第22話 フレナスの宝玉
by Sakura-shougen
「 そうです。『鐘が鳴りし』というのも非常に曖昧な表現ですが、カナラム語で
は浮き彫りの意味合いがあるのです。
鐘が鳴ることで、何かを象徴するという意味合いから派生したものだと思われ
ます。
従って、1行目の意味は、フレナスの宝玉は大天使の象徴又は浮彫の近くにあ
ると言う意味です。
多分ベリリン教だろうと思われますが、大天使の浮き彫りが、テス夫人が御休
みになるベッドの頭の方にございます。
ですから、宝玉のありかはその近くと言うことになります。
『サディ』に『ラトゥ』という意味が非常に難解でした。
サディもラトゥも古カナラム語には無い物なのです。
でも屋敷の敷地を確認させていただいて謎が解けました。
屋敷の敷地の隅に小さな石像が立っているのをご存知ですか?」
「 いいえ、そんなものがあるなどついぞ知りませんでした。」
「 そうでしょうね。
随分と人の手が入っていない様子で、草叢の陰に隠れていました。
多分、この地に住んでいた先住民の守り神なのでしょうね。
敷地の四隅にそれぞれ女神像があり、東南の方角にはベル・サディルス、南西
の方角にはクリ・ラティム、北東はエル・キェルズ、北西はサン・エティムと古
代先住民の言葉で記されていました。
多分、ユリア夫人はそうした古代語にも造詣が深かった方なのでしょうね。
ですから、サディにラトゥはテス夫人のベッドの天蓋支柱の四隅にある東南と
西南の方角です。
支柱には女神像が彫刻で描かれています。
そうして女神像のところだけ切り込みがあり、おそらくは回転するのではない
かと思われるのです。
『人形は踊り』とあるのは廻ることでしょう。
多分、女神像は左か右か一方にしか廻らないと思いますが、順番がサディから
ラトゥに移っているところから見ると、東南から南西へつまりは左回りの可能性
が大です。
『光無き場所に光あり』の意味は文字通り、隠し場所が露見すると言う意味だ
と思います。
『御代の徴、輝きを取り戻すべし』も文字通り、国王陛下から賜った宝玉が姿
を現すという意味に解釈できます。」
「 では、天蓋支柱の東南側の女神像を二回、南西側を三回それぞれ左に回せば隠
し場所が開けられるということなのですね?」
「 多分、そうなのだと思います。
そうして隠してある場所はおそらく大天使の描かれている化粧板の背後当たり
でしょう。」
テス夫人の顔に笑みが浮かんだ。
「 わかりました。
では、これから試してみますが、サムエルさん。
後生ですから立ち合って下さいな。
仮にフレナスの宝玉が見つかったならば実に120年ぶりの話です。
誰も目にした事のない品物をフレナスの宝玉と偽ってもわかりません。
貴方には確かに秘密の隠し場所に宝玉が有ったと言うことを証人として確認し
ていただかねばなりませんもの。」
「 わかりました。
では、夫人の仰せの通り証人として立ち合いましょう。」
テス夫人は優雅にサムエルに手を差し伸べた。
サムエルも優雅にお辞儀をして夫人のその手を左腕に託して、サムエルはテス夫人の寝室へと誘った。
果たして、サムエルの言う通り、大天使の彫刻の入った化粧板が開き、その中に赤い宝玉の付いたペンダントが有ったのである。
テス夫人は、恐る恐る手を触れ、少し顔をしかめて静かに言った。
「 確かにこのペンダントなのでしょうけれど、・・・。
随分と色がくすんでいるのですね。
これではとても舞踏会には使えませんわ。」
「 いいえ、テス夫人。これは見事な細工ものですよ。
宝石商にお出しして、ブリオンの砕粉で少し磨きあげれば古の輝きを取り戻し
ます。
赤い石はおそらくサイヤルビーでしょう。
これほど大きな品は、中々ないはずですし、これほど手の込んだ首飾りの細工
は今の工芸士にはできません。
磨きを頼まれるなら、ラディオン街にあるアレックス宝石店に頼まれるといい
