第17話 叛逆の意思(4)

「ぐ……ぬぬぬぬッ……これで、どうだ!!」

「おわった?」

「ぜぇ……はぁ……はぁ……あぁ、なんとか」


 30分の激闘の末、なんとか結ぶ事ができた。

 ゴールデンポイントより少し高めの位置に結び目を作る事により、彼女の性格とあった元気でやんちゃなイメージを演出。

 その名の通り、子馬のような短い尻尾は跳ねるように揺れてくれるだろう。

 毛先を少し膨らませ、輪郭との比率も合わせた……つもりだ。  


「ど……どうかな?」

「んッ……」


 膝からピョンっと飛び立つと、ポケットに入ってた手鏡で髪型を確認する幼女。

 ……正直、頑張ったけど自己採点では0点だ。

 ところどころガサツな面が見え隠れしていて、それが全体のバランスを崩してしまっている……台無しなんだ。

 初体験……結んでみて色々な事に気がつかされた。

 そして、ポニーテールを結ぶ女の子達の気持ちと苦労が少しだけ分かった。いや、まだほんの一部に過ぎないだろう。

 全部理解するには……するには……


「おにいちゃん、とっても上手!」

「!? 本当か!?」


 自分の髪型をチェックし終えた幼女は満足気な笑みを浮かべ、その場でぴょんぴょんと跳ねた。

 本当に嬉しそうな姿に、俺もつられて嬉しくなってしまう。

 でも、どうしてこのクオリティでそんなに喜んでくれるんだ?


「こことかちょっと出ちゃってるけど……大丈夫?」

「うん! 大丈夫!」

「ちょっと真っ直ぐできてないけど……」

「ぜんぜん、きになんない!」

「……どうして、だ?」

「?」

「お兄ちゃんは全然ダメダメだと思ってた……けど、どうしてそんなに喜んでくれるの?」


 少し、難しい質問だった。幼女に対してかける言葉では無いだろう。

 だけど彼女はあっけからんと、こう答えたのだ。


「だって、がんばってくれたもん! おにいちゃん、いっしょうけんめい可愛くしてくれたから、わたし、うれしい!」

「…………」


 そうか、俺は何も知らなかったんだ。


「こわいのかとおもったら、だいすきだった!」


 あぁ、俺はどうやらポニーテールが大好きだ。そして、今……もっと好きになった。


「だからね! おにいちゃんも————」


 彼女が最後に発した言葉……それはこの後自分でやろうと決意した事だった。

 俺は彼女に一言、「ありがとう」とお礼を言って走り出した。


「またむすんでねー!」

「あぁ! またやってやるよ。またな!」

「バイバーイ!」


 元気の良い声が背中を押した。

 気が付かされた……気がつく事ができた。

 もう一片の迷いも無い。

 俺はポニーテールが大好きだ。

 例え、憎っくき相手がポニーテールでも、その想いは消えない。

 だから……だから……。


「今行くぞ……靡……イラッ!!」


 俺は走る。

 彼女達の力になるために。



 ☆



 周辺は2つの炎が交わり、地獄絵図と化していた。

 紅い炎……それは勿論妾自慢の炎じゃ。

 そしてもう一つは蒼い炎……最後の縫合獣にこやつを打つけてくるとは、中々に趣味が悪いの。


「ッ……ぐぅ……」


 連戦、既に11匹の縫合獣を倒した。どいつもこいつも急造されたものばかりで、手こずったものの、なんとか1人で倒す事ができたのじゃが……流石に聖獣クラスは厄介じゃの。

