第25話 くりくり ぽけら もっふもふ
ヒルコ達は奇声を上げつつ、空洞へ降りる裂け目の方へもぞもぞと後退した。
霊獄機が急に動いたことに驚いたらしい。
今のうちに行動の自由を確保すべきだろう。
俺は土中から霊獄機を引き出した。
そのまま機体を起こそうとしたが、頭がつかえてしまう。
こんな狭い場所ではろくに動けない。
ヒルコは身体がぐにゃぐにゃだから無理やり入ってこれたのだろうが、こちらはそうはいかないのだ。
膝を沈み込ませ、霊力全開で跳躍。
頭を守って交差させた両腕にがつん、と衝撃が走る。
天井を突き破り、霊獄機は上の洞窟に飛び出した。
質量軽減はしっかり働いているのだが、さすがに大きなジャンプからの着地では地面の振動はそれなりに発生する。
すごいな、これ。
まるで自分の身体――いや、それ以上に動かすことができる。
これなら、ハナと同じくらいに――
「って、待てよ。ハナはどうしたんだ……?」
『――?』
返事と同時に、女の子の顔が視野の左下に重なって表示される。
おお、ゲームの通信画面っぽい! などと面白がっている場合ではない。
霊獄機を強引にジャンプさせたせいで、さきほどまでいた空洞は崩れ、陥没してしまった。
あいつは機体の外にいたはずだ。
まさか、この中に生き埋めになったんじゃ……?
「誰? じゃなくて、ハナだよ! 俺と一緒にいた、たぬきっぽい娘!」
『――?』
「え? たぬきってのは、ハナっぽい動物で……」
いかん、一ミリも情報が増えていない。
俺はかなり焦っているらしい。
「だから、たぬきはこう眼がくりくりしてて、ぽけらっとした顔で能天気そうな、もっふもふの――」
『いい加減、たぬきから離れて説明しろーっ!!』
半泣きのツッコミ。
視野の右下にハナの顔が表示されていた。
お、無事だったのか。よかった、よかった。
『ううう……たぬき推しが過ぎますぅ! さてはタケル様、本当はハナのこと、お嫌いですね? そうなんですねっ!?』
「バカだな、嫌いなわけがないぞ。だって、ハナは可愛いじゃないか。可愛い、可愛い。ハナは可愛いなー」
『えっ? えっ?』
くりくりした瞳を震わせ、視線をさまよわせるハナ。
自分であれだけ美少女だの可愛いだの言っておきながら、人から言われるとどぎまぎしてしまうらしい。
うむ、こののどかでちょろい感じ……まさにたぬきってイメージなんだがな。
「そしてたぬきも可愛い。故に、ハナ=たぬきという式が成立――」
『しないです。全然しないです。全力で阻止しますから、本気で!』
「まあ、それはどうでもいいんだが」
『ガガーン! ど、どうでもって……』
やばい、ハナの奴、本当に泣きそうだ。
からかいすぎたか。
「いや、今どこにいるんだ? 霊獄機の機動に巻き込まれると危ないから、離れて欲しいんだよ」
『――』
大丈夫?
なにが大丈夫なんだ?
疑問を口にする間もなく、ヒルコが襲いかかってきた。
とっさに放った霊獄機の右拳を身体を変形させてかわし、ヒルコは機体に取りつく。
うげ、やっぱりぬるぬるしてて気色悪いな、こいつら。
こういう時のフィードバックは、適当に省いてもらえるとありがたいのだが。
さらに数体が寄ってくると、取りついた個体と一体化してしまった。
結果、霊獄機はヒルコに飲み込まれたような形になった。
ギギギ……と機体がきしむ。
周囲から強烈な圧力をかけられているのを感じる。
人間ならとっくにぺしゃんこだ。
ただ、装甲や構造材が壊れる気配はまったくない。
霊力で強化された機体は、この程度ではびくともしないのだ。
しないのだが――
「……え?」
顔の横でなにかがぷらぷらと揺れている。
蛇のようなソレは、長く伸びたヒルコの身体の一部であった。
「うおおおいっ! 浸水……いや、侵入されているぞ!!」
『――、――』
「え? 生活防水だから、仕方ない?」
おいおい、マジか。
プールに持っていくと液晶が曇って後悔するタイプの時計かよ。
そうこうしているうちにも、侵入してくるヒルコの量が増えていく。
気色悪い……で済む問題ではない。
連中の意図がどうであれ、この調子では機体内部のわずかな隙間はすぐに埋まってしまい、俺はほどなくヒルコで窒息する羽目になるだろう。
恐ろしく苦しそうだし、死に方としては最悪から四番目にはランクインしそうだ。
まずいぞ、なにか手はないのか?
