うぃあーど・りーぐ!~学監管理部の三姉弟~

河藤十無

プロローグ

 某県庁所在地に位置する、嘉木之原かぎのはら学園。


 ここは幼稚舎から大学院、更には研究機関までの一貫教育を旨とする私学である。

 それだけなら、規模こそ違えど同様のものは全国にあるだろうが、この学園が奇異あるいは奇矯だとして知られているのは、教育以外のありとあらゆる施策は全て学生の自治に委ねられている…という点によるものだった。


 すなわち。

 まず大学の上位に位置する嘉木之原経営研究所。そこに所属するのは大学で学んだ経営学を実践する研究員であり、彼らが学園の経営方針を決定し、かつ運営する。


 その下に位置する大学。大学の自治、などと言うと一部のノスタルジックな人々もとがくせいうんどうかの郷愁を誘う物言いだが、この学園の自治は本当の本当に、自治である。ガチである。

 経営研究所の定めた方針に従い、人事・経理は言うに及ばず、方策を実施するための各種手続きから外部との折衝まで、大学の学生が担うのだ。全て、学業の実践、を主眼とする教育方針に依る。


 これが高等部、中等部ともなるといくらか緩くはなるが、一般的な中学高校とは比べるべくもない権限が、生徒で構成される組織には与えられる。

 もちろん、権限には責任が伴う。

 最終的には経営研究所が負うものとはいえ、義務を果たさなかったり、権利の扱いを誤った者にはそれに応じたペナルティが科せられる。

 全て、そういった教育方針に従って、のことである。


 …故に。

 高等部といえど仰々しい機関や組織が雑多に揃い、それらは百家争鳴喧々諤々。責任に裏打ちされた権限といえば聞こえはいいが、どこかの国家組織のごとく、縄張り争いに縦割り行政、それらに苦しめられる名もなき一般生徒というありがたくもない構図まで、そこでは踏襲されているのだった。




 「ほいじゃ、次」


 今時珍しい、リバーサルフィルムのスライドを操作するボタンを押すと、次の写真に替わる。


 「我堂惟信。またごたいそーな名前ねー。コイツは?」

 「ウラは無し。経研のヒモも無さそうだ。…なあ、姉貴。この仕事いつまで続けなきゃならんわけ?」


 鵜ノ澤吾音うのさわ あいんはうんざりとしたため息をつくと、フツーの学校なら校長…ではなく理事長辺りが座っていそうな、深々としたクッションのチェアをギシリと鳴らして大きく背伸びをした。


 「知んないわよ。高等部自治会からの指令は今年度の役員候補のウラを全部洗う。全部よ、全部!五十人からいる候補の生まれた病院から家族関係は言うに及ばず、一日平均何回トイレに行くかまで調べ上げろとか無茶苦茶言ってんのよ?!あのアホどもに権限与えた更なるドアホをわたしの前につれてきてみろってーのよ!こっちで調べ上げた連中の性癖を経文の如く唱えあげて人事不省にしてくれるわっ!!」


 この姉ならやりかねんなー、と鵜ノ澤次郎うのさわ じろうは黙ってプロジェクターのリモコンを操作する。


 「あ、写真終わった」


 リバーサルフィルムを固定したフレームは最後まで移動しきっており、ボタンを押してもフレームは動かなかった。


 「おい、三太夫。次の写真に交換してくれ」

 「三太夫ではない。三郎太だ」


 鵜ノ澤三郎太うのさわ さぶろうたは長兄の発言を冷静に訂正すると、フレームレスのメガネの位置を中指で修正し、フレームを次のものに入れ替える。

 照明を落とした部屋で光源となるとプロジェクターのランプしかないため、とっちらかった写真の中から目的のものを探すのは難儀する、と思いきや三郎太は過たず目的のものを見つけたようだった。

