第24話

 女子美の相模原キャンパスにある「女子美アートミュージアム」は、女子美術大学出身の著名な作家や、女子美術大学にゆかりの深い美術家の作品を中心に収集された常設展示があり、特に染織品は古代から現代までの世界の染織品を網羅した国内最大級のコレクションがあることで知られている。


 企画展示では、期間を区切って学生や教員作品の展示がおこなわれ、好美の参加する作品展はこの会場で開催されている。

 彰夫は、アートミュージアムに入ると、まず好美の作品に直行した。誰に会う前に、まずひとりで好美の作品に触れてみたかった。


 心理学の世界では、描画は大きく分けると、心理検査と心理療法のふたつの処置として用いられる。彰夫は好美の作品をアートとしてではなく、心理検査の目で観察したかったのだ。


 実際の心理検査では、テーマを設けて描いてもらう方法がよく用いられる。そのテーマにはさまざま種類があり、「人物画」「風景構成法」などは良く使用されるテーマだ。その描かれた絵の中に、心の中にしまってあることが表れることが多い。

 例えば子供の例で、口のない人が描かれている場合、自分の弱さや甘えたい気持ちを充分に表すことができなくて、自分の中に閉じこめてしまっていることが考えられる。

 また、腕のない人が描かれている場合、大人や親から受ける精神的、肉体的な力に大きな不安を抱いていることが考えられる。


 変った例では「雨の中の自分」を描いてもらうという方法もあり、非行少年などは傘をささずにずぶ濡れになっている絵を描く傾向がある。確かに、『自分が何かに守られている』という感覚がなければ、傘は描けないのかもしれない。


 今回はテーマを持って好美に描いてもらったわけではないので、その解読は相当難しいはずだ。はたして好美の作品を見つけた彰夫は、作品の前で立ちすくんでしまった。

 解読の助けになる具象的なものはなにも描かれていない。ポロック、デ・クーニング、デュビュッフェ。それらの作家を彷彿とさせるような抽象的な絵なのだ。

 その色と筆致は情熱的で、挑発的で、抒情的で、内省的で、外交的で…。まったくわからん。大学でもっと真剣に勉強しておけばよかった。

 呆然と眺めていると、やがてその絵全体から発する美しさが、無条件に彰夫の眼底を愛撫しはじめた。鑑賞者になってはいかん。観察者の眼を取り戻さなければ。

 彰夫は頭を振って気持ちを入れ替えると、家で解析するために、好美の絵がもっている特徴的な部分を片っ端からメモした。

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