第38話 スカルデック・コンドミニアム(1)

                    by Sakura-shougen


 「 サム、帰り際に話していたクリュエスド・ヴィラって?」


 「 うん、さっき出て来た貴腐ワインの一種なんだけれど、昨年、偶然に亜熱帯に

  近い場所でできた貴腐ワインなんだ。

   これまで、ブドウの北限地域では頻繁に貴腐ワインができていて、山岳周辺で

  は数年置きにできる場所もある。

   これらは結構数量も多いし、希少価値はあっても左程には高くはならない。

   まぁ、味の方もそこそこだから、ベルリューサイトでわざわざ用意するほどの

  ものじゃないけれど、温帯地方で貴腐ワインができることは珍しく、また糖度が

  高い上に芳香が素晴らしく良い物ができるんだ。

   そうしておそらくここ数百年で初めて亜熱帯に属するニカウディアで貴腐ワイ

  ンができたんだ。

   元々収穫時期に霜が降りるような気候でなければ、貴腐ワインはできないんだ

  が、昨年は異常気象で、ニカウディアの3分の1の地域が過酷なまでの冷害に襲

  われた。

   その地域の中に二つのワイナリーが入っていたんだ。

   糖度がこれまでの最高値を示していた上に、芳醇な香りは正しくワインの皇帝

  と言う評価を得ている。

   そのため1本がこれまでの貴腐ワインの3倍の額、凡そ1500レムルにまでな

  っていると言うんだ。

   二つのワイナリーで造った貴腐ワインは合計で3千本弱だと聞いている。

   ベルリューサイトでは、年末の月の15日サンノルックが創立記念日でね。

   毎年お得意様を迎えての晩餐会を開くのだけれど、昨年の晩餐会でそのニカウ

  ディアの貴腐ワインが入手できるかどうかで御客同士の論争があって、危うく取

  っ組み合いの喧嘩になりかけた。

   支配人が間に立って、何とか来年の会にはニカウディアの貴腐ワインを入手す

  るのでお待ち願いたいと公言することで何とかその場を治めたらしい。

   だが、今になっても入手ができないでいる。

   ニカウディアのワイナリーの一つはたまたま僕の知人の知り合いらしいので、

  その人を通じて確認してみるということだよ。

   或いは全て出荷済みかもしれないが、聞いてみる価値はあるだろう。

   駄目な場合は、それに見合うものを探してみるつもりでいる。」


 「 駄目な場合って・・・。

   それに変わるようなワインがあるの?」


 「 ワインでは無理かもね。

   さっき飲んだキ・エル・クラケシュタも含めて、世界には非常に稀有な果実酒

  は沢山ある。そういったものを集めてみるのもいいかもしれない。

   代用品ではあるけれど、通の人達にはわかってもらえるだろう。」


 そんな話をしている内に、リムジンはベイリー邸に辿りついた。

 サムエルは車を一旦降りて、シンディを見送った。


 ベイリー邸では、母ベアトリスが遅く帰って来た年頃の娘を睨んでいたが、シンディがベルリューサイトで食事をしていて遅くなりましたと言うと拍子抜けするほど、あっさりと放免してくれた。

