第24話 呪いの塊

『幻術如きで気を失ってしまうとは情けない』


 物凄く冷たい視線でコロネが気絶してしまったラファを見る。

 そう、コロネの放った巨大な槍は……単なる幻術だった。

 念話であらかじめ聞いていたけど、幻術がリアルすぎて、私も最初はマジ死んだかと思ったほどだ。

 

 恐らく、殺さないでいてくれたのは一応私に気を使ってくれたのだろう。

 一瞬コロネが大きな槍を出現させた時、念話で私の反応を確かめていたのを私は見逃していなかった。

 私の反応しだいでは……本当に殺していたのかもしれない。


 コロネが私の意思を尊重していてくれているのは知っている。

 

 幻術で脅かすだけで殺しはしません、と言われた時、安心した自分を認めるしかない。

 甘いとか言われるかもしれないけどさ。やっぱりプレイヤーは殺したくないっていうか。

 何とかなるなら命を奪いたくはないと思ってしまう。

 もちろん、こちらの世界の法で裁かれたりしたものをどうこう助ける気はないけれど。

 自分たちの手ではなるべく殺したくない。

 きっとこれは単なるエゴだろうとは思う。

 

 ……結局、ラファの言うとおり、私は覚悟ができていないのだろう。

 人を殺す覚悟が。


 この世界で生きていくならいつかは人を殺す事になってしまうのだろうか。


 私が後ろを見れば……いまだに うううう ああああ と奇怪な声をあげている黒い物体があるのだった。



 ▲△▲



「それにしても……これどうしよう……」


 既に魔族によって呪いの固まりにされた元プレイヤー達を見つめ私が言った。


「……残念ではありますが、何もできません。

 魔族に対する文献は少なく、私たちはその対処法を知らないのです」


 言って、コロネが視線を逸らす。

 ちなみにコロネはあの呪いの物体にされた人達と面識があったらしい。

 コロネにいろいろ教えてくれたのもハルト達だったとか。

 それなりに親睦も深めていて一緒に冒険をと誘われたのを断った事があるため、心中はかなり複雑なのだろう。

 顔色もかなり悪い。



「うーん。ならラファみたいに石化してアイテムボックスに入れておくか。

 もしかして他のプレイヤーなら解放してあげられる人がいるかもしれないし」


 私の一言にコロネがぎょっとした顔になり


「そんなことが出来るのですか?

 アイテムボックスに入れる事で猫様が呪われたりはしないのでしょうか?」


 言われて私は口篭る。

 ……うん?呪われたりするのだろうか。どうなんだろう?


「た、たぶん大丈夫?」


「ネコ、確証ない やめたほうがいい」


 と、ジト目でリリが言う。


 う、確かに。これで呪われてしまったとか確かにシャレにならない。

 可哀想だけれど……一度魔族についてきちんと調べてから行動したほうがいいだろう。

 助ける方法がわかってからここにまた来ればいい。


「わかった。大丈夫だとは思うけど一応、この呪いの物体が外にでないようにしておこう。

 なるべく他の冒険者も手出し出来ないようにしておかないとな。

 何があるかわからんし。

 何かいい罠あったっけかな」


 私がどういう魔方陣をくもうか思案していた時。


「猫様っ!!」


 コロネが緊迫した声で私に手を伸ばしてきた。


「え……?」


 一瞬。何が起きたのかわからなかった。

 私がコロネに視線を向けたときにはすでに手遅れだった。

 黒い何かにコロネが包まれていたのだ。


 ――恐らくコロネは私を庇ったのだろう。


「なっ!?コロネ!??」


 私が叫んだそのとたん。


 ――ブワッ!!



 黒い何かがコロネにまとわりつく。まるで彼を飲み込むように。


「ちょ!?コロネっっ!!」


 私が手を伸ばしコロネをつかもうした……が届かない。

 身体が空中にもっていかれたのだ。

 コロネが約束したとおり精神防御を解除したせいかコロネの思考が念話でダイレクトに伝わってくる。


 コロネの足を引っ張る、かたまりにされた魂達。

 彼らが知り合いだったコロネに助けを求め、コロネをも飲み込もうとしているのだ。

 口々に苦しいなど痛いなどといい、コロネを引張いっている。

 その目から血が流れ、目は充血していて瞳はない。

 軽くホラーだ。


『いったらだめっ!!コロネっ!!』


 念話でリリが叫ぶが……コロネは一瞬躊躇してしまう。

 そう――彼らを助けたいと願ってしまったのだ。


 途端。


 ブワッッッ!!!!


 一瞬で黒い霧がコロネを包み――その姿は掻き消えるのだった。


 △▲△


「どういう……ことだ?」


 先ほどまでコロネの居た場所は……既に誰もいなくなっていた。

 神殿の真ん中に鎮座していたあの魔族に塊にされた者たちも姿がない。

 ただ空間がそこに広がるだけなのである。


 迂闊だった。何もできない物体だと思い込んでいた。

 ラファを倒した事で安心してしまい、もう何もおきないとすっかり、油断してしまっていた。

 何故私は不用意に近づいてしまったのだろう。

 何故、はやくこの場から立ち去らなかったのだろう。


「あの子達の魂。 助けてほしくて コロネ呼んだ。

 コロネ……連れていかれた」


 言ってリリがぐっと唇を噛んだ。


「助ける方法はないのかっ!?」


 私が問えば、リリが押し黙った。


 そう――助ける方法はある。

 念話でその思考が伝わってくる。

 けれど、助けに行けば私が帰ってこないかもしれない。

 コロネは助けたい。

 けれど私には死んで欲しくない。

 でも助けに行きたい。

 でも二人とも死んだらヤダ。

 そんな感情の狭間でリリの心が物凄く動揺しているのが伝わってきた。


「リリ。行く方法があるんだな?」


 私の問いにリリがびくっとする。

 念話で伝わってしまったことに酷く動揺している。


「頼む、リリ。絶対戻ってくるから」


「…ヤダ」


「……リリっ」


「……コロネ死ぬの嫌

 でも、ネコもコロネもいなくなる もっと嫌っ

 精神世界 とってもとっても 暗いトコ

 あそこは魔族 領域

 ネコでも かえって来れるか わからないっ!!

 リリ 一緒にいけない!

 いけるのネコだけ!!


 ネコもコロネも帰ってこなかったら、リリまた一人になっちゃう!!」


 目にいっぱいの涙をためて叫ぶリリ。

 叫び泣き出すリリを私はぎゅっと抱きしめた。


 その身体は小刻みに震えていて。

 こんな小さい子を泣かせてしまっている自分がとても情けなくなってくる。

 けれど――私は行かないといけない。

 コロネは私を庇って連れて行かれたのだ。


 それに私は知っている。

 いまは私を失いたくない一心だが、もしこれで時が経てば、どうして自分はコロネを見捨てたのだろうとリリはずっと苦しむ事になる。

 それがどんなに辛いものか、私は知っている。あんな辛さを味わうのは私だけで十分だ。

 だから、そんな罪をリリに抱き込んで欲しくない。

 

「大丈夫。何となくだが、あの古代龍倒せた時みたいに、漠然と勝てる気がしてるから

 だから、信じてほしい」


「そんなのっ そんなのっ 理由にならないっ

 リリ、もう嫌なの、一人になるの 嫌なのっ」


 えぐえぐ泣きながら言うリリに


「大丈夫、自慢だけど、私のカンはいままで外れた事ないんだ。

 時間がない、お願いだ。頼む」


 震える小さな身体が、まだこの子は幼いのだと教えてくれる。


 ――確かに、この子を一人にするわけにはいかない。


 もとより罠なのだから行くべきではないのだ。



 でも、それでも――



 私は行く。

 きっとここでコロネを諦めたら、後悔するから。


 

 正直、私はメンタルが弱いのだ。そりゃもう、めちゃくちゃ。


 あーあの時、ああしておけばよかったと、一生後悔しながら生きていくくらいなら、今度こそちゃんと行動して、死ぬほうを選びたい。


 もう、後悔して生きていくのはゴメンだ。


「頼む。リリ」


 もう一度耳元で囁くと、 私の願いに、リリは泣きながら――頷いた。

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