 虹色の翼を大きく広げ、妾を見下す巨大な猛禽類。

 宙に丸羽根の1つ1つは蒼く燃え、この暗い空間を彩っている。

 いとおかし……時が時でおれば静寂な気持ちで眺めておるじゃろうが……今、妾は戦わなければならぬ。

 不死鳥と孔雀……適合率の高い生物同士の縫合は、ここまで力を高める物だったのかと感心している場合ではないな。

 何はともあれ、どんな手段を使ってでも黒核を潰し消滅させなければ……ならぬのでな。


「これで……どうじゃ!」

「KUKAAAAAAAッ!!!」


 残る魔力を振り絞り、右手で火炎の劔を創る。

 地を蹴り飛びかかると、奴の首元目掛けて全力で振った。

 一閃————手応えあり。

 長く伸びた首はドサっと埃を舞い上げて、地面に落下した。

 だが、黒核を破壊していない以上……再生するのはわかっている。

 この再縫合までのロスタイムが勝負。


「ッ————ぁぁ!!」


 続いて逆の手に先程と同様の劔を精製し、落下の勢いを利用して唐竹割。

 奴の体を真っ二つに切り裂いたと同時に体内から無数の糸が飛び出てくる。

 接近する時間が長ければ長い程、蒼い炎は妾の肉体をこんがりと焼いていった。

 長時間の接近戦は致命傷に繋がる……悔しいが、奴の炎に対し妾の炎では火力が足りぬ。

 ジリジリと髪の毛から焦げ臭い匂いが漂った。

 皮膚はジワジワと痛みを伝えてくる。

 が、引くわけには行かぬじゃ。

 手騎の為にも、靡の為にも、戦い、勝ち、救わねばならぬ。


「どこじゃ……黒核ッ」


 豪炎の中、霞む眼で必死に探した。

 糸は分離した肉体と結びつき、再生をかいししている……あと2秒。

 その時————一瞬、左胸辺りに煌めく漆黒の輝きが見えた。


「そこじゃぁぁぁぁあ!!!」


 魔力残量は残り一割も無い。

 こんな時こそ、手騎が編み出した必殺技の使い時じゃ。

 生成した炎を右手に溜めて、細く、鋭いイメージを浮かべる。

 そして、見えた場所に拳を突き出し、尖った炎を射出する————これが、妾と竜馬の必殺技。


「テール……バンカーじゃ!」


 蒼き炎の隙間を抜け、紅蓮の槍が突き進む。

 火力は弱弱……だが、この小ささと勢いを止めれるわけがなかろうて。


「いっけぇぇ!!!」

「GUGYAOOOOOッ」


 甲高い断末魔と共に、妾の炎は黒核をぶち抜いた。

 瞬間————周辺を囲っていた蒼炎はゆっくりと鎮火していき、奴の肉体は虹色の羽根と化し、木っ端微塵となっていく。

 まるで大量の花弁が舞っているかのようだった。


「ッ……ぐ、はぁ……はぁ……」


 緊張の糸が解け、力尽きた妾はその場に倒れこむ。

 全身に負った火傷がヒリヒリと痛みを伝え気付けとなり、意識だけはハッキリとしていた。

 じゃが……動かぬ。ここまで魔力を失ったのは織姫と一騎打ちをした時以来じゃ。

 魔力探知を開始。

 残す箇所は1つ……そこが織姫が潜む場所。


「く……ククッ」


 最後の魔力反応があった場所……それは妾と竜馬が初めて出会った裏路地の広場だった。

 なるほど……最初っから奴の手のひらで踊らされていたという訳じゃな。

 神秘的な出会いは人意的な物じゃったと……いや、神によって作られた出会いなのじゃから神秘的な出会いに変わりはない……か。

 もう、笑うしか無い。愚かな自分を。

 そして、その罪を償う為には……奴を倒す事以外にないのじゃ。


「気合いをいれるのじゃ……あと少し、あと少しなのじゃから……」


 太ももを思いっきり殴り、喝を入れると震える足を抑え強引に立ちあがった。

 よもや、立っていることすらままならぬ状態じゃが、1人で戦って勝てるのか?

