第22話 最強の愛(3)
そして歯を食いしばり、奴が放つ全力の拳を頬に受ける。
「うぐぅッ! いい拳だ、織姫!」
上から振り下ろされた拳の衝撃で、体を中心に小さなクレーターができた。
口の中が切れ、血の味が充満する。
ぺっと血玉を吐き出し、拭うと俺は不敵な笑みを浮かべ奴を睨む。
回避を一切とらない事に動揺しているようだな。
「真正面から受けとめるだと……舐めるな!」
「こっちもやられっぱなしじゃねぇんだよぉ!」
「ぐぁッ!!!」
カウンターの要領で左ストレートを腹部に叩き込む。
織姫の体はくの字に曲がり、苦悶の表情を浮かべるもその場で踏みとどまった。
根性みせるじゃねぇか。これからは零距離の殴り合い。
感情と感情のぶつかり合いだぁ!
「くらええぇぇ! これは、お前に痛めつけられたイラの分ッ!」
「ッ……こんな童の拳など!」
「ガッ————ッ……!」
横から腹部に向け右拳を放つと、奴のに左手で弾かれ大きく開いた懐に右フック。綺麗に直撃し脇腹を抉られた。猛烈な吐き気と共に、呼吸が途絶えた。
だが、こんなんで折れる俺じゃねーよ!
「ぅッぁ、これは……お前にやられた皆の分ッ!!」
「ギッっ、ぁぁあああッ!」
やれらながら強引に突き出したパンチは同じように奴の脇腹を刺した。
必殺であろう威力の拳を、ただただ打ち出し戦術も魔力も関係の無い原子の戦い。
フワッと飛んでしまいそうな意識を、気合いで縛り付け絶叫しながら次の攻撃を繰り出す。
それからはもう子供の喧嘩みたいに、ただ殴り合った。
一言発すれば、一撃をもらい踏ん張る、その繰り返しだ。
「これは、靡の分ッ!!」
「ッ……そんな人の思念を乗せた拳で、私の愛がぁ……やられるものかぁ!」
「ぐッッ! や、やる……だけどなぁぁぁ!!」
「けっはッ! たかが二桁しか生きてないお前に……この感情がぁ……わかるものか!」
「だぁッ……ッ……だ・か・ら、分かってたまるかッってんだよ!」
「たはッ……はぁ……はぁ……人間……風情が、ここまで……」
お互いお血が混じり合い、周囲に散らばっている。
肩で息をしながら、鉛のように重くなった腕を上げ、威力の死んだパンチで頬を殴る。
足が震え立っているのも苦しい。
(手騎、まだいけるじゃろ!? 妾の分が結局当たっておらぬぞ!?)
「ったりめぇ、だッ!」
太ももを殴り気合いを入れる。
織姫も全身から力を抜き、ぜぇぜぇと息を吐きながら腕を垂らしていた
でも……表情はしっかりとしていて、俺を睨め付けたままだ。
その目と視線が合うと、こっちの意思が飲み込まれてしまいそうな程、強い、強い執念を感じる。
「なにが……お前にそこまでさせるんだ、織姫」
拳を食らう度に、奴と肌が接触する度に、その思いが心に伝わってきていた。
ただ、好きな人に逢いたいという一心で女性というのはここまでできるものなのか。
奴の気持ちに嘘偽りは一切無い。
素直で正直で一つだけの感情……『愛』。
俺にはまだ、その重さも深さも理解できていないのか。
織姫は口元に付いた血を袖で拭うと、懐かしむように語り出した。
「はぁ……はぁ……彦星とは……結ばれるべくして結ばれた。互いに不滅の愛を誓い、共に生きると。だが、それも引き裂かれ、まして年に一度、数時間しか逢えなくなったのだぞ。私は我慢した、我慢したんだ。アイツだって同じだ。その証拠に、貴様の世界には私と同じ髪型の女が沢山生まれた」
「つまり、お前を模した髪型ってことだな」
「そうだ。私こそ、始祖ポニーテール……最も愛されたポニーテールの女さ」
彼女から始まったポニーテールの歴史は、彼女によって閉ざされようとしているのか。
なんと皮肉なことだろう。
「貴様は若い……勘違いしているんじゃないか?」
「……どういうことだ?」
