その飛来した大剣はトトマには掠ることはなかった。トトマには掠ることはなかったが、しかし、その大剣は代わりにミラの体を大きく深く抉り、その純白な服を真っ赤に染め上げていた。

「ミ、ミラ・・・ミラッ！！！」

ふらりと崩れ落ちるミラを抱き留めたトトマであったが、彼女の死は目前にまで迫っていることは容易に理解できた。ミラは何かを言いたげに口を微かに動かし、手を伸ばすが、最後に安心したように微笑むと、その体は光の塵となってトトマの腕から消えた。

残ったのはトトマの腕と防具に染み付いたミラの血だけであった。

ミラは”生命の女神イキ・カエール”の下へ行ったのであろう。だが、今はそれどころの話ではない。

何故、倒したはずの番人の大剣が飛んできたのかが問題である。

だが、そんなことは至って簡単なことだ。

頭を使わなくても分かる。

そう、まだ番人を倒していなかっただけのことである。

第四十階層番人“舞い踊る剣士の舞踏会”

彼らは二体で一体の番人。

であれば、その二体が一体に戻っただけの話であった。

『『なるほど、我々を追い詰めるとは、大した勇者だ』』

二重に聞こえる声の下、立ち上がった番人の姿は以前よりも小さくはなっていたが、その右手には燃え上がる炎の剣、更にその左手には凍える氷の剣がしっかりと握られていた。

『『だがしかし、もはやこれまでの様子だな』』

そう言うと、番人はひらりと舞い上がる。体が小さくなった分俊敏になったのか、番人は瞬く間にカレルへと距離を詰めるとその手にした二本の剣を振り上げる。

「ぐっ！？『剛腕と』」

『『遅い』』

ビクッと体が怯み、技を出すのが一歩遅れたカレルの体を無残にも番人は斬り裂いた。そのカレルが消えると同時に、彼の所有物であるフランもダンジョンから消える。そして、残るは、トトマとオッサン、モイモイ、スラキチ、コクリュウだけである。

あまりの事態に対応が遅れたトトマであったが、そんなことはお構いなしに、番人が次に目を付けたのはモイモイであった。

『『貴様の魔法・・・いや、あれはあいつと同じということは魔装か。それは目ざわりだ』』

「げぇ！？☆」

今度は番人はわざわざモイモイに接近することなく、ただその左手を振るう。すると、左手に握られた氷の剣から放たれる氷の波がモイモイを一瞬にして飲み込み、続けざまに投げつけた炎の剣が氷ごと彼女を焼き尽くした上で殺した。

『『なんだ、これで終わりか・・・今の勇者とやらも、所詮この程度か』』

やれやれとつまらなそうに呟きながらも、番人は軽やかに投げつけた炎の剣を拾い上げると、一瞬にして立て続けにパートナーを失ったことで愕然とするトトマに目を向ける。

『『さて、戦うのか、それとも死ぬのか選べ』』

剣先を向ける番人の冷たい視線に震えながらも、トトマは剣を握り、考える。この状況を打破できる方法をトトマは考えようと必死になるが、まさかの事態で混乱する頭ではそもそも名案などは浮かばない。

(ど、どうすればいい？一旦、態勢を立て直してから、それから。モイモイさんはいないし、ミラもいない。カレルもフランもいない・・・。魔装がない分戦力が落ちた、ミラがいない分回復が追い付かない。どうすれば、どうすれば！！？)

『『・・・なるほど、死を選ぶか、張り合いがない、なッ！！』』

嘆くように呟くと番人は右手を大きく振り上げる。その右手に握られた炎の剣から放たれた炎の渦は轟々と地面を燃やし尽くしてトトマへと襲い掛かる。その炎の渦を受ける手立てはトトマにはない、それならば避けるべきであった。だが、考えの鈍るトトマの頭では反応が一瞬遅れた。

「しまっ！？」

トトマを飲み込んだ炎の渦は容赦なく彼へと襲い掛かる。だが、その炎の渦は彼を焦がすことなく、彼の周りばかりを焦がしている。

『『ん？』』

炎の渦の中、見上げたトトマの目に写ったのは仲間の背中であった。大盾を構え、炎に耐え、トトマを助ける男こそ、トトマに心を助けられた男である。

「トトマッ！！立てッ！！！あと少しだろうがッ！！こんな所で諦めんなッ！！！」

「オ、オッサン！？」

身を挺してトトマを庇ったのはオッサンであった。彼自身も満身創痍であるはずなのに、彼はその身でその盾で自分の勇者を守り抜いたのだ。

「で、でも・・・」

必死でこの状況の打開策を考えるトトマであったが、未だに打開策は見つからなかった。幾ら考えても今のトトマたちではこの番人には太刀打ちできないとしか考えつかなかったのである。なら、一旦今回の戦いは負けを認め、再度挑戦すればいい、次こそは次こそはきっと上手くいく。そんな負け慣れた思考がトトマの頭を支配する。

