第43話 ベイリー邸訪問(1)

                    by Sakura-shougen


 週末、シンディは前回に引き続いて、サムエルの自宅で訓練を行った。

 シンディのテレパス能力は、その一日で格段に上がった。


 周囲の人の意識がわかるようになったのである。

 シンディも人のオーラが見分けられるようになったし、テレキネシスも少しだけできるようになった。


 非常に軽いものなら意思の力で動かせるようになったのである。

 但し、筆記具ほどの重さはまだ無理であった。


 シンディは、週末の午後3時にはベイリー邸に戻ったが、眠気は催したものの、前回の様にベッドにそのまま寝てしまうようなことは無かった。

 翌日の夕食時には、ベイリー邸にサムエルが招待されて訪ねてくることになっていた。


 ベイリー邸に戻ったシンディは、父クレイグにオーラの輝きを見てとることができたが、母のベアトリスのオーラは小さく、危うく見過ごすほどの輝きしか無かった。

 驚いたことに弟のハンスがかなり大きなオーラを持っていた。


 ハンスほどのオーラがあれば、群衆の中にあってもすぐに見分けられるだろう。

 暗闇の灯台、サムエルはそう言っていたが、シンディもその通りだと思った。


 そうしてシンディは、クレイグとハンスの意識は読めないが、母ベアトリスや使用人の意識が読めることに気付いたのである。

 サムエルは、超能力を有する者の意識は読めないといっていたから、もしかするとクレイグとハンスもまた超能力を持っているのかもしれないと思った。


 自分の部屋に居ながらにして、その夜サムエルにテレパシーで連絡を取って、その話をすると、サムエルはクレイグが確かに潜在的な超能力の持ち主だし、シンディやハンスに血を受け継いだ本人だけれど、残念ながらクレイグのオーラの大きさと色合いでは、超能力が発現することは非常に難しいと言った。


 但し、ハンスについては、発現の可能性もあるので、お邪魔した時にそのオーラを見てみるよと伝えて来たのである。

 考えてみれば、シンディよりも先にクレイグはサムエルと逢っているのである。


 クレイグのオーラはサムエルも見ているわけだ。

 その上でサムエルがクレイグに超能力の発現は難しいと判断しているのならばその通りなのであろう。


 もし、ハンスに超能力の発現の可能性があるとすれば、ハンスとクレイグの間に、その限界域があることになる。

 残念ながら自分のオーラの大きさは自分ではわからない。


 シンディが見えるサムエルのオーラは、ハンスに比べるとはるかに巨大であった。

 普通の家屋であれば完全にオーラは天井を突き抜ける大きさであり、その輝きも驚くほど多彩である。


 サムエルは時間通り、午後4時にベイリー家に現れた。

 ベイリー家では、家族と使用人一同が出迎えてくれた。


 サムエルを見た途端、母のベアトリスが「あらっ。」小さく声を発した。

 シンディは、ベアトリスの意識を無意識に読んでいた。


 『 なんとまぁ、恰好のいい男の子なんだろう。

   くっきりとした目鼻立ちに、甘いマスク、それに上背があるけれど、スタイル

  もいいわ。

   まるでモデルのようだわねぇ。

   なるほど、この子ならシンディが夢中になるのもわかるわ。お行儀はどうかし

  ら?

   少なくともベイリー家の親せき筋になるなら、相応の礼儀も知っていなくては

  婿さんにはできないけれど・・・。』


 それを知ってか知らずか、当のサムエルは、玄関先で家族に向かって優雅に一礼をした。

 それからベアトリスに向かって言った。


 「 シンディのお母様でいらっしゃいますか?

   初めてお目にかかります。

   サムエル・シュレイダーと申します。

   本日は、夕餉にお招きいただきありがとうございます。

   ご主人のクレイグさんとは、お仕事の上でお付き合いをさせていただき、その

  縁でお嬢さんに私の経営する探偵事務所で働いていただいております。

   大事なお嬢さんをお預かりしておりますが、今やお嬢さんの助力がなければ、

  事務所の仕事も円滑に動けないほどになっております。

   未だ若輩者ではございますが、どうかよろしくお見知りおき下さい。」


 そうして、今度はハンスの方に向き直って、片手を伸ばした。


 「 ハンス君かな?

