都市″ぃ伝説

ひとひら

第壱話

「辞めてやる、辞めてやる、辞めてやる!」

 お昼。

 私はお気に入りのパン屋でサンドイッチを買い、念仏のように繰り返しながら会社に戻るところだった。

 このご時世だというのに、上司からのセクハラ。

 おつぼねのパワハラ。

 挙げ句の果てには、若い新入社員に男を持っていかれる。

 苦労して良い大学に入り、良い会社に就職できたと思ったらこのざま。

「なんなのよ!」

 思わずサンドイッチの入った袋をギュッと握り絞めた。

「……?」

 私はふと、『こんなところに公園なんてあったかしら?』と、横を向く。

 そこには、ブランコや砂場、シーソー等が、懐かしさを感じさせる趣きで置かれていた。

「あら♪」

 そして、綺麗に花を咲かせた藤棚があり、中には長椅子が備え付けられてあった。その長椅子には、お爺さんが杖を前に、両手での部分を押さえて私に微笑みかけるように座っている。

「……」

 私は考えるよりも先に、公園の方へと歩き出していた――。


「こんにちは」

 中へ入ると、躊躇うことなくお爺さんに声をかけて、そのまま隣に腰掛けた。

「こんにちは」

 おじいさんは、にこやかに答えてくれる。

「今日は良い天気ですね」

 私は、さも午前中から意識していたかのように告げてみせた。

「そうじゃなぁ」

 お爺さんは、穏やかな口調で私の話に合わせてくれる。

「お爺さんは、よくこの公園に来るんですか?」

「よく来ることもあれば、あまり来ん時もあるのぉ」

『季節とかによるわよね』

 私は、「そうなんですね」と返事をしつつ、先ほど買ったサンドイッチを取り出し、一口、口の中へ。

『このお爺さんの隣は安らぐ』

 そう感じた。

「お爺さんは、昔からそんなに物腰の柔らかな方だったんですか?」

 私は口の中の物を片付けてから聞いてみた。

「どうかのぉ。気付いたらこんなんじゃったわい」

「若い頃は、イライラしたりとか、しなかったんですか?」

「それもどうかのぉ? ただ、イライラしたとしても、先の自分が笑っていられるような、そんな選択をしていきたいとは思うのぉ」

 そこで私は、『おや?』っと思った。

「お爺さん、それ、どういう意味?」

「意味なんかありゃせんよ。お前さんは、明日、笑っていたいかの?」

「そりゃ……まぁ」

「来年……はたまた10年後はどうじゃ?」

「笑っていたいですね」

「だったら、その様になる【選択】をすればいいだけじゃ」と言って、ニコリと笑う。

「……頭にきて、会社辞めても?」

「構わんのじゃないか? お前さんがそれで、【本当に】笑っていられる方に進んで行けると思うのであればの」

 お爺さんが微笑む。

『そっか……そうよね』

 私は少しだけ、進んでいく方向が見えた気がした。

「お爺さん、お話してくれてありがとう♪」

 そう言って、私はサドイッチを食べ終えてから立ち上がった。

 お爺さんは何も言わずに目を細める。

 お辞儀をしたあと、ゆっくりともとの道へと戻り、私はお爺さんに手を振ろうと振り返った。

「――え?」

 お爺さんの姿はなくなっていた。それどころか、公園も……。

 そこは、フェンスで仕切られ、〈売地〉と看板が掲げられている場所だった。

「……」

 私は狐につままれたような思いになっていたが、少しだけ軽くなった心が、それを「まーいっか♪」と、打ち消した。

『会社に戻ろう。まずは、やることをしっかりやる。進路は……それからだ!』

 曇天の空の下、来る時よりも『体重が軽くなったかな?』と感じながら、私は軽快に歩き出した―――。

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