覚悟を決めた土曜日

「ねぇお兄。なんか歩くの早くない? もよおしちゃってんの?」



「なんで最初に浮かんだ理由がそれなんだ妹よ。せめて見たいテレビ番組あるとかにしてくんない? 女としてどうなんそれ」



「お兄相手に女出してどーすんの馬鹿なの? もよおしてないならもうちょいゆっくり歩いてくんない。足痛い」



「ヒールなんて履いてるからでしょ。中学生でそれはやっぱ早いと思うんだけどな」



「妹は背伸びしたい年頃なんだよ、精神的にも物理的にも」



「自分で言うかね。まーいいけど」



昼下がりのアーケードを抜けて、のんびり伸びたアスファルトを歩いていく帰り道。


暇なら買い物付き合ってとマイシスターに引っ張られ、なにやらCDやら服やらマニキュアやらを見て回った疲れか、首の後ろ辺りがこってる。



「というかさ、お前ぐらいの年だともう兄妹で買い物ってのも嫌がるもんじゃないの。そこらの背伸びはしないわけ?」



「もしお小遣いが足らなくて買えなかったら嫌じゃん」



「財布扱いかい。末恐ろしいなお前」



「借りたら返すよちゃんと。それにお兄、けっこう服とかのセンス良いからね。この前お兄が選んだブラウス、友達にめっちゃ好評だったし。だからアレだね、プチご意見番的な感じ?」