でしょう。
ベテラン工芸士のネリッサさんはこうした由緒ある品物を幾つか手掛けている
業界では有名な方です。
それから、そうですね。
この色合いとデザインならば、おそらくは薄い青紫色が主体の衣装ならば似合
うと思います。
経済的に余裕があれば、このペンダントの写真を持って行って、デザイナーの
クリエル氏に頼むと素敵な衣装を作っていただけると思います。
カテリーナ夫人はまだお若く綺麗な方ですから、120年ぶりにお披露目するに
は相応の衣装も必要ではないかと思います。」
「 まぁまぁ、貴方こそお若いのに、随分と博学でいらっしゃること。
私の役目は、このフレナスの宝玉をカテリーナに手渡すところまで。
後はカテリーナとケントの判断に任せます。
でも貴方の貴重なアドヴァイスはそのままカテリーナに伝えることにいたしま
しょう。」
こぼれんばかりの笑顔でテス夫人はそう言った。
サムエルは既定の料金として、交通費、1日の捜索時間から1000レムルの請求をすることになりますと告げた。
テス夫人は慌てて言った。
「 それはいけません。
既定の報酬はそれで結構ですが、貴方は120年ぶりにこのレグナン家に宝玉をも
たらし、レグナン家を王宮主催の晴れ舞台に立たせるようにしてくれた恩人なので
す。
既定の料金以外に別枠でお礼をいたします。」
今度はサムエルが慌てて言った。
「 いいえ、それでは私どもが困ります。
既定の報酬以外は贈与の対象となり、テス夫人にも御迷惑がかかってしまうこ
とになりますから。」
テス夫人は不思議そうな眼でサムエルを見つめた。
「 礼金など、幾らでも内緒にできますものを・・・。
貴方は古の騎士に通じるところがある人なのですね。
わかりました。では、それ以外の方法で貴方に受け取っていただけるお礼を何
か考えましょう。
ところで、貴方の事務所にいた若い女性は、確かシンディさんと仰っていたよ
うですが、貴方の奥様それとも恋人かしら?」
「 は?
いえ、あの、・・・シンディは一応事務所の一員です。
本人曰く、僕の傍で働いて、僕を伴侶に相応しい男かどうか見極めるという話
です。」
「 あら、まぁ。
近頃の若い女性らしいわね。女性からモーションをかけるなんて。
で、貴方はどう思っていらっしゃるの?」
「 は?
あの、・・・。
いえ、今のところは、何も結論を出していません。」
「 ふーん、もうキスぐらいはしてあげたの?」
「 あ・・・。
いえ、まだ何も・・・。」
「 ホホホ、貴方を困らせるつもりじゃないのだけれど、サムエルさんは他のこと
はいろいろ知っていても、女性に関しては何も知らないのね。
シンディさんて、とても美人じゃないですか。
それにとても気立てもよさそう。
折角、シンディさんも自分から近づいてきたのでしょう?
そりゃぁ、一線を超えることについてはお二人が判断すべきことでしょうけれ
ど、親しいお友達ならキスぐらいはしてみるものよ。
女はそれを待っているんですもの。
それに、貴方という男性に好感を寄せるシンディさんの気持ちが私にはよくわ
かるわ。
たまには仕事抜きでデートをしてあげなさいな。」
「 はい、夫人のアドヴァイスを肝に銘じておきます。」
「 そう深刻に考える必要は有りませんよ。
男と女、好いて好かれあっていたなら、きちんとなるようになるものです。
きっと、シンディさんとならお似合いのカップルになると思いますわよ。
事務所に最初に行った時に驚いたのは、美男と美女が揃っているのですもの、
探偵事務所じゃなくってモデル事務所の間違いじゃないかと思ったぐらいですの
よ。」
サムエルは何とか話の切れ目を見つけて、ほうほうの体で、テス夫人の屋敷を後にした。
これ以上長居すると何を言われるかわからないからである。
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