「私はな……自分の為だけにこの尻尾聖戦を行ったんじゃ無い。彦星の為に、アイツが寂しい思いをしなくていいように……戦っているんだよ」
「ッ————」
「よく考えてみろ。自分が正義の味方だとでも思ったのか? 神の恋路を邪魔する貴様なんぞ、私にとっては悪魔のようだ。馬に蹴られて地獄に堕ちろ」
その言葉を吐かれてハッとした。
そうだ、俺は自分を正義だと信じて戦ってきた。ポニーテールを、世界を守るヒーローだと。だけど……根底を探れば織姫と俺との違いは愛する者が人かポニーテールかの違いだけ。
感情を数で比較することなんて出来るわけ無い。一でも百でも、そこに込められた愛は変わらないのだ。
(違うぞ、竜馬よ)
「い……イラ」
心の熱が弱くなったのを感じ取ってか、相棒は肩に手でもかけるかのように優しく問いかけてくる。
(主はポニーテールの為に戦うと言ったの。最初からそうじゃった。じゃが、なぜポニーテールを好きになったのじゃ? なぜ、守りたいと思ったのじゃ?)
好きな理由……それは生まれつきだ。不思議な事に物心ついた時には既にポニーテールが最高の髪型だと思っていた。
(じゃが、それだけではここまで酔狂するまいに。手騎よ、愛は一日にしてならず。もっと深く……感情という大樹の根元には、何かがあるはずじゃぞ)
なんだそれ……考えた事もなかったぞ。イラはそれを知っているのか? だったら何故、直接教えてくれない。
(当然分かっておる。竜馬はわかりやすいからの。……しかし、いくらこの状況とはいえ、それを教えるのはあまりに無粋。自分で気が付かなければ意味がないのじゃよ。自分の事を)
自分の事……それは俺が一番良く理解している。
けど、イラの質問に対して即答する事が出来ずにいた。
大好きなポニーテールの話なのに……どうしてか全く言葉は出てこない。
それは彼女の言う通り、根元の感情に気が付けていない……ということなんだろう。
ポニーテールを深く愛するようになった理由……理由……————
「なにをごちゃごちゃ言っている! 邪魔者はさっさとくたばれッ!!」
「————ッぐぅッ!!」
思考を断絶させるかの如く、織姫の右アッパーが綺麗に顎へと直撃し頭が跳ねた。
脳味噌をガンガン揺らされ、目の前の光景が捻れた。
衝撃により、体が宙を舞い、まるでスローモーションのようにゆっくりと景色が移り変わる。
(竜馬ッ!)
イラの呼び声が、ノイズがかかったみたいに聞こえ、視界が狭まっていく。。
それほどまでに協力な一撃だった。
これが、愛を知る者の力……そうか、俺は足りなかったんだ。
少しずつ閉じていく意識の中で俺はそんなことを考えていた。
————と、その時だった
これが走馬灯というものなのだろうか、過去の記憶が一瞬にして蘇る。
不思議な感覚だ。
いままで忘れていた記憶が、超高速で飛び交っている。
たった十八年、されど、濃い十八年。
産まれてから今に至るまでのありとあらゆる思い出が、新幹線のように通り過ぎていく。
そして俺はある物を見つけた。もう十五年も前の事だ。
第三者の視点で記憶を見る事ができる……ここは、当時の俺が良く遊んでいた公園の砂場。
喧嘩っ早い俺は中々友達が出来ずに一人で砂の城を作って遊んでたっけな。
別に寂しくは無かった、けど幼いながらも孤独は感じていた。
そんな時……「何してるの?」と声を掛けてくれたのが、靡だ。
ククッ……見てみろ、嬉しいくせに素っ気ない態度で「別に?」とか返してるぜ。何処ぞの芸能人気取りかよ。
あぁ、でも靡はそんな俺にもしつこく話しかけてきたんだ。
最初は「ちょっと変わった子」って印象だったんだっけな。
…………あれ? でも、この時の靡って……ポニーテールじゃなかったんだな。
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