785 the next king of evil

   ▽


「なんだ、何をやっているんだあいつは!?」


 カーディナルはルーチェの変化を驚愕の表情で見ていた。

 グレイの極天戦神魂聖光招来メタモルフォージアに似ているが、明らかに異なる。


 あまりにも莫大な輝力が彼女の体を覆っている。

 桃色の髪が根元から薄く輝く銀色に染まっていく。


「ルーチェは以前に輝力不足を補うため、お前を参考に外部から輝力を吸収する技を練習していた。あれはたぶんその完成形だ。ただ、無限の輝力が手に入った今もうその必要はなくなったはずなんだが……」

「外から流れ込んだSHINE輝力がヒカリちゃんのSHINE輝力と混じり合ってる感じだね」


 スーとプリマヴェーラがそれぞれの見解を述べる。

 二人の言っている理屈はなんとなくわかる。


「だが、何がどうなって、あんな風になるんだ?」


 周囲の空間中に漂う輝力が枯渇するまで取り込んだとしても、ああはならないはずだ。

 魔王から直接力を奪ったのかとも思ったが、そういうわけでもなさそうである。

 ならばルーチェが吸収した輝力とは一体……


「それよりカーディナルちゃん。もう少し後ろに下がった方がいいよ」


 プリマヴェーラが指先でトントンと肩を叩く。

 口調は平静だが、額には汗の玉が浮かんでいた。


「ここだと多分巻き込まれるから」


 ルーチェと魔王が向かい合っている地点からここまでは十キロ近く離れている。

 そんな彼女たちのすぐ傍にまで、夥しい数の白蝶が埋め尽くした。




   ▽


「馬鹿な、なんだこのエネルギーは……」


 魔王ソラトは愕然としながら娘の変化を見ていた。

 ヒカリ……いや、あえてルーチェと呼ぼう。


 ルーチェが何からの術を使ったことで、彼女の雰囲気は大きく変化した。


 髪は毛先のわずかな桃色を残して輝く銀色に。

 瞳の色は血のように奥深い朱色に変わる。


 黒いセーラー服のような衣装の裾やリボン部分が炎のように激しく揺らめき始め、背中からは虹色に輝くSHINE輝力が、蝶の羽のような形となって止め処なく溢れ続けていた。


