第2話 残酷な詐欺
「その様子だと、本気で知らねえみたいだな。
……お前、ロボットの身体に脳が移植されたと思っているのか?」
「……え?」
「俺はサイボーグやブローカーを何度もとっちめたから知ってる。脳の移植手術なんて実はされてねえ」
「そんな!
手術前の説明では脳をつけるからって……」
「嘘に決まってんだろ!
……脳だけだとしても、その生身の部分を維持するために別マシンの投入が必要になる。そこだけが高い確率で病気になる……実際には記憶をコピーしてそれをチップにしてサイボーグの身体に入れて、手術をした、と勘違いさせただけだ」
「……!」
そのサイボーグは混乱している。
無理もないことではあるが。
「じゃあ、そろそろいいか?」
「ま、待ってよ!
そうなる元々の身体は……」
「ああ!?
そんなの骨と臓器に分解されてどこかに流されるに決まってんだろう?
臓器は臓器ブローカーに、骨は加工すれば建造物の材料に使えるからな」
「な……何言ってるかわからないよ!」
「……それにな、お前みたいな違法サイボーグが仮に俺たちハンターから逃れたとしても……行き着く先って知ってるか?」
「行き着く先、って……?」
「みんな決まって自殺するんだよ。
自分とは何か?
「……」
「それにサイボーグは痛覚がねぇ。それを良しとして成りたがる奴もいるが、とにかく簡単には死ねない。自殺をしようにもそれまでの間、生身の人間と違って何倍も絶望を味わうそうだ。そうなるくらいなら、ここで楽にしてやるのが正しい行いってもんだ」
「……」
「大人しく破壊されな」
レーザー銃はどの惑星の重力状態でも弾を真正面に飛ばせ、かつ一度生産するための技術が確立された今、低コストで入手可。ハンターにとっては必需品だ。誤射しても即死のリスクは低く、かつその気になれば殺さずに対象を無力化できるシロモノ。が違法サイボーグは簡単にはレーザー銃では壊せない。
背中に手を回し棒状のブツを地面へ斜め下に向け。
ヴゥン、と低い一瞬の振動音を鳴らす。
高密度の粒子の集積体であるビームサーベル。
その様子を見たサイボーグは、改めて自分の命運を悟ることになる。
「そんな……嫌だよおおおおおおおおおおおおお! 何で、何で!」
「……知らねェよ。何もかも苦痛がない身体に、世界に行けるなんて————そんなどうしようもないくらい、甘い罠にかかった自分に聞け」
◇
既に他のハンターはこの星から撤収しているようだった。
ブローカーが根城にしていた工場からやや離れた場所に停めていた船に戻る。
スゥーと、船の扉が閉まる音を聞き届けサイボーグだった機体から回収したチップをコクピットの適当な場所に置く。これさえあればハンターギルドに戻れば狩った証拠として出せば報酬を問題なく頂戴できる。
用心することは他に何もない。
後はギルドのある月に戻るだけだ。
両手でヘルメットを外しファサ、と音を立て金が煌めく。
「ふう」
碧眼の瞳を閉じ、顎を軽くあげた状態で安堵のため息をつく。
薄桃の唇。融けそうに白い肌。
全身にはその肢体を包むスーツ。その腰部に宙に浮いたロングヘアが舞い戻る。
「……帰るか」
ぼんやりと薄目。
やや眠たげな表情で呟く。
『テセウス号。このまま月面都市アムールまでオートパイロットで運行します』
月への帰還時に流れるアナウンスを聞いたら、オリガにとって休眠の合図だ。
万が一トラブルが起きた際にはその警告音が流れれば一瞬で目が醒める。
何も問題ない。
眠れば時折夢を見る。
それは過去を回想することだって。
オリガは5歳のころ、月への新天地に向かって
大型船で移動したものの、その船内で発生した病原菌によりその船員の大半が死滅した。
その中で限られたワクチンを摂取する子に運良く選ばれたオリガは、なんとか生き残った。亡くなった両親の記憶は皆無。
その両親と友人だった男の僅かな援助の下、オリガは月で生き延びた。
火星も月もまだまだ未開拓の中、人類の可動領域を増やしそれに伴う様々なトラブルを解決する『ハンター』の需要は高まっていた。
そのハンターは戦いからは逃れられない。
でもオリガはその道こそ、心の中の空白を埋め身を立てる為の絶対条件だと悟った。
ここまでの17年の道のりはあっという間で、でも永い、永い旅。
これからも続いていく。
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