「考えるなッ！！！トトマ！！男なら考えなしにぶつかっていけッ！！！」

しかし、そんないつしか弱気になっていたトトマを奮い立たせるかの様にオッサンは背中で叫ぶ。

「約束したろッ！お前は、俺が守ってやるッ！！！だから余計なことは考えるなッ！！！思うままに、お前が感じるままに、戦えッ！トトマ！！諦めなければ必ず勝てるッ！！」

そう言い放つと、オッサンは手にした大盾を大きく振るい、燃え盛る炎をかき消す。

「立てッ！！トトマッ！！まだお前には俺が付いてるッ！！」

そして、オッサンは後ろを振り向き、膝をつくトトマへと手を伸ばす。トトマはその言葉を胸に感じると、弱気な考えを捨て、同時に無駄に考えるのを止め、ただ強くその手を握る。

(そうだ・・・。オッサンの言う通りだ。せっかくここまで来たんだ。せっかく皆が戦ってくれ開けた道なんだ！僕が！！勇者が！！諦めてどうするっていうんだッ！！！)

そう自らを鼓舞して立ち上がると、トトマはぐっと剣を構える。

「行くぞッ！！トトマッ！！！」

「あぁ！！」

そんな二人の勇敢で、しかし愚かな勇者たちを見て、番人はふっと笑う。

『『なるほど、最後はやけくそか・・・実に愚かだな』』

二人を嘲笑い、すっと再び双剣を構える番人であったが、その瞬間、トトマを信じ、機を伺って待機していた二つの影が番人目掛けて飛び出す。

『兄貴の敵は俺っちの敵！！「スライム・インパクト」！！！』

『これ以上トトマ殿を傷つけさせはせん！！！「黒竜牙・檄」！！！』

『『おいおい、それ・・・見切ってるよ！！』』

完全なスラキチとコクリュウの不意打ちであったが、いともたやすく番人は二体の攻撃を受け止めた。そして、続けざまに、番人はくるりと優雅に体を回して、勢いをつけると、先ずはスラキチをべちんっと地面に叩きつけ、次にコクリュウの体を炎と氷で斬り裂く。

『ぐべッ！？』

『ぐはぁッ！？』

『『あー、弱い、弱い。弱い上に、愚かだ』』

チャキッと剣の音を立て、倒れるスラキチとコクリュウに止めを刺そうとする番人。だが、その体目掛けてオッサンを盾にしたトトマが仕掛ける。

「ならよッ！！！お望み通りに勝負してやるよッ！！！」

「行くぞッ！！！」

先程とは打って変わって、一体の番人対二人の挑戦者の戦いが始まる。

「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ！！！！！！」」

オッサンとトトマは入れ代わり立ち代わりに絶え間なく連撃を繰り返す。時には、オッサンが守り、トトマが攻め、時にはオッサンが攻め、トトマが守った。初めて見せるトトマとオッサンの連携であったが、初めてとは思えない程に二人の息は整っていた。

だが、相手はそんな付け焼き刃の連携程度で倒せるような番人ではない。

猛攻を見せるトトマたちの斬撃を受けながらも、番人は余裕そうに、また楽しそうに笑う。

『『はははッ！少しは面白くなってきたが・・・だが、それでは、我々は倒せない「炎氷大紅蓮」！』』

バッと身を翻して距離を取ると、番人は二つの剣を頭上で重ね、そこから生みだされた炎と氷の乱舞をトトマたちに畳み掛ける。

「くっ！？下がれッ！トトマッ！『ラウンド・シールド』！！！」

危険を察知したオッサンは少し強引にトトマを自分の後ろへ引っ張り、そのまま投げ飛ばすと、続けて大盾を地面に突き立てて番人の猛攻に耐える。しかし、幾度となく受け続けてきたオッサンの体は限界に近く、その決死の防壁は見る見るうちに崩壊していく。そして、炎と氷の乱舞による衝撃は多少抑えきれたものの、トトマたちは無残にも吹き飛ばされる。