 こんな時に竜馬が……我が手騎がおればなんと言ったじゃろうな……「全力で打つかって勝つまでだ!」などと無責無策な暴論を飛ばしておったかもな。

 なんと頼もしいじゃろうかて……いや、よそう。

 1人で戦うと誓ったのじゃから、な。


 足を引きずり、出会いの場所……裏路地の広場へと向かおうとした。

 刹那、魔力感知に新たな反応を感じたのだ。


「————……なるほど。その名は飾りでは無いということじゃな」


 反応箇所は、まさにここ、現地点。

 莫大な魔力、最初よりも大きくなっているのではないじゃろうか。

 周辺を待っていた蒼炎の花弁は妾の目の前に集合していく。

 そして、爆発と同時に火柱を上げ衝撃波を撒き散らすと……そこには先程倒した縫合獣が先よりも巨大な肉体を持って立ち塞がっていたのだ。


「KUAAAAAAAッ!」

「カンに触る声じゃの……耳が痛とおてかなわん」


 完全復活……不死鳥は落ちた羽から蘇る。

 縫合獣に堕ちてもその特性は残っているようじゃな……しかも、よりによって力を向上させているとは。

 恐らく黒核を複数所有しているのか……いや、わからぬ。

 じゃが、黒核を破壊しただけでは朽ちぬ構造なのは確かじゃ。

 全く、こちらは満身創痍じゃというのに……年寄りは労って欲しいものじゃが。

 こやつにそんな甲斐性があるとは思えぬし、やるしかない。


「龍にたかが朽ちぬ鳥が敵うと思うておるのか? ククッ……舐めるな三下。妾の名は誇り高き業火の龍神 イラグリス・ボルケーノぞ!!」

「KUKAAAAッぁぁ!!」


 大気を揺らす咆哮と同時に、蒼炎の竜巻が妾を囲った。

 渦は少しずつ小さくなっていき、ジワジワと嬲るように迫ってくる。

 奴も妾がこれ以上動けぬ事はわかっておるようじゃ。

 絶望が……絶命の予感が心を蝕んでいく。

 拳を握ったところで、歯を食い縛ったところで、非常な現実は変わらない。

 最後の自分の姿が想像できた。

 そして————別れと無念の言葉を呟き膝を折った。


「すまぬ、竜馬、靡……妾は、何も……さらばじゃ」


 眼前まで迫った蒼炎は、紅炎を吹く飛ばし願いを希望を焼き尽くしていった。


 ————その時


「なに辛気臭い顔してんだ、相棒!!」


 聞き覚えのある……いや、そんな言葉じゃとうに表現できぬ程、馴染んだ声が耳を叩いた。


「ッ!? そ、その声は!」

「うぉらぁぁぁぁッ!!」


 竜巻の渦を突き進み、自身が焼かれるのも厭わず、妾の元に迫る影。

 その影は腕を伸ばし、妾を突き飛ばすと転がるように蒼炎から共に脱出した。


「ぜぇ……間一髪、ってとこだな……危ねぇ、危ねぇ」

「……遅いぞ、何日待たせる気じゃ?」


 別に鍛えておるわけじゃなかろう。

 特段に広いわけでも、身長が高いわけでもない。

 じゃが、その背中は大きく、逞しく見えた。


「すまねぇ……でも、もう大丈夫だ。ありがとうな、イラ」

「ははッ、よいじゃろう。妾は龍故心が広い。許してやろう、竜馬……いや、手騎よ」


 長く待たせ寄って。しかし、少し合わぬ間に良い顔になった。

 男子、三日会わざれば刮目して見よ……か。

 うむ、ついつい見入ってしまうの。別の理由じゃが。


「手騎、しばし見ぬ間に随分と勇ましい髪型になったものじゃな」

「ん、あぁ……これは俺の決意の、愛の証さ」

「なるほど、本当に迷いはないようじゃ」

「当然ッ!」


 短い髪を無理矢理にまとめ、ガサツで、乱暴な、だけど熱い……そんな尻尾を竜馬は頭に備え付けていた。

 敵の懐に入る為、自らその姿になったのじゃな。

 大好きな物、トラウマを呑み込むことで逆に力へと変えたか。

 手騎らしい判断だ。


「いけるか、イラ?」


 妾に手を差し伸べ、こんなにも真剣な眼差しを向けられては「無理」とは言えぬじゃろう。あぁ、いけるさ。戦えるさ。こんなところでくたばるようじゃ、龍の名が廃る。


「その言葉、そのまま返そう。そもそもあのような奇鳥、妾1人でも余裕じゃったがな」

「あの時の顔を写真に撮って見せてやりてーぜ」

「な、やめい! 恥ずかしいわ!」

「はは、ま、信じてといてやるよ。さっさとコイツを倒して、靡を助けるついでに世界も守ろうぜ」

「ふんッ……そうじゃ、な」


 手騎の手を取り立ち上がる。

 竜馬の情熱が、思いが、体を通して妾の魔力を膨張させていった。

 これが契約の力……妾達の力じゃ。

 縫合などでは決して生み出すことのできない無限の可能性を秘めた想いの炎。


「口上は……覚えているな?」

「あんなダサい口上、忘れる筈なかろう」

「……ダサいかな? まぁいい……付き合えよ、相棒」


 相棒……そう呼ばれると、やはりなんというか。うむ、良き。

 妾は今までに感じた事のないトキメキを胸に秘め、全身を炎で包むと輪の形になり手騎の前で停止した。

 そして……竜馬の叫ぶ口上に続く。


「火炎・豪炎・超爆炎! ポニテに危機が迫る時、炎と共にやって来る!!」

「奇々怪界な獣供!」

「俺の愛で灰になれ!」

「二人で一人、最大火力の怒髪天!」

「聞け、我の名は!」

「「ドラゴン・テールッ!!!」」


 手騎に身を染め、包み込む。

 この熱さは炎だけのものではない。

 溢れそうな程溢れでる感情は、いつもよりも少しだけ妾達の姿を変えた。

 籠手はより強固に、爪はより鋭く、紅蓮の鱗は輝きを放ち、頭部の尻尾は新しい。

 妾と竜馬、2つのテールによって結び目が左右に別れ、中心で1つに纏まった。

 交差する尻尾と尻尾……だが、最後には一本に。

 この姿を、この髪型を手騎はこう呼んだ。


「これが、決意を固めた俺達の真の姿……クロス・オーバー・モードだ!」

(……なんじゃその名は?)

「ふふ、知らんのか? 結び目を2つ作って生み出すポニテの事をクロスオーバーポニーテールって言うんだぜ。勉強不足だな!」

(さいですか……)


 まぁ、ネーミングはともかくとしていつもよりも数段力が上がっている事は確かだ。

 これは竜馬と妾の適合率が上がっていることに比例する。

 本当の意味で……魔力貯蔵器官を救おうという意思が、竜馬に生まれた証拠だ。

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