第26話 最強の愛(7)

「ッ……あぁ〜」


 戻ってきた日常の風景に安心し、グッと背伸びをする。

 青い空、白い雲、美味しい空気が張り詰めた気持ちをどんどん緩めていく。


「終わったな」

「うん、ありがとう。竜馬、イラちゃん」

「妾は巻き込んでしまった側なのじゃから感謝の言葉はいらぬよ」

「そんな事ないよ。だって、全然進展のなかった私達の距離を縮めてくれたのは、ある意味では貴女でしょ?」

「むむ……靡は案外に肝が座っておるの」

「これでもイラちゃんより長く竜馬とは一緒にいるからね」

「なるほど、納得じゃ」


 目の前で繰り広げられる女子トーク。二人共笑顔で楽しそうだ。

 付き合いはそれほど無いが、もともと相性がいいのかもしれないな。

 一通り笑うと、イラは表情を引き締め俺達と向かい合った。


「では次は妾の番じゃな。ありがとう、主らのお陰で世界は救われた。無事に友も帰ってきたようじゃし、こうしてベガルスに戻れる日が来るとは思うてもみなかったぞ」

「……行くのか」

「うむ、あまりここに長いするのも、この姿にもちと疲れたからの。それに、故郷が恋しいのじゃ。短かき間であったが、主らの事は一生忘れぬよ」


 差し出された右手。ギュッと硬く、硬く握った。


「俺も同じさ。また何かあったら、いつでも来いよ。特撮のDVDを大量に用意しておくからよ」

「それは楽しみじゃな。是非ともお邪魔させてもらうとしよう」

「イラちゃん、お達者で」

「靡よ、主はもう少し自制を覚えた方が良いぞ? 幸せを維持するための秘訣じゃ、年配者の言うことは聞いておけ」


 少し寂しげにそう伝えると、俺達に背中を向け、炎では無く真紅の鱗で構成された立派は翼を広げた。これが、イラ本来の姿の一部なのだろう。

 

「イラ! ありがとな……それと、またな!」


 涙は流さない。

 だって、きっとまた会えるからな。


「竜馬……あぁ、妾も同じ言葉を返そう。ありがとう、そして、また」


 少し顔を此方を見ると手の平を振り、それと同時に天高く火柱を打ち上げた。次元の裂け目が生まれ、隙間からは広大な緑の平原が見える。この世界とは別のもう一つの世界、ベガルス。獣人や、ドラゴン、妖精が彼女の帰りを待ち望んでいる光景がそこにはあった。

 イラはグッと足に力を込め翼をはためかせると、まるで流れ星のように赤い閃光を残し自身の世界へと帰っていく。

 姿が見えなくなる直前、一瞬だが一生記憶に残るであろう偉大な龍の尻尾が目に焼き付いた。


 非現実的な状況から日常に戻った心は、まだ熱く暴れていた。

 その熱を冷ますように深呼吸をすると、靡と向かい合い言う。


「さぁ、帰るか。俺達の明日に」


 無言で頷き俺の手を握る靡。

 そして、二つのポニーテールを揺らしながら帰路についたのである。

 短かったが、濃く、成長した春が終わりを迎えた。

 これから、平穏な日々に戻るだろう。だが、前とは一味も二味も違う日々だ。

 この戦いで得たものは大きい。将来の伴侶を手に入れたんだからな。


「……ところで、竜馬……感傷に浸ってるとこ悪いんだけど、一つ聞いてもいい?」

「俺とお前の仲だ。なんでもどんと来い」

「ポニーテールより私の事が好きなんだよね? だったら、もう『ポニテ美女発見!』って追いかけたりしないよね?」


 ふふ、愚問だな。声を大にして言おう。


「そんなわけないだろう! 俺は靡も愛すが、ポニーテールも愛す! 今回の戦いでわかった、俺のポニテ愛はまだまだだって。だからこそ言おう、俺のポニーテールは始まったばかりだ!」

「————っりょ・う・ま・の……」

「?」

「浮気者ッ!!!」

「ふがッ!?」


 鋼鉄の拳が顔面をぶち抜き、激しく壁へと打つかった。

 靡は「ふんっ」と御立腹で、呻く俺を無視して先に進んでしまう。

 振り向き様に揺れたポニーテールの残り香が、鼻を撫でこの痛みも帳消しにしてくれる。


 ——なるほど、俺達の恋路もこれからみたいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る