「くそッ！？つえぇな！まったく！！！」

悪態を突きながらも立ち上がるオッサンであったが、その足はふらふらとおぼつかなく、その限界がトトマにも見て取れた。もう先程と同じ攻撃をオッサンは止めることができないだろう。そう察すると、トトマは徐に左手に付けた盾を投げ捨てた。

「ト、トトマ！？」

一見、自暴自棄にでもなったかのような光景に驚きつつも、オッサンはトトマを見つめるが、しかしその彼の目には覚悟を決めた強い光が宿っていた。

『『なんだ？遂に降参か？』』

その様子に楽しそうに嘲る番人であったが、そんなことは気にも掛けずにトトマはオッサンへと語り掛ける。それは無茶で無謀な案であったが、今までトトマたちを勝利へと導いたのはそんな無茶で無謀な案ばかりであった。そのトトマの案に賛成したオッサンは大きく頷くと、今度は彼が己の剣を捨てた。

『『ん？』』

その異様な光景が気になったのか、番人は警戒すると再び双剣を構えなおす。

「コクリュウ！！スラキチ！！！もう一度だけ頼むッ！！！！」

『『了解！！！』』

そう叫ぶと剣を捨てた一人と盾を捨てたもう一人はもう一度番人へと攻撃を仕掛ける。おそらくこれが体力的にも魔力的にも最後と知りながら、二人と二体は番人に対して決死の攻撃に出る。

『燃えるスライム魂！！この一撃に掛ける！！「スライム・プレス」！！』

『「黒竜角・貫」！！！』

スラキチはぴょんと上空から、コクリュウはずしりと地上から、それぞれ同時に突き出すような一撃を番人へと仕掛ける。

『『全く、芸がないな！！』』

番人はため息交じりに氷の剣を振るい、二体を凍らせることで未然にそれらを防ぐ。だが、番人はそんな彼らに止めを刺すことなく、おそらくこのタイミングで仕掛けてくるであろう残りの挑戦者たちに備える。

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ！！！！！！」

『『はぁ・・・、やはり予定通りだ・・・な？』』

だが、番人の目に写ったのは突進する大きな盾だけであった。後ろにいるであろう二人の挑戦者はその大盾の影に隠れてしまい、その姿が確認できない。

『『何だそれは！！小賢しい！！！』』

しかし、その大盾の後ろがどうなっていようと、番人にとっては大した問題ではない。氷の剣を構えると地面に突き刺して氷の波を発生させて、その大盾の勢いを殺す。

「今だッ！跳べッ！！！トトマッ！！！！」

『『なに！？』』

次の瞬間、叫び声と共に大盾の後ろから何かが飛び出してきた。一瞬、驚いた表情を見せた番人であったが、すぐにニヤリと笑う。

『『・・・などと、言うとでも思ったか！！見え見えなんだよ！！！』』

大盾が突っ込んで来た時点で、大盾による目くらましからの上空から奇襲することをあっさりと読んでいた番人は、続けざまに炎の剣を斬り上げる。そして、上空にて無残にも焼かれ、斬られた鎧は見事に二つに焼き裂かれた。

だが、焼き裂かれたのはトトマの鎧だけであり、肝心のトトマはそこにはいなかった。

そもそも、上空に舞ったのはトトマの鎧だけだった。

その肝心のトトマ自身はというと、鎧を盾を脱ぎ捨てた無防備だが、その身軽な状態を活かして、急速に地面を這うようにして番人へと斬り込んでいた。

『『ぐッ！？だが、甘いッ！！！！』』

しかし、飛び出す距離が遠すぎたのか、トトマの踏み込みはまだ浅く、彼が剣を振る前に番人の左手に握られた氷の剣の方が速く彼の体を斬り裂くことができた。

だが、それは一対一であればの話である。

トトマは盾を捨てたわけではない。

盾を託したのだ。

彼の頼りある仲間に盾を託し、自らは剣に専念することを決めたのである。

そして、彼の盾であるオッサンは手にした大盾で氷の剣を弾くと、番人の急所を開かせる。

もう、そこにトトマの一撃を止めるものはない。

あとは、トトマの剣が眼前の番人を斬り裂くだけである。

「『ブレイブ・スラッシュ』！！！」

一撃。

「『ブレイブ・スラッシュ』！！！」

また、一撃。

トトマはその剣に限界までマナを込め、次々に休むことなく技を仕掛ける。

『『ぐあぁぁ！！！？だが、この程度！！！！』』

「させるかッ！！！『ランパワード・スマッシュ』！！！」

そして、トトマだけでなく、オッサンも大盾を突き出して彼を援護する。トトマが少しでも攻撃に専念できるように、オッサンは彼に降り掛かる全ての攻撃を弾き返す。まさに、攻守一体。まるで、一人の巨大な戦士がその盾とその剣を振るうが如く、トトマとオッサンの二人は一心同体であった。