 どうやら、ベルリューサイトの名は、ベイリー家でも有名を馳せているようだ。



 母からは翌日の朝食の際に色々聞かれたが、サムエルの超能力の話を除いて、正直に話すと、意外にベアトリスも話に興味を持ったらしい。

 特に、二つのレストランの話題には随分と興味を持ったようである。


 クラウドは仕事の関係で2度ほどベルリューサイトへ行ったことがあるようだが、ベアトリスは一度も行ったことが無いのである。

 シンディがベルリューサイトに登録されたことを知ると、今度、母も連れて行けと催促をしたほどである。


 そうして、その日も出掛けると言うと若干眉をひそめたものの、サムエルの家にお邪魔すると言うと以外にあっさりと認めてくれた。

 昨日1日の行動概要を聞いて、サムエルが信用できる人物だと言う感触を得たのかもしれない。


 ベルリューサイトに当日になって予約を入れられる人物と言う評価だけでサムエルの評価は随分と跳ね上がったに違いない。

 産業界では名の知れたクレイグですら、1週間か2週間前に予約しなければ席の取れない店であるからである。


 出がけに今度一度サムエルさんを家に連れていらっしゃいとまで言った。

 これはとてもいい兆候であり、シンディは思わずにんまりとしてしまった。



 シンディがタクシーでスカルデック・コンドミニアムに到着したのは、午前10時少し前であった。

 玄関ホールの受け付けで、サムエル・シュレイダーさんを訪ねて来たというと、名前を聞かれた。


 シンディが名前を言うと、受け付けは、すぐにサムエルに電話をかけて確認をとり、専用エレベーターへ案内してくれた。

 サムエルの部屋は最上階になり、其処に行くには専用エレベーターを使うか、23階まで上がって階段を登るしか方法がないのである。


 どちらもセキュリティが掛かっていて、承認された者だけが通過できるようなゲートがある。

 シンディも24階がこの建物の最上階になるとは思っていなかったし、かなり大きな集合住宅なので24階のワンフロアが専用の住宅とは思っても見なかった。


 かなり早い速度で上昇するエレベーター止まってドアが開くと其処は正しく屋上であり、屋根の付いた通路が2階建てメゾネット・タイプのペントハウスへと続いている。

 通路の周囲は、広い屋上庭園になっているのである。


 庭の広さは、ベイリー邸に匹敵するかもしれない。

 但し、背丈の高い樹木はなく、灌木と草花が主である。


 20リムほどの屋根付きの渡り廊下を歩き、玄関のインタホンを鳴らすと、すぐにサムエルが顔を出し、家の中に招き入れた。

そうしてサムエルは部屋の中を一通り案内してくれた。


 広い家である。

 玄関を入ったところがロビーのようになっており、応接セットが4組ほど置かれている。


 二階への広い階段もある。

 隣が居間でロビーの2倍の広さがあると思われる。


 居間に接して4つの寝室が東側と西側にあり、北側には食堂と厨房があった。

 厨房は驚くほど大きく一般家庭には無いような炊事用具が整然と並べられていた。


 ロビーの西側には書斎があり、天井までの書棚にびっしりと書籍が並んでいる。

 さらに奥の方にはジャグジー風呂が設置されたかなり大きな浴室がある。


 この浴槽の大きさであれば、十分に子供用プールにもなるだろう。

 玄関ホールから階段を上ったところには、居室が付いている主寝室があり、それと同じような造りのゲスト寝室が二つ、一階の居間よりは狭いようだがそれでも十分に広い第二リビングがあり、視聴覚室には放送局のスタジオにも負けない録音録画装置と立派なオーディオ設備があった。


 視聴覚室に隣り合った倉庫には多数の楽器が並べられており、まるで学校の音楽室のような感じがする。

 更に多くの機材が設置された実験室のような様相を見せる部屋もある。


 この大きな家にサムエルは独りで住んでおり、通いの家政婦が週に3度掃除や炊事をしてくれるらしい。

 週末と休みの日には家政婦は来ないそうである。


 いずれメイドと執事を雇うつもりでいるらしいが、今のところは適当な人材を探している最中であるらしい。

 一階部分の4つの寝室はそれらメイドや執事を想定して作っているようだ。


 一通りの案内が終わると、広い居間に戻った。

 早速、シンディの訓練をするという。


 広い居間の絨毯の上に直接座らされて、奇妙な訓練が始まった。

 シンディの座ったすぐ前にサムエルも座っている。


 目を瞑って何も考えず、音も無視して、サムエルを感じ取ってみろと言うのである。

 サムエルを信じてやって見たが、何をどう感じろと言うのかが判らない。


 そのまま時間だけが過ぎて行くような気がした。

 その間ずっと沈黙が続き、シンディは少し焦りだしていた。


 何をどうすればいいのかわからないだけに、焦燥感だけが募って行くのである。

 随分とその状態が続き、辛抱強いシンディでも堪忍袋の緒が切れそうになったとき、サムエルが声を掛けた。


「 力まない方がいい。むしろ、力を抜いて、気配を感じて御覧。」


 そう言われてふっと気を抜いた瞬間、何かを感じた。

 見えるわけでも、聞こえるわけでも、触れているわけでもないのに、何かが目の前にあるのが感じられた。

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