「あーね。そりゃどうも。まぁいいや、マニキュア塗る時はちゃんと部屋の窓開けろよ」



「あーい」



楽しみが抑えきれないのか、もうすぐ我が家だってのに買い物袋をガサゴソやる妹。

まさかとは思うけど、そのブラウスのくだりで周りに、俺に選んでもらったとか言ってないだろうなコイツ。


もしそうなら女としてちょっと残念な扱いされるぞ。



と、そんな間にもう玄関の前。

キーケースを取り出そうとする俺の裾を、ちょいと引っ張る妹の方へと顔を向ければ。




「……ね、そろそろさ、つっこむべきだと思うんだよね、『アレ』」



「なんのことでしょうか」



「いや『アレ』。今どきアニメでもあんな分かり易い変装しないよ。さっきからずっと付けてるみたいだけど、ついでにウチをめっちゃ睨んでくるんだけど」



「気のせい木のせい私は森の精」



「お兄が現実逃避する時のボケってかなり寒いよね」



いやそりゃね、柄でもないボケをかましたくなる。


ニット帽にサングラスにマスク、バレないとでも思ってんのかねあの格好。


「ササッ」って口に出しながら電柱と電柱移動するとかね、逆に目立つに決まってんだろ何やってんのあのアホ。




「うぬぬぬ、うにゅにゅ、むぎぎぎぎ……先輩めぇ……しぇんぱいめぇぇぇ……」



「「うわぁ……」」



何言ってんだあのアホ。

いやほんと、関わりたくないんだけど。

このまま帰宅して戸締まりバッチリしたいんだけど。



「……お兄、声かけてきなって」



「…………いやだなぁ……」



お前関係やろ早よ行けや、とばかりに腰を叩く妹。


今日のあいつはマジで関わると面倒そうだから嫌なんだけどなぁ。

だから刺さるくらいの視線すら無視してたんだけどなぁ。


あーもー、面倒くさい。


こった首を擦りながら、仕方なく我が家の玄関の外壁に隠れてるつもりの元へと向かうのだった。




◆◇◆◇◆




「ここが、先輩の、ハウスですね!!」



「それ家入る前の台詞。んでハウスというかルームだよ」



「ホワイ ダイワハウス?」



「やかましいわ」



「先輩の部屋……先輩の部屋かぁ……うぇっへへへ……」



「恐いよ……」



「あ、これ早苗が先輩の誕生日にあげたファービー君だ。ちゃんと大事にしてくれたんですね……ほら、モルスァって言ってモルスァって」



「あんま部屋んなか、いじったりすんなよ」



「ベッドにどーん!」



「頼むから少し落ち着いてくれって!」



早苗を家にあげるのは苦渋の決断だった。

いや本音を言えばそのままおうちに帰って欲しかったんだけども、なんか半泣きで歯ぎしりしつつぶつぶつ言ってるやつを前に、帰れとは言えず。


というか隣で何故か俺に白い目を向ける妹が勝手に招きやがった。


その時、早苗が妹に向かって「どろぼうキャットにゃんめぇぇ……」とかあほくさ過ぎる台詞を吐いたから、大体の事情は察せれたけど。



「優香ちゃんでしたっけ。あんなかわいい妹さんいるなんて知りませんでしたよ」



「そういや言ってなかったな。言っとけばこんな事態にはならなかったと思うとホントね……」



「義妹だったりします?」



「何その質問!? ちゃんと血ィ繋がってますけど!」



「昨今は義理がアツいとかなんとか。ちょっとDNA鑑定いっときます?」



「いくかよアホ」



「こんな終盤でダークローズの出現とか早苗許しません」



「ダークホースだよ。なにちょっと厨ニっぽくなってんの」



「中二は優香ちゃんでは?」



「アイツは中三だって言っただろ。もう忘れたんかい。散々右腕疼いたりする?とか下らんこと聞いてたくせに」



まさかあの妹から、お兄も大変だねって気遣われる日が来るとは思わなかったよ。

貴重な経験をどうも、感謝の気持ちは欠片もないけど。



「さてさて、それでは……やはり男子の部屋にお邪魔したとなれば、このイベントは外せませんよねうんうん。とぉ、いうことでぇ!! お宝探しと行きましょうではあーりませんかぁ!!!」



「こらやめないか」



「いえ先輩の趣味趣向を探るのは後輩の務め。先輩、それがしの腕を掴むそのおて手を離されよ」



「なんで若干時代劇っぽい言い回ししてんの」



「ではベッドの下をご開帳!」



「おいこら」



「……わぁ、こんなとこまで掃除がいき届いてるなんて家庭的ですねぇ……チッ」



「舌打ち!?」



「……と見せかけて本棚の間に挟まってたりするんですよねー……って、事典とか楽譜とか音楽雑誌ばっかりじゃないですか! 先輩もうちょっとネタになるものとかないんですか!?」



「なんでお前に笑いのネタを提供せんが為に変な本を集めにゃいかんのさ」



「なに言ってんですかオカズ的なネタってことですよ言わせんで下さい恥ずかしい」



「お前の発言からして恥命的だよもう……」



「……あ、漫画もちょくちょく……んーでもバトル漫画ばっかりだなぁ……サービスシーン多めのやつとかないんです?」



「高校生にもなってそんな小賢しさないから……」



なんでめっちゃ不満気なんだよこいつ。

逆にそういう本ばっかだったらどうするんだろ。


……その場で読みふけるんだろうな、うん。



「……おっ、おっ! おおぉ!! こ、これは! 先輩の本棚になんかピンクな漫画が!」



「……少女漫画をピンクってお前……」



「ふむふむ……へぇ、イケメンな上級生に片思いする主人公………………ほっほーう……」



「なに」



「せんぱーい……こんな漫画買っちゃうなんてぇ……もう、仕方ないなぁ先輩ったらぁ……エヘ、エヘヘヘへ」



「…………こいつ」



「あ、お兄。ちょっといい? 前に貸した漫画読みたくなったから返してー」



「ん、あいよ。早苗、それ」



「ぇ、ぁ……」



「はいこれ。わりと面白かったぞ」



「だから言ったじゃん、最近の少女漫画はシナリオ凝ってるんだって。そんじゃこれにて」



「はいはい」



「早苗さんも、お邪魔しましたー」



「ぁ、はい……」



パタンと閉めて去ってく妹の訪問は、ある意味神がかったタイミングだったかもしれない。


だらしないニヤニヤ顔からしょぼーんと落ち込みだしたアホを尻目に、ベッドに腰かける。

そう落ち込まなくて良いのにねぇ。



「……で、お気は済みましたか?」



「うぅぅ……いえ! まだ、まだ早苗は諦めませんよ! というか敬語はやめて下さいって」



「あーもう、どうしたら満足すんだよ」



「先輩のよわみ……もとい、フェティズムを白日の元に晒すまでは満足しません!」



「今弱みって言おうとしたね? 聞き逃さんからな」



「……あ、先輩。これ先輩のパソコンですか? なんかすごい本格的ですけど」



「本格的って……まぁ新型だから。オプションも色々付けてるし」



「パソコンとかデジタルに強いですもんね……ハッ、まさかまさか、この中に先輩のお宝が……!!」



「いやいやないから」



「ホントですかぁ……?」



「なにその疑惑の眼差し……というか俺がそういうの持ってないと気が済まんのかこいつ」



「っと今ですスイッチオーン!」



「ちょっ」



隙ありとばかりにパソコンを起動する早苗。

なんでこういう時は的確に起動スイッチとか押せるんだいつもの天然はどうした。


だが、これはちょっとヤバい。

早苗が言うお宝は一切ないけど、ていうか実はそれはスマホの方にあるんですけど。


アレを見られたらちょっとマズイっていうか、気まずいというか。



「…………うわぁ、なんかめっちゃファイルある。うぅ、なんですかこの数。えぇと、カチカチっと」



「ファイルってかアプリケーションだろ……しかも勝手に開きおって」



「……あ、これは……楽譜? え、先輩作曲とかしてるんですか?」



「まぁ……ストレス発散とかにもなるし。いいだろ別に」



「へぇ、今度聴かせてくださいよ」



「えー……」



「……ん、なにこれ、アプリ作成プログラム……?」



「あ、ヤバっ」



「……先輩まさか」



……


…………これ、バレたか?