だが、その戦い方は決して優雅でも、利口でもない。

汗と血が飛び交う凄まじい血生臭い戦い方ではあったが、しかし、それでいいのだ。

戦いとは時として、どろどろな泥仕合になることもある。

要は、勝てばいいのだ。

そこに美しさは関係ない。

勝てばいいのだ。

そして、この泥仕合の勝利を掴んだのは勇者であるトトマであった。

これまでの全てをぶつけた彼は、最後に破邪の力をその剣に込める。

「終わりだッ！！！『破魔・ティオ』！！！！！！！！！」

深々と突き刺さった剣を突き飛ばすようにして番人に叩きつけると、トトマはその手を離し、息を荒げながら今度こそ止めを刺した番人を見下ろす。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・ど、どうだ！！」

その時の自分の目がどのような目をしていたのかなどは、トトマ自身分かりようもなかったが、番人は最後にその勇者の目を見ると満足げに微笑んだ。

『『良い目だ・・・それこそが勇者の目だ・・・あい・・・じ・・・』』

その番人の最後の言葉もやはり聞き取ることはできなかった。

だが、トトマようやく四番目の番人を攻略することに成功したのだ。

続く、第四十一階層以降は凶暴なドラゴンが巣くう魔窟である。

そして、その先待ち構える五番目の番人を倒した後に、あの「王国の勇者」ロイスがトトマを待っている。ダンジョン攻略の最前線が広がっているのである。

他人から最弱と蔑まれ、目立った能力に秀でなかったトトマ。

しかし、そんな彼は次第にその頭角を現し、今こうして多くの犠牲を払いながらも番人を打倒した。勿論、それは彼一人では成し遂げることはできなかった。パートナーが、このパートナーたちがいたからこそここまで来れたのである。

その事実に胸の奥底から喜ぶトトマであったが、体力の限界がきたのか、喜びを叫ぶ前に彼の体は大きく崩れた。

『危ねぇ！？兄貴！？大丈夫ですかい！！』

しかし、そのトトマの体をぼよんと支えたのはスラキチであった。トトマが始めて話をしたモンスターであり、スライムなのにこんな奥深くまで共に戦い続けてくれた戦友でもあるスラキチに、彼は力なく微笑む。

「助かったよ・・・スラキチ」

『何の、何の！！お安い御用ですぜ！！』

自分の下でぽよぽよと跳ねるその感触を背中で感じながら、トトマは深く息を吐く。

「根性見せたな！トトマ！！」

そんな疲れ切ったトトマの下へ、同じく疲れ切ったオッサンがコクリュウに支えられながら現れる。

「オッサンもね。それにコクリュウにも無茶ばかりさせてごめんね」

『嫌々、大したことではない』

そして、トトマは周りに集まった仲間たちを見渡し、一息つくと、彼はゆっくりと立ち上がり、よろめきながらも歩き出す。

「さぁ！帰ろうか、ミラたちの下へ！！」

こうして、トトマたちは満身創痍の勝利を収めた。

だが、まだまだダンジョンは奥へと続く。これから先、ダンジョンでトトマを待つ脅威とはいかなるものなのか、それらをまだ彼は知らない。

また、その脅威は何もダンジョンの中にだけいるとは限らない。この世界は広く、トトマはその広い世界にぽつんと浮かぶこの小さな島のことしかまだ知らない。世界にはまだまだトトマ知らないことが多いのだ。

そして、それら全てを知るのはただ神のみである。

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次章予告

仲間の無残な死に、絶望の淵に立たされた勇者。しかし、それでも勇者は生き残った仲間たちと力を合わせ、激闘の末に第四の番人を倒すことに成功した。

だが、そんな満身創痍の勇者の下に、とある話が舞い込んできた。

「魔階島最強決定戦」

それは、魔階島で一番に強い挑戦者を決める戦いとのことで、勇者は更なる成長を求めて、その強者集いし大会に出場することを決意する。

だが、待ち構えるは100人以上の腕利き挑戦者たちと、8人の勇者たち。

果たして、勇者はその頂に立つことができるのか？

そして、戦いの最中、遂に勇者は禁断の力に手を染める。

次章「勇者、闇に落ちる」

乞うご期待！