辻隆弘 繭
先ほどまでは静かだった夜の公園が、今は不穏にざわついていた。悲鳴が聞こえる方角は、そよ風の広場の方だろうか。更に遠くからはサイレンの音も聞こえる。救急車か、パトカーか。前者ならまだ助けになるかもしれないけど、のりこさんや白い
(のりこさんが用があるのは俺だけだ……フォロワーを殺したりも、しない、はず……!)
自分に言い聞かせるのは楽観的な観測でしかない。のりこさんがどうやって他の野次馬と彼を見分けるつもりなのか分からないのだから。
恐怖に縛られて固まってしまうことがないよう、そして情報を求めるために、隆弘が頼るのはやはりSNSだった。××公園、が含まれる投稿はまだ増えている。それも、先ほどまでとはトーンが変わって、短い、悲鳴のようなものばかりが。白い
画面をスクロールしていると、行き交う白い
(早く、気付いてくれ……!)
そして、彼のもとへと現れて欲しい。
というか、彼がまずそうすべきなのだ。ただ、あと少し、もう一度何かしらの投稿があってから、のりこさんが何か言ってきたら、と。ずるずると時期を逃して躊躇ってしまっているだけで。
罪悪感に心を削られながら、また画面をスクロールする。新しい投稿を読み込む。増え続ける投稿は、この公園での騒ぎがまだまだ注目されていることを示していた。画像も動画も、様々な角度から寄せられている。――その中に、大きく引いた地点、公園を外の離れた場所から撮影したものも現れ始めた。
「……え……?」
メディアではしばしば都会のオアシスと評される、ビル群の中の緑豊かな一角がこの公園だ。でも、昼間なら眩い木々の緑も、この時間では黒い塊でしかない。スマートフォンのカメラで、遠くから撮影したものならなおのこと。もちろん、花火だのイルミネーションだのが話題になる季節でもない。
それでも、ただの夜景の画像なら、わざわざ大勢の人間が投稿するはずがない。
――××公園。今撮ったの。何コレ
――夢じゃないよね?ちゃんと撮れてる?
――シュールすぎるww
――オカルト好きな人、分析ヨロ
ぱっと見でまず連想するのは、蛍の写真だ。夜の闇に、白いリボンのような光の軌跡を残して飛ぶ、雅な光景。でも、スケールがおかしい。ビルの間に蟠る巨大な闇に巻きつくように、何条もの白い筋が伸びている。公園全体に届くその長さは、すべて合わせればキロの単位にも届くのではないか。
――腕じゃん!キッモ!
そう。それらは、あの
(いや……数も、多すぎないか!? 二本じゃない……まさか……)
――なんか増えてないですかwww
新しく画像が投稿される度、白い筋は増えている。十本や二十本じゃきかない。もはや、公園は繭のように白い糸に覆われているような状況だ。こんなに沢山――それだけの数のスマートフォンから、白い手が伸びているということだろうか。その本来の持ち主が、のりこさんに乗っ取られたということなのか。触手のように無数の
「まさか……」
思い至った瞬間、寒気が足元から這い上がって隆弘はぶるりと震えた。その震えに促されるように上空を見上げれば、まさにSNSに投稿されているのと同じ光景が飛び込んでくる。ただ、白い手の
――どんどん拡散してね^^フォローもよろしく!
――フォローしてくれたら大丈夫だから^^
のりこさんの明るいトーンは、この期に及んでも変わらない。隆弘に対して居場所を問い質すのとは違う、フォロワーに対しての朗らかなキャラ付けのままだ。フォロワーの数を気にしているのも、相変わらずだ。二つ目のコメントは、フォロワーになれば襲わない、ということだろうか。隆弘がさっき考えた通り、フォロワーを手に掛けることはしない、のか。それなら、のりこさんをフォローしていない隆弘の存在は、もしかしたら消去法で
「何だ……何なんだよ……!?」
比較的近くに白い手が舞い降りたことで、そこにも誰かがいたことが分かった。そよ風の広場へ向かう途中だったのかもしれない。のりこさんは索敵の範囲を確実に広げている。でも、叫んでも応える声はない。のりこさんに彼の疑問をぶつけることができるのは、あくまでもSNSを介してだけだ。
――お前がやってるの? 何でこんなことするの?
――だって皆に見てもらいたいもん!フォローして拡散して欲しいの!
武井法子でないことを、のりこさんはもはや隠そうとしていない。隆弘が
――それだけ? それだけのために人まで殺すの?
――そうだよ。私はそのために生まれてきたんだから!!!
SNS上でのやり取りは、画面上に浮かぶ無機質なフォントでしかない。なのに、隆弘の耳にはのりこさんの絶叫が聞こえる気がした。武井法子の声は、正直言ってよく覚えていないのだけど。とにかく、心からの吠えるような宣言が、強い意志が、文字を通して伝わってくる。
そして、次に隆弘のアカウント宛てに送られてきたメッセージは、一転して蕩けそうな猫撫で声を思わせた。
――ねえ隆弘。フォローしてくれてないのあんたくらいだよ。だから場所分かっちゃった。
「あ……?」
間抜けな声を上げながら、隆弘はのりこさんのフォロワー数に目を凝らす。大きく増えているかどうかは――分からない。白い手から逃れるためにのりこさんをフォローするという判断を下せた人は、そんなにいるのだろうか。それとも、フォロワー以外は、皆襲われてしまったということだろうか。
(矢野さんは……!?)
――すぐ行くから^^
離れた場所にいる
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