165日目 猫舌

 アミラさんは仕事どころではないと自室を飛び出して行きました。

 恐らく、いや確信ですが、ハンネさんを取り押さえに行ったのでしょう。

 何をしているかは知りませんが、取り返しのつかないことではないことを祈ります。


「じゃあ、行きましょうか。リブレさん、プリンセちゃん」

「……ん」



「それで、来たはいいものの……。避けられてません?」

「……このくらいの方が歩きやすいよ?」

「それはそうですけど」


 車いすもあるので移動しやすいに越したことはないんですけど。

 かなり注目を浴びているという事がわかりますね。

 とすると、宿の従業員の方たちは野次馬根性を押し殺して接客してくれていたという事になります。

 私たちが全く不快に思うことがありませんでしたから、かなりしっかり訓練されているのでしょう。

 のんびりしたい宿で気兼ねなく過ごせるのはかなりありがたいですね。


「名物とかあるんですか?」

「……?」


 コテンと首をかしげるプリンセ。

 そのしぐさだけで通りから様子を見守っていた紳士の方々と一部の女性がノックアウトされる。

 それに出来る限り気づかないようにしながらレインは歩みを進める。


「じゃあ、気になったところに入ってみる感じにしましょうか」



「へい、らっしゃい! お! 有名人の方々じゃないですかい! 光栄だねぇ!」


 おぉ。

 接客の圧が強いですね。


「この、『たこ閉じ焼き』っていうのはなんですか?」

「お嬢さん方、たこはご存じかい?」

「一応は」


 リブレさんがどこからか拾ってきていましたから、食べたことはあります。

 おいしいはおいしいのですが、どうしてもあの姿が思い浮かんでちょっと忌避感がありますね。


「こいつはそのたこを包み焼きにしたもんなんだ。詳しくは企業秘密だが、今のところ俺の専売特許だと自負してるぜ!」

「へぇー。すごいですね」


 ここにお店を構えていられるという事は、かなり人気店なのでしょう。


「じゃあ、2人前お願いします」

「あいよ!」


 目の前で作ってくれるスタイルのようなんですけど。


「これじゃあ、他に人にばれちゃいません?」

「いーや、他のところは俺の真似をしても長続きしねぇよ。俺のところが一番うまいからな!」


 今までも真似をされたことはあったのだろう。

 しかし、それらを悉く跳ね返してきたという自信がみなぎっている。

 真似をする側も改良はしようとしたはずだが、それが実を結んでいないという事は、ここの店主のものが正解に限りなく近いという事なのだろう。

 先駆者にしてそのクオリティを生み出せるというのはかなり才能に恵まれていると言わざるを得ない。


「お待ちどう! サービスしといたぜ!」

「ありがとうございます!」

「……ありがとう」


 いい匂いに待ちきれず、口へと運ぶ。


「あっふい!!?」

「あつあつが一番うまいぜ!」


 サムズアップする店主を尻目に床を転げまわるプリンセ。


「そんなにですか?」

「……!」


 あ、そうか。

 プリンセちゃんって猫舌ですもんね、虎族だから。

 それは中々に苦行だったかもしれません。

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