『霊圧です、タケル様! 内側から霊圧をかけて、排出を!!』
ハナが叫ぶ。
俺は霊獄機の主である、あの女の子に呼びかけた。
「できるか、今の話!? やれるなら、やってくれ!!」
『――』
肯定の返事。
境界炉のお陰で霊力ならたっぷりあるはずだ。
機内の霊圧が急速に上がる。耳が痛くなり、俺は何度もつばを飲み込んだ。
その甲斐あって、入り込んだヒルコは押し出され、機外へ排出された。
ひとまず危機からは逃れたが、ヒルコがなにをやってくるのか、わかったものではない。早々に脱出しなければまずいだろう。
切迫した調子でハナが呼びかけてきた。
『タケル様、なんだか辺りの様子がおかしいです。早くハナを使ってください!!』
「だから、お前はどこにいるんだよ。どこにもたぬきっぽいモノは見当たらない――」
『あああっ、もうっ! 腰です、腰のうしろにいますからっ!!』
ぶち切れながら、ハナは怒鳴る。
意味がわからないまま機体後部に手を伸ばすと、長い棒らしきものがあった。
端を握ったとたん、俺は状況を理解した。
それは霊獄機の剣――いや、刀であり、同時にハナであった。
「ええっ!? でも、確かにハナだよな、これ……?」
どうにも信じられず、俺は柄や鞘を撫で回す。
伝わってくる手触りは、まぎれもなく彼女のものだ。
『ちょ、ちょ、ちょっと! そ、そんなところ、そんな触り方、しないでくださいよ!!』
顔を真っ赤にして抗議するハナ。
もしかして、いけない部分でも触ってしまったのかも知れない。
残念ながら、俺は刀剣に欲情するほど上級者ではないのだが。
「つーか、お前、なんでこんなことになってんの?」
『タケル様がそれを言いますか!? あんなに止めたのに、怪しげな子と縁を結ぶから、わたくしまで引きずり込まれたんですよ! もー、だから言ったのに! あんなに止めたのにぃ!』
『――、――。――、――』
『……あの、タケル様? 今、この子なんか言いました?』
実際の位置関係はどうなっているのかよくわからないが、表示上のハナは横目で女の子をうかがい見ている。
「ええと……別にお前はいなくてもいい。あんまり騒ぐと鍋にするってさ」
『またしてもたぬき扱い!? こ、この小娘! なんならあとで勝負しますか、おーっ!?』
『――、――。――!』
「いつでもこい、待ってるぞ! だそうだ」
『職業訓練校の体育教師のような上から目線! ……いいでしょう、たとえ子供でもハナは容赦なく指導しますよ、指導ォ! きっちり白黒つけて、ぐいぐいマウントしちゃいますからね、ぷんぷん!」
うーむ、セルフSEもアレだが、心底大人気ないな、こいつ。
子供の言うことなんだから、聞き流せばいいのに。
いや、それはともかく。
契約によって俺は搭乗者となったが、ハナは霊体が変じて武具となったらしい。
憑いている以上、
「つまりハナを巻き込んじまったのか……もとには戻れそうか?」
『ええ、まぁ。たぶん、タケル様が機体から降りれば解放されると思います』
「そっか、よかった。でも、すまなかったな。悪かったよ」
『う――な、なんですか。急にそんな、素直すぎです。逆に困るんですけど!』
「さすがに悪いと思ってさ。お前まで契約で縛るつもりはなかったんだ」
軽くため息をつくハナ。
『いいのですよ、ハナはどこまでもタケル様に憑いていくだけですから。もっと御身を大事にして欲しかっただけです。それより、ここから脱出しましょう』
「ああ。でも、どうやって――」
にこっ、っと開けっ広げな笑顔を浮かべるハナ。
『はい、ですからこんな時こそハナをお役立てくださいな。今のわたくしはなんでも斬れる気分なのですよっ!!』
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