第22話 好きな子でするタイプ

 そんなわけで、俺はハナを背負ったまま、怪物から逃げ回っているのだった。


 洞窟の天井までは十メートルほどもある。

 もっと低ければ、怪物の行動にも制約が出たのだが。

 

「タケル様……奴らの目当ては、わた、くし、です。だから……」

「黙ってろ。まだ、全然、いけるっつーのっ!」


 息は完全に乱れてしまっていた。

 我ながらバレバレの強がりではあったが、彼女に同意する気はなかった。


 ハナは自分を置いていけと言いたいのだろう。


 そんな真似をするくらいなら、苦労して取り返したりはしない。

 まったく、冗談じゃないぜ。


「でもこのままじゃ、 タケル様まで……」

「お前を置いてけば大丈夫、って保証もないだろ」


 連中は何故だかわからないが、俺を嫌っている。

 おまけにハナを奪われたことで、えらく頭にきているみたいだ。

 簡単に見逃してくれるとは思えなかった。


「どうして……厄介払い、しないの、ですか。その方が簡単なのに」


 おいおい、なにを言い出すんだ、こいつは。

 俺は少々かちんときて、声を尖らせた。


「どういう意味だ、そりゃ」

「――ハナは、悪い奴です。悪い霊なのです。いない方が、いいじゃないですか」

「んだよ、いじけてんのか?」

「はい、いじけてますとも。もうずっと、つらくて、苦しいこと、ばっかり。なのに――恨みが深すぎて、いなくなれない。だから、生きている人は、みんな……ねたましい。どんどん、恨めしくなるんです」


 とつとつとハナは語った。

 顔を見なくても、悄然としているのは明らかだった。


「タケル様は、もう、ハナの正体を知っているでしょう? 普通はいなくなって欲しい、どこかに行って欲しいと思うはずです。なのに、どうしてですか?」

「だから――」

「ハナにはわかるのです。タケル様は……最初から、ハナ達を受け入れてくれていた。本気で、悪霊を祓おうとはしなかった。だから、今もこんなことをしている。そうでしょう、タケル様」


 うるさいな、もう。

 ぐずぐすと鼻をすすりながら、独り言みたいに話すなよ。

 ちゃんと聞こえているよ。


「そういうの、困るんです。嫌って、恐れて、鬱陶しく思ってくれないと、どうしていいのか、わからなく、なる……まるで」


 こらえきれない嗚咽を、ハナは吐き出した。


「――まるで、ここに居ても、いいみたいじゃないですか……っ!」


 泣きじゃくる声を聞きながら、俺は足を動かし続けた。

 暖かい涙が背中に染みていく。


 強く、たくましく、残酷で、涙もろい。

 本当に悪霊らしくない奴だな。まるで人間だよ。


 お前、自分が嫌いなんだろ。

 誰よりも恨めしくて憎らしいのは、自分なんだろ。


 知っているんだよ、そんなこと。

 たぶん俺が生まれた時から、俺達は一緒にいる。

 だから知っていた。

 そのくらいはわかったんだ、俺にも。


「んなの、いいに決まってんだろ。ここじゃなかったら、どこに行くんだよ」


 だって、俺に憑いているんだろ。

 だったら、仕方ないじゃないか。

 俺がつき合わなかったら、誰がお前につき合ってやるんだよ。


「そもそもだな。散々、迷惑かけてきやがったくせに、今さらなに言ってやがるんだ。これまでだって、俺の背中にべったりへばりついていたじゃねぇか」


 汗がどんどん吹き出てきた。

 肉体的な疲労と生命力の減少がダブルで効いているのだ。


 だが、まだいける。


 もとの世界での慢性疲労に比べたら大したことはない。

 俺はここにきてから元気なのだ。


「誰が簡単に放免なんかするか。確かにこっちに来てからは色々助けてもらったけど、俺がこれまでに被った迷惑は半端じゃねぇんだぞ。もっと役立ってくれないと、まだまだ全然引き合わないね!」

「……しょーがないじゃないですか。ハナは悪霊なんですから。悪い霊は、人に迷惑をかけるモノなのです。だから多少のお茶目はしょーがないのです」


 開き直りやがったぞ、このアマ。お茶目ですむか、馬鹿め。

 だが、段々口調がしっかりしてきたようだ。


「ふん、どうせ金はないんだろ? きっちり身体で返してもらうからな、利子分も」

「う、それは……エ、エッチなご奉仕的なものでしょうか。あのぅ、首輪や手枷くらいはいいですけど、縛るならちゃんと正しい順番で――」

「いや、そういうのはいらない」

「ガガーン!! まさかの門前払い! な、なんでですか、エロガッパのくせにっ!?」


 何気にひどい評価をされている気がする。

 俺はちょっと傷ついた。


「エロガッパはないだろ、エロガッパは。俺はそこまでエロくないぞ」

「タケル様。ハナはタケル様のお傍にいたのですよ?」

「はあ? だから、な――」


 いや、待て。

 いつも……だと?


「例えばそう、中学の頃です。タケル様は宗教かぶれの黒髪清楚ビッチと会った日の晩は、かかさずセルフバーニングファイヤーを――」

「やめろ。それはやめろ」

「本当にもう、男の子って直接的でわかりやすいなぁ、と。あの女、絶対気づいてましたよ、タケル様が自分でヌいているの。意図的にブラチラとかして、楽しんでましたから」

「やめろ。本当にやめろください、まじで」


 古傷えぐりすぎだろ、少しは自重しろ! いや、してください。

 つーか、なんで泣かされそうになっているんだろう、俺。

 

「かと思えば、好きでもない茶髪巨乳ビッチに進んでもて遊ばれたりして。本当にもー、やりたいざかり、勃ちざかりだなー、って。で、ですから、僭越ながらハナおねーさんが初めてのお相手を――」

「いや、そういうのはいらない」

「ガガーン!! まさかの門前払い、リターンズ! な、なんでですかーっ!?」


 ループするなよ。

 今のはちょっと面白かったけど、俺は深く傷ついたんだぞ。


「お前向きじゃないだろ、そういうの。普通の奉仕でいいよ、普通で」

「ハナだってそれなりに、一応、平均的な感じには発育してますよ! タケル様のお好きなメイド服だし、顔は可愛いし! 顔は可愛いですよね? 可愛いでしょおっ!?」


 めっちゃ主張するな。相当顔に自信あるのか、お前。

 まあ、そうだな。

 なんというか、確かにまつ毛は長いし、目もくりくりしている。

 表情も明るくて、笑顔を見ているとほっこりしてくる。

 総合的に評価してかなりイケてる、と言えよう。

 それは認めよう。


「そうだな。たぬき的な可愛らしさはあるな。いやむしろ、たぬきそのものだな」

「たぬ……っ!?」


 お気に召さなかったのか、ハナは絶句した。


「い、今言ってはならないことを言いましたね!? 死ぬか、この小僧ォッ!」

「うるせー、誰が小僧だ、誰が」

「セクハラ暴言、許すまじ! うわーん、ぽかぽかしてやりますぅ!」

「痛ててっ!? こらっ、頭を叩くな!」


 よしよし、だいぶ調子が出てきたな。

 こっちも頑張った甲斐があったというものだ。

 しょんぼりしているのは、ハナらしくない。


『イイ、イイッ?』


 おっと、また先回りされた。

 仕方がない、少し戻って――


『ヒヒ、ヒヒハ!』

『キキ、イヒ、キカカカ』


 だめだ、戻れない。来た道の先にはもう奴らがいる。

 そして別の道に入る曲がり角は、連中の後ろになっていた。


『キヒ、ヒヒヒヒィッ!』


 歓喜の叫びを上げながら、前後から怪物達が迫ってきた。

 どうする? どこに逃げればいいんだ?


「タケル様、あそこへ!」


 ハナが指す方を見ると、壁と通路の間にできた裂け目があった。

 かなり狭そうだが――というか、さっき通り過ぎた時にあったか、あんなの?

 いや、迷っている場合じゃない!

 俺は全力でダッシュし、裂け目に飛び込んだ。


『ギィィィィィッ‼︎』

『ガ、イヤアアアアアアッ!』


 怪物の悔しげな絶叫。

 だが、まだ助かったわけではなかった。


 奴らは口々にわめきながら、裂け目を掘り返し始めたのだ。

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