 それをセットして、再び写真がスクリーン上に表示される。


 「…あら、これは相当の美少女じゃない」


 一人目の写真を見て吾音は下品に口笛を鳴らし、感嘆したように見入る。

 スクリーンに浮かび上がった身姿は上半身だけのものだが、いささか背丈には十分な余裕は無いように見える。

 だが、軽く俯き気味にカメラを睨む顔は、片方の目の端が軽く吊り上がったこともあって不敵な印象を与えている。

 顔のパーツは造形・サイズとも若干鋭さを覚えはするが、小顔にバランス良く配置されていることで、好戦的な愛らしさ、という矛盾した個性を感じさせる。

 鹿の毛色に近い髪は大きく後頭部に結わえられた、いわゆるポニーテール。だが髪をまとめる大きなリボンの色は血の色を連想させる鈍い赤。それ故、そのような容姿ではあっても簡単に扱えると思うなよ、という主張がそこに見えた。

 和みポイントがあるとすれば前頭からにょっきり生えたアホ毛。写真のハズなのにピンピン動いているようにも思え、あたかも主とは独立した人格を持っているのではないか、という妙な躍動感が、そこにはあった。


 「…姉さん。自分の写真を見て『相当の美少女』とはまたえらく図々しいんじゃないのか?」

 「事実を事実のままに表現して、何がいけないのかしら?…というか三郎太。なんでわたしの写真がここに混ざってるのさ」

 「自治会から渡されたそのまんま映してるだけだしな。となると、俺らの写真も…お、あったあった」


 次郎が悪ノリしだした。

 自ら見つけたフレームをセットし、スクリーンに映し出された姿は…。


 「…次郎。女装した時の写真がどーして残ってるの」


 鹿鳴館もかくや、といった風合いの、お尻の盛り上がったロングスカートのドレスだった。嗚呼文明開化の音がする。


 「我ながら余りにも似合っていたので写真部の連中に撮りまくってもらってあった。なんでスライドになってるのかは知らねーけど」


 確かに次郎は、どちらかといえば女顔だった。化粧だけしっかりすれば女子大生でも通用しなくないだろう。

 といって女装が趣味というわけでもなかったから、単にこれは楽しかった時の思い出、としておいていいのだろう。きっと。


 「弟が嬉々として女装してる姿なんか見たくないわ。ほら、とっとと次の写真…」

 「うむ」


 セットされた写真には…。


 「ぎゃあーーーーーっっっ!!」

 「うわバカ三太夫!おめーなんつー写真を…うげぇ…これはひでぇ…」


 そこには、三白眼も露わにカメラにメンチを切った三郎太の姿があった。

 ただし、額がパックリ割れて顔面血まみれである。

 つまるところ。


 「…先年、中等部のバカ共を十五人ばかり相手取った時の写真だ。全く、こちらは木刀一本だというのに角材を五本も持ち出すとは、卑怯な奴らだった。あと三太夫ではない。三郎太だ」

 「中坊に木刀持ち出すおめーも大概だけどな…」


 そんな大乱闘を引き起こしながら、何の問題にもならないように納める手腕も併せ持つ弟を頼もしくも悩ましく思う兄、次郎だった。




 学監管理部。

 学監とは、古い学校の制度にあった職位であり、現在の職制では存在しない。

 もともとは学校の責任者のもとで教育事務全般を担っていたのだが、嘉木之原学園においては学生が学生を監理監督する…もっとあからさまな表現をするのであれば、一般的には生徒会というものに近い自治会を隠れ蓑にして学内各組織に対する内諜を司る部署として、存在する。

 だが学監、なる職位としてはそれは正しい在り方ではない。それが故に「学監管理部」との表記がなされてるのだった。


 そこに所属する部員は、わずか三名。


 鵜ノ澤吾音。二年生。女子。

 謎のカリスマ性と無限の行動力を兼ね備え、さしたる知謀も運動能力も持ち合わせない割には妙な結果を残す、三國志の劉備みたいな娘。


 鵜ノ澤次郎。二年生。男子

 吾音の三つ子の弟。

 優男風の風貌に似合わず悪巧みに長けた、謀略の士。


 鵜ノ澤三郎太。二年生。男子。

 同じく、吾音の二人目の弟になる。

 無表情なメガネ男で酷薄な頭脳派…という先入観に完璧に逆らい、校内無双の武闘派。


 日本の学園としては明らかに異端の嘉木之原学園において、更に異端とされた三人。その地歩たる学監管理部を、人はこう呼ぶ。


 -変人同盟Weirdo League、と。

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