   サムエル・シュレイダーです。

   どうぞよろしく。」


 ハンスが慌てて、握手をし、微笑んだ。


 「 ハンスです。

   こちらこそ、どうぞよろしく。」


 クレイグがにこやかに言った。


 「 玄関先で、長話もあるまい。

   中に入ってくれ。」


 そう言うと、クレイグは案内役を兼ねて居間の方へサムエルを先導した。

 そうして居間の応接セットに席を勧めたのである。

 サムエルが片手に持っていた紙袋二つを差し出しながら言った。


 「 本日の料理が何かは聞いておりませんが、アペリティフを二本、ワインを二

  本、手土産として持って参りました。

   宜しければ、どうぞ、お使い下さい。

   肉料理、魚料理いずれでも合うと存じます。」


 クレイグは、紙袋を受け取りながら言った。


 「 それは、それは、早速、今夜の夕食に使わせてもらおう。」


 そうしてすぐに傍にいたメイドの一人に手渡した。

 クレイグはサムエルに向き合うようにソファに腰を降ろした。


 クレイグの隣にベアトリスが座る。

 ところがサムエルはすぐには腰を降ろそうとはせず、シンディがサムエルの隣に座ると漸く腰を降ろしたのである。


 『 あら、まぁ、礼儀正しい子ね。

   普通なら勧められたならすぐに座るだろうに、私とシンディが座るまで待って

  いたわ。

   王国時代の騎士がそうしていたと言う話を聞くけれど、・・・。

   まさか、我が家にそういう男が来るなんて・・・。』


 そんな風に考えているベアトリスの意識がシンディに流れ込んできて、シンディは思わず微笑んだ。

 そう、確かにそんなところはある。


 急いでいるときは別だけれど、サムエルは律儀にも必ずシンディのために車のドアを開け、レストランではシンディが腰を降ろしてから座るのである。

 クレイグが、そんなシンディやベアトリスの思いはそっちのけに話を始めた。


 「 ワインと言えば、娘の話によると、サムエル君はかなりの食通のようだが、実

  際のところ君の若さで有名レストランのシェフと張り合えるほど料理に詳しいと

  言うのは、ちょっと信じられんのだが、一体どこで覚えたのかね。」


 「 はぁ、私の祖母が料理好きでして、子供のころから色々な料理を食べさせても

  らったお陰だと思います。

   その性か細かな味の違いがわかるようになりました。独りで生活しております

  ので、自分で料理も作るようになり、その分、色々味を試すこともできます。

   食通と言うにはおこがましいのですが、それなりに外国旅行もしておりますの

  で、あちらこちらの食材を知る機会もありました。」


 「 しかし、それだけでは、経験時間が足りないだろう。

   実際には有り得ないだろうが、君が仮に15歳の時から3度の食事を全部異な

  る料理にしたところで、高々8年か9年、3千数百日で凡そ一万食だ。

   それでさえ、全ての料理を知ることはとてもできない筈だ。」


 「 仰るとおりです。

   ただし、種々の食材の味を覚えることはできます。

   一旦食材の味を覚えるとその組み合わせでどのような料理になるかは想像がつ

  くものなんです。

   ですから全ての料理を食べる必要はありません。」


 「 ふーん、そんなものかね。

   少なくともわしにはできんな。」


 その時、二人のメイドがワゴンに載せてお茶とクッキーを持ってきた。


 「 おう、紹介しておこう。

   年上の方が、レイバン夫人、我が家でもう25年家政婦をやってもらってい

  る。

   それから、もう一人がアンナ嬢、この家に来て5年になるかな。」


 サムエルはわざわざ立ち上がって二人に挨拶をした。

 クレイグは、わざわざ声をかけた


 「 レイバン夫人、サムエル君の話では料理する前に食材の組み合わせで大凡の味

  がわかるそうだが、そんなことはできるかね。」


 「 私には無理です。

   ただ、知りあいの料理人の方はその様なことを申しておりました。

   食材の組み合わせで概ねの味が掴めるので、それをどのように調理すれば一番

  良いかを考えるのだそうです。

   そうして思い通りの味に仕上がった時が一番嬉しいとも言っておりました。」


 「 ふむ、料理人の世界は別として、やはり少し次元の違う話らしいな。」


 二人のメイドは甲斐甲斐しくお茶を並べ、クッキーを置くと、一礼をして引き下がって行った。

 ベアトリスが今度は口を開いた。


 「 そうそう、5日前のクルトアムにサブリナ女史から舞踏会用の衣装が届きまし

  た。

   流石に高名なデザイナーの作った衣装だけあって、とても素晴らしい仕上がり

  ですわ。

   それに色違いの物がもう1組。

   サブリナ女史の手書きのメッセージが添えられておりましてね。

   一つは本番用、もう一つは、舞踏の練習のために使って下さいと書いてありま

  した。

   お代は結構ですと書いてございましたけれども・・・。

   私、一体どのようなお礼を差し上げたらよいのか、悩んでおりますの。

   サムエルさん、何か良いアイデアは有りませんか?」


 「 サブリナ女史は、先日の冬物コレクションにお嬢さんがモデルを務めてくれた

  お礼の代わりとして作られた筈です。

   ですから、特段のお礼は不要かと存じますが、もし夫人の方で気になるのであ

  れば礼状をお書きになるのが一番宜しいかと存じます。

   下手に品物や金銭を送ったりしますと、かえってつむじを曲げるような方です

  から。」


 「 なるほど、・・・。

   では、礼状を考えてみましょう。

   それにしても、サブリナ女史とは何処でお知り合いになられたのでしょう。

   シンディの話ですと、会場でサブリナ女史が随分と気安くお声を掛けられたと

  か・・・。

   失礼ながら親子ほども歳の差がある方なのでしょう?」


 「 はい、たまたま、あることでサブリナ女史が困っていらっしゃる場面に出くわ

  しまして、私がお助けできたのが縁で親しくさせていただいています。

   その際に、衣装のことで困ったことがあればいつでも来なさいと言われており

  ましたもので、今回はお言葉に甘えた次第です。」



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