08-3:凍える森のサイロ
ハルの所在を
「ちょっと待て。それはあまりにも……」
やり過ぎだろうと思った。そもそも、俺たち天使はヒトの命を奪えない。だからこそ、
だが、ルファは険しい顔で俺を見る。
「脅しじゃないわよ?
ルファの口から『ガブリエル』の名が出て、俺は眉をひそめる。
「俺がそうはさせない」
強い口調で言い切る俺に、ルファは
「……分かっているわ。だけど……ガブリエルが抜け目ないことは、あなたが一番よく理解しているでしょう?」
「……」
薄紫色の軽くうねる長髪と相手を切り裂くように見つめる切れ長の目。己の腹の内は絶対に見せず、常に
ルファが警戒する気持ちは、分かりすぎるほどによく分かった。
俺にガブリエルを再認識させたルファは、念を押すように続ける。
「だからこそ、狭間でサキュバスの目が届くところにハルは居て欲しいの」
「おまえの懸念は分かった。だが、それでは、ハルとガブリエルの接触は避けられないぞ」
「それは……」
眉をひそめたルファは、ハルの今後について思い巡らすように
ルファが懸念する通り、ハルを
それならば、ガブリエルの望むように動くほうが賢明ではないだろうか? 要は、ガブリエルがハルに手出しができない状況を作ればよいのだ。
俺は目を閉じ思案する。
ハルの命が天使と悪魔のどちらに奪われるかで、
しかし、いつの間にか俺の中で、ハルは『無垢の子』ではなく、一人の女の子として己を犠牲にしてでも守らなければと思うようになっていた。
どんなに考えてみても、俺の頭には一つの結論しか浮かんでは来ない。
できることなら避けたいと心が拒否していた。だが、ハルの命をあらゆる者から守るには、それしか方法がなかった。
俺は目を開き、覚悟を決めてルファを見る。
「ルファ……いや……
このとき俺は、初めて
絶対に口にするまいと心に決めていた名だった。もし、俺がその名を言ってしまえば、『ルシフェル』がこの世界から消えてなくなる気がしていた。
ルファは
俺は、その視線から逃げることなく見返した。そして手のひらをそっと握りしめ、大きく深呼吸する。
「
「みっミー君!? 突然どうしちゃったの?」
サキュバスが目を丸くし、困惑したように言う。
ルファは俺の考えを推し量るように、黙ったまま俺を見つめていた。
俺は二人の視線を受け止めながら話を続ける。
「一時休戦の協定条件は、『無垢の子』のヒトとしての生存保障だ」
俺の意図に気づいたルファは、まるで自嘲するように口角をわずかに
「そう……そういうこと……」
ルファも何かを決意するかのように、いったん瞳を閉じる。次に開いたときのルファは、
「
ルファはそう言うと、右腕を俺の前に出してきた。ルファの言葉に頷いた俺は、自分の右腕をそこに重ね合わせる。
「
俺の言葉をルファが引き継ぐ。
「
このときばかりは、独断専行が許される最高位天使という立場でよかったと俺は思った。
そして、
俺はルファの腕に自分の腕を重ねたまま、サキュバスを見た。
「本当は、立会は
「えぇ!? はぁ……ホント、二人ともさぁ……」
ガックリとうなだれるサキュバスに、ルファが冷たく言う。
「サキュバス、早くなさい……」
「はいはい。分かりましたよ、わが主」
ため息をつきながら、サキュバスは俺とルファが重ねる右腕の中央に自分の手をかざした。
「コン
サキュバスが唱えるのと同時に、彼の背中から飛膜の翼が現れた。そして、サキュバスの足元から金色の光が立ち上がったかと思うと、その光は輪となりサキュバスの体を囲いながら彼の手首に移動する。光の輪は金色の鎖へと変化し、サキュバスの手の甲を巻き込む形で俺とルファの腕が光の鎖でつながれた。だが、次の瞬間にはその光の鎖は消え、辺りは元の暗闇へと戻っていた。
その様子を見ていたハルは、目を丸くして尋ねる。
「今のは何?」
サキュバスは右手をひらひらさせながら、ハルの問いに答えた。
「
ざっくりな説明……まぁ、間違っちゃいないけど。
この魔法の便利なところは、当事者の一方が契約を違えた場合、もう一方の当事者や立会人にすぐ知られるという点だ。だからといって、もし契約を一方的に破棄したとしても、罰として破棄した当事者が滅びるとか、そういった物騒な類の魔法ではない。
心配そうにこちらを見るハルに、俺は微笑む。
「誰かが傷つくような魔法じゃないよ」
「そうなんだ……。よかった」
ハルは安心するようにふーっと短く息を吐き出した。
俺はハルに微笑んでいたが、ふと引っかかりを感じて自分の腕を見た。先ほどの光の鎖はすでに消えていて、その痕跡すら見当たらない。
俺は、昔、何か大事な契約をした気がするんだが……。
不老不死に近い俺たち天使の記憶力は、ヒトの比ではない。
俺は、膨大な記憶の中から『何か』を思い出そうと試みた。しかし、俺の記憶の一部には霧がかかるように不鮮明な部分があることに今更ながら気がつき、俺は訝しがる。
俺は一体何を忘れている?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます