第24話 最強の愛(5)

 合体時の光は収まったものの、俺には後光が刺しているように見えた。


「靡……なのか?」


 イラは言っていた。織姫に取り込まれると。

 だが、諦めれない俺は一糸の願いを込めて彼女の名を呼んだのだ。

 返事は無い……やはり、靡は織姫のものになってしまったのか。

 そう思った瞬間————


「ッがぁッ!!!」

(ぐぅぅぅッ!)


 目の前から姿を消したかと思えば、俺達の真下に姿勢を低くして潜り込んでいた。そして、地面スレスレで放つアッパーカットをギリギリのところで腕をクロスさせ防いだ。

 しかし、強烈な衝撃により空の彼方へと吹き飛ばされてしまう。

 高速で地面から離れていき、雲が見え、その雲さえも遠くなっていった。

 い、いくらなんでも規格外すぎるんじゃないか!?


「イラぁ! 止まらんぞ!」

(ま、待て! このままじゃと出てしまうぞ!?)

「出るってどこに!?」

(宇宙じゃよ!)

「宇宙!?!?」


 イラは即座に薄い炎の膜を皮一枚纏わせた。体を押し潰そうとするGが少し軽くなる。

 だけどスピードは落ちない……寒くなってきた。


(宇宙は寒いと聞いたことがある。これで何とかなったじゃろ)


 なるほど……これを予期して魔法をかけたのか。この勢い、背中から炎を逆噴射したところで収まりそうに無いしな。

 後は……野となれ山となれ、だ。

 …………って、酸素は!?


(龍が宇宙で死ぬものか。何の為に魔法が存在しておると思う)

「万能なんだなぁー」

(呑気な事を言っている場合か、ほれ来たぞ)

「う……わぁー」


 急に体が軽くなったかと思うと、目の前には母なる大地が輝いていた。

 こんな展開で言うのも何なんだが……やはり地球は青かった。

 そんな真っ青な地球から飛び立つ一筋の光。

 真っ黒だが宇宙の色に溶け込むことの無い独特な光を放っている。

 漆黒の閃光、といったところか。


「自力で追ってこれるのか……」

(妾達を大気圏外まで吹き飛ばすパンチを繰り出した者ぞ。出来るに決まっておるじゃろ)

「確かにな、だけど……助かったぜ。一々降りて戦わなくてもいいんだからな」

(そうじゃな)


 合体した織姫はピタッと止まり、俺達の前に立ち塞がった。

 俯き、表情は見えないがギュッと拳を握りしめていることから戦闘する気満々だということは伺える。

 織姫に取り込まれてしまった靡を救うには……倒すしか無い。


「決着の場所が宇宙とは、粋な事してくれるじゃねぇか、織姫」

「…………織姫?」

「すげぇ力を手にしたみたいだが、俺は諦めないぜ。さぁ、靡を返してもらうぞ!」

「…………返す?」

「…………ん? どうした?」

(竜馬……ちと様子がおかしいぞ。怪我も完全に回復しておるようじゃし、何より織姫の魔力を感じ取ることができぬ)

「……ってことは……?」

(あり得ないと思っておったのじゃが……恐らく奴は、靡じゃ)

「————————え?」


 え、どういう事? 合体したけど靡なの?

 ミイラ取りがミイラになったってパターンでおk?

 なら戦う必要なく無いか?


「靡、靡なのか!?」

「……竜馬」


 本当だ、本当に靡みたいだ。

 よかった、これで一緒に帰ることができる。

 俺達の長く苦しい戦いは、こうして幕を閉じたのである。


 ————Fin




(馬鹿者ッ! そんなわけなかろう!!)

「ッぁぁああ!」


 イラの叫び吠えにより感傷的な気分をかき消された刹那、一筋の刃が頭に向かって振り下ろされていた。

 間一髪、炎を噴出し無重力の中方向を変化させ躱す。

 気がつくと靡の右手は南蛮刀のよう……いや、ポニーテールのように若干曲がった剣を握っていた。

 反対の手にも同様の物が握られており、次はそっちが胴体目掛けて向かってきている。

 直撃コースだったが、小手の湾曲した部分で受け流すと俺は慌てて距離を取り叫んだ。


「靡なんだろ!? 助けに来たってのに、いきなり何すんだよ!?」

「……消す、この世から全てを」

「はぁ!? おぃ、どうした?」

「全ての……全てのポニーテールを消し去ってやる……」


 声色は間違いなく靡だが、ラスボスのようなセリフを吐いている。

 ちょっとした冗談かと思ったが、充血し紅く染まった瞳からは先程の発言のガチさが伺えた。

 もしかして、織姫と合体した事によって精神的な部分が織姫と混じっているのかもしれない。

 そう思ったのだが、イラとは違う声によってその見解は完全に否定されてしまう。


(とほほ……まさか私の方が取り込まれてしまうとは……)

「そ、その声……織姫か!?」

(今は小娘の中から貴様らに話しかけておる。いやぁ、参った参った)

「お前がこうさせているんじゃ……ないのか?」

(ああ、まさか私の愛より……こやつの私念の方が大きかったようで)

「……私念? 靡が?」

(どうやらポニーテールという髪型に、相当な恨みがあるみたいだぞ?)


 靡がポニーテールに恨みを持っているだって!? そんな馬鹿な。

 だって、あんなに綺麗なポニーテールをしているんだぞ?

 織姫だって髪型に対して恨みを持っていなかった……なのになぜ?


(なるほどな。織姫よ……察しがついた)

(流石我が宿敵、あ〜ぁ、このままでは世界中のポニーテールは存在自体が消されてしまうなぁ)

「お前ら、勝手に納得してんじゃねぇよ!」


 ともあれ、織姫自身がこう言っているのだから、こいつは間違いなく完全靡体なんだろう……信じたくは無いが、彼女は二刀流で俺を刺し殺そうとしてる。


(ふふふ、強いぞ小娘は。なんてったって私の力を持った上に、自身の眠っていた魔力を完全解放しているのだからな。貴様らなんぞ、相手にならんわ!! はーはっはー!)

「……織姫、高笑いしているところ申し訳ないが、忘れてないか?」

(なにを? 私達の勝利は確実だぞ?)

「いや、お前もポニーテールじゃねーか。それに、彦星のお気に入りなんだろ? 絶対最後は自分のポニーテールも切り落とすじゃん」

(……あ)

「一年に一度しか会えない日に、自慢の髪型を失って困るのはお前なんじゃね?」

(ぁ……ああ! うわぁぁぁぁぁ!)


 頭を揺らすような絶叫が脳内に響き渡った。

 こいつ、俺達に勝つ事ばかりに気を取られ、一瞬本来の目的を忘れてやがったな。

 それに自分の意思で体が動かないんじゃ、アマノガワをぶっ壊すことだってできないだろ。


(ななななな、なんとかして! は、早く!)

「わーってるって。俺だって、この世界からポニーテールが消えたら悲しいからな」

(なんじゃかおかしな事になってきたのぉ……)


 とは言ってみたものの、う〜む。

 俺達を宇宙まで吹き飛ばした拳力に、隙を生じさせない両手の刀。

 合体を解除させれば靡だけでは魔法が使えないからポニーテールの絶滅は免れる事ができるだろう。

 織姫に離れてもら……いや、そのくらい分かっているだろうから、もう自分の意思ではどうすることもできないのか。

 正面突破は無理だろう、俺もイラも先ほどの戦いでほとんど魔力を使い切ってしまっている。

 あと一歩……あと一歩なんだが……。


(なにこの子? もしかして、解決策が浮かばないの?)

「しかたねぇだろ……こちとらお前さんのお陰で満身創痍なんだよ。それに、靡の体に傷をつけるわけにはいかねぇだろ」

(そんな必要ないじゃん。ね? イラグリス)

(…………そうじゃな)

「なんだよ二人とも、解決策があるなら教えてくれよ」

(簡単じゃない。この子がポニテを根絶したい理由を無くせばいいのよ)

「根絶したい理由……それがわからねぇから苦労してるんじゃねーか」

(え……ちょっと、イラグリス……貴方も苦労してるみたいね)

(そうなんじゃよ。手騎は馬鹿者な上に鈍感でな……)

「人の心の中でディスるな!」


 ッたく……なんでこんな状況の中で敵にも味方にも責められなきゃならんのだ。

 だいたい鈍感ってどういう意味なんだよ。俺は結構敏感な方だと思うぞ?

 髪型の変化には秒で気がつく事ができるくらいだからな。


(ん……動き出しそう。攻撃するみたいだから、頑張って避けて)

「って言われまして、も!」


 織姫の言う通り、靡は俺の元へ両方の刃を向け突撃してきた。

 その速さは最早視覚で追えるレベルを超越している。


(しゃがんで! 次、下段払い、一回フェイントを挟んで中段横一文字!)

「お、応ッ!」


 身動きは取れないが、心の中は共有しているのか。

 攻撃を一拍先読みし、それに合わせて回避行動を取ると見事にハマった。

 避けるのだけでも至難の技だが、これならなんとかなりそうだ。

 だけど……攻撃する隙は一切無い。

 収まることを知らない連撃を、織姫の声に従って躱すので精一杯だ。


「こ、れ、じゃあぁ、ら、ち、が、あか、ない!」

(だから早く言っちゃいなさいよ!)

「何をだよ!」

(愛言葉よ!)

「あ、愛言葉ぁ!?」


 愛言葉ってあれか? 告白しろってことなのか!? 今、こんな状況で!?


「なん、で!? っつぉ!?」


 腹部に刃の先端が少し触れる。マズイ、時間が無い。

 宇宙空間に漂っているだけでも魔力を消費するっていうのに、こんな嵐みたいな攻撃を避け続けていたら、ドンドン維持できる時間が短くなってしまう。


(手騎、まさかとは思うが……本当に靡の気持ちに気が付いていないのか?)

「んな、こと、今はっと、どうだって、いいだろ!」

(イラグリス……可哀想な子、次右上からななめ切り、次は左横一文字)

「ッ! 織姫ぇ! ディスるのは禁止だぁ! その根っこて奴を教えろ!」

(はぁ……単刀直入に言うと、この子は貴方の事が好きなのよ)

「……え? ぐぁぁぁあッ!!」

(手騎、集中せよ)


 思わぬ織姫の発言に気を取られている隙を突かれ、左腕に刃が直撃した。咄嗟に出した片腕の小手で受けきるも、その衝撃に木っ端微塵に砕け横に体は横に吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛びながらブレる視線を即座に靡の方へと向けると、彼女は追撃をかけるため追ってきている。

 残りの魔力残量は……八パー!? おぃおぃ、いくらなんでも消耗しすぎなんじゃないか!?


(生物の生きれぬ空間で戦っておるのじゃ。消耗も激しかろうて)

「だからって!」

(次、下から突き。きついけど、半身になればギリ)

「グッ……おぉ!」


 ギリギリ躱しきった……が、体制を立て直す暇も無く、目の前で静止すると再び連撃が始まった。先の状況と全く同じ、戦況は不利なまま。

 これでは俺の集中が途切れ攻撃を食らって死ぬか、魔力が無くなり宇宙空間で窒息するかのどちらかだ。

 逆転の一手は……愛言葉を言う……俺が、靡に愛を語るのか?

 織姫は言った、靡は俺の事が好きだと……ってことは長年両思いだったってことになる。

 


 ————なら確かに鈍感だ。



 それなら……なんて酷い奴だ。

 彼女の事を一切褒めた事が無い……言葉に出したのはいつもいつもポニーテールの事ばかり。「靡のポニーテールは最高だな」、その台詞にどれだけ傷ついていたのだろう。

 自分の感情に気が付いたのはついさっき、だけど靡は何年も何年も……苦しんでいたんだ。

 そんな女性に対して両思いだからわかった瞬間告白するのは……都合が良すぎるのではないか?


(手騎、迷う必要があるか?)

「当たり前、だ、ろ! だって……靡は大事な女性だぞ! 自分の気持ちだけ押し付けるわけには……」

(だけど好きなのじゃろ?)

「……あぁ、世界……宇宙一、確実に、最も、最高に、永遠となぁ!」

(だったら……手騎の台詞を借りると『やる事は一つ』じゃないのかの?)

「……確かに!」


 流石は相棒、俺の事をよく知ってる。

 うん……うだうだ考えても何も変わらないし、何もできない。

 だったらやる事は一つ。言うぞ、愛言葉。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る