「……将来の夢はアイティンってやつですねさては!」



ですよねー

うんまぁ、やっぱりバカというか鈍いというか。




「……ITね、IT。まぁ、そういう選択肢もあるかなってだけ」



「……そっかぁ。先輩、もう将来の事とか考えてるんですね……」



「……そりゃそうだろ、むしろ今が一番考える時期じゃん普通。お前は決めてないの?」



「……早苗は、そうですねぇ……水族館でイルカの餌やりとかやりたいなぁ……」



なんというか、上手いこと水を差せたというか。

ちょっとセンチになりつつ俺の隣に座る早苗は、珍しく少し真剣っぽかった。


そういや早苗とこんな話するの、はじめてかもしれない。



「イルカの調教師……ん、意外と似合うんじゃない? ただ、イルカにおバカが伝染する不安を拭いきれないけども」



「それママにも言われましたよもう……」



「他には?」



「そうですねぇ……先輩と……」



「っ、俺と、なに?」



「……漫才組んでM-1グランプリ出たいです」



「…………R-1でどうぞ」



なに紛らわしいこと言ってんだ。

というか漫才ならクラスメイトの山田花子とかいう娘と組めばいいじゃん。



「……はぁ、要するに具体的なプランはないってことね。ホント大丈夫かそれで……」



「うーん……でもなんていうんですかね、やりたいこととかはあるんですよ。富士山登りたいとか、宇宙飛行士なりたいとか、あっ、飛行機のパイロットなんてどーでしょか」



「……全部小学生男子の持ちそうな夢なんだけど。お前のその少年ハートなにホント……」



そのうちダンゴムシ一つではしゃぎそうだわ。


というか、ある日突然こいつが虫かごと虫捕り網装備してカブトムシ捕まえに行こうとか言ってきてもそんな違和感ない気がする。


けど、ぼーっとこっちを見上げるコイツは、そんな白シャツ短パンでも普通に似合いそうなこのバカは。



「でも、どうですかね……やりたいことっていうか、なりたいことはひとつなんですよこれが」



「はぁ? なりたいことってなに」



頬を染めて、はにかんで。

こういう時、不意打ち気味に爆弾発言を放り込むから油断出来ない。



「……今日みたいに、先輩と一緒にわちゃわちゃしてたいです。ずっと」



「────」



まぁ油断してなくても、防御貫通するタイプなんだよ。


意味分かっていってんのかね。



「お前さ、それどういう意味」



「……そのまんまの意味ですよ」



「…………」



「…………」



にへらって笑いながら、バカが答えを言ってるようで、はぐらかしてる。


あぁもう、分かってんだよ。

お前と違ってこっちは鈍くないんだよ、都合の良い鈍感なんて持ち合わせてないんだよ。



だから、まぁ、お前が俺のことをどう思ってるかくらい分かってるよ、結構前から。




「ずっと、わちゃわちゃ、か。そりゃしんどいな」



「えー……昨日はこのままの早苗が良いって言ってくれたのに。二枚舌ですか嘘つき」



「操り人形よりかはって前提を省いてんじゃねぇ」



だってのに、こいつはこの付かず離れずを続けたがる。


埋めたいのか離れたいのか、そわそわしながらまとわりついてくる。


そんな日々は楽しいことは楽しいけど、ままならないこともあるから。

こっちもつい、臆病になる。



「……先輩。背、伸びましたか?」



「……座りながら何が分かるんだよ」



「分かりますよ、先輩のことなら」



「良く言うよ、この単細胞」



「うわひどい言い草」



「事実でしょうがよ」




──そろそろ、潮時だよな。



チカチカと電光走る付きっぱなしのパソコンが、腹をくくれと言ってるような気がした。



「……早苗」



「はい?」






「────明日、暇?」




明日、白状しよう。


その結果、どうなるかは……コイツ相手だと予想を裏切られるのも珍しくないけども。



踏み出さないなら、こっちから。



そう覚悟した土曜日。

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