 変身、というには些か趣が異なる。

 まるで別の生物に完全変態してしまったようだ。


「おお、すごい。思った以上」


 彼女の口から洩れる声色はさっきまでと同じ。

 ただし表情は好戦的で、酷く昂っている。


「じゃあ、いくよ」


 ルーチェが手を振った。

 瞬間、周囲すべてが白い蝶で埋め尽くされる。

 千や二千では効かない、数万か、あるいは十万を超える攻性の蝶に。


「ふざっ……」


 ソラトは防御の体制をとった。

 闇の衣を薄い膜に変えて身を守る。


 ところが。


「ぎっ!?」


 予想外の衝撃を背中に受けた。

 周囲の蝶はまだ攻撃を開始していない。


「な……」


 逆くの字に体を折り曲げながら背後に目を向ければ、そこにあったのはルーチェの姿。

 一瞬で背後に回り、とんでもない威力のを叩き込まれたのだ。


「おおっ」


 この変化には大幅な身体強化も含まれているようだ。

 だが、こうもあっさりと背後を取られるとは……


「ぬんっ!」


 ソラトは≪黒冥剣ヨモツミツルギ≫を振った。

 根本でも十分な破壊力がある巨大剣がルーチェの体を両断する。


 しかし叩き斬った次の瞬間には、バグった画面が元通りになるように復活されてしまう。


「まだまだ!」


 ルーチェは一度距離をとった後、拳を突き出しながら突っ込んできた。

 その動きは素人同然だが、スピードとパワーがあまりに異常。

 音速戦闘機のような一撃と言えば近いだろうか。


 ソラトは避けることができず直撃を食らい、強烈な勢いで後方へ吹き飛ばされた。


「くっ……!」


 背中に複数の白い蝶が当たる。

 全身を闇の衣で包んでいるソラトに大きなダメージはないが――


「いけっ!」


 ルーチェが合図をすると、周囲の白蝶が一斉に襲ってきた。

 自らの纏う闇にあれをすべて受けるだけの耐久力があるか、試してみるつもりはない。


 ソラトは風を操ってひとまず攻撃から逃れようとした。


 だが。


「追ってくるだと!?」


 攻性の蝶は性質自体が先ほどと異なっており、まるでソラトの体と糸で使がっているかのように軌道を変えながら、正確にこちらへ向かって飛んでくる。


 躱しきれずに何発何十発と被弾する。

 無数の蝶が荒れ狂う閃熱の暴風となってソラトを襲う。


「う、うおおおおおおおっ!」


 避けられない。

 反撃することもできない。

 何より、攻撃が止むことがない。


 十万を超える閃熱の蝶がソラトの纏う闇を削っていく。 

 このままではジリ貧……いや、削り殺される!


「魔王を舐めるなァ!」


 ソラトは防御を捨てルーチェに向かっていった。

 後方から白い蝶が迫ってくるが今は無視。


 やられる前に先に殺る!


大魔王黒冥剣シン・ヨモツオオミツルギ!」


 ソラトのとっておき。

 巨大剣に闇を纏わせさらに肥大化させる。

 直径二キロにも達する平べったい楕円形の闇の塊の一撃だ。

 

 斬ってもダメなら分子ひとつ残さずに叩き潰す。

 もはや娘とはいえ手加減するつもりは一切ない!


 だが。


「えいっ」


 ルーチェは片手を上げると、ソラトの究極の一撃を容易く受け止めてしまった。

 そして剣内部へと輝力を送り込まれ、闇の塊はあっさりとはじけ飛ぶ。


「な……がぁっ!」


 愕然としている暇もない。

 ソラトの背中を追ってきた無数の白蝶が叩く。


「ぐ……あっ……」


 今の破裂する直前の感覚は……


 そうか、わかったぞ。

 ルーチェが吸収した力の正体が。


 だ。


 あの少女は世界の力を取り込んで己と融合させたのだ。

 ビシャスワルト世界と一つになった彼女は、まさに……真の魔王。


「それっ!」


 白い蝶が軌道を変える。

 そのすべてが上空へと打ち上げられる。

 間髪入れず、ソラトの頭上めがけて降り注いできた。


「うわあああああああっ!」


 もはや彼にできるのは、必死で防御をすることだけ。

 やがてソラトは衝撃に耐えきれず大地へと落下して行った。




   ※


 よしっ、やった!

 魔王を地上に落っことした!


 輝力吸収をして(オリジナルだけど)グレイロード先生みたいなパワーアップに成功。

 なんか髪の色が薄くなったり視界が若干赤みがかってたりするけど、ともかく強くなった。


 でもやっぱり格闘戦は苦手なので、さっきまでと同じように思いっきり輝術を撃ちまくったよ。

 一三一〇七三13万1073の『紐付けターゲッティング』した閃熱白蝶弾で魔王を集中砲火。

 結構なダメージを与えたと思う!


 私は落下した魔王を追って地上に向かった。

 そこには大きなクレーターができていて、中央では魔王が仰向け倒れている。


 さて。


 上空から極天戦神魂光核弾ミスルトロフィアを撃ちまくるっていう手も考えたけど、たぶんそれじゃ魔王には通じない。

 私は再び半径十キロ圏内に再び一三一〇七三13万1073の白蝶を浮かべて魔王に紐付けする。


 そのままクレーターの淵に着地。

 魔王が起きてくるのを待つ。


 ……


 おーい。




   ◆


 俺は倒れたまま空を見上げていた。

 見えるのはマーブル模様のビシャスワルトの空。

 そして、それを覆い隠すような真っ白な超高熱の蝶の群れ。


 すべてが俺を狙っている。

 それらが一斉に牙を剥けば今度こそ俺は死ぬだろう


 首を動かし、視界を下に向ける。

 ルーチェ我が娘が俺を覗き見ていた。


 十万を超える攻性の蝶の支配者。

 圧倒的な力を見せつけてなお、油断なく俺を狙っている。


「ちっ……」


 千年だ。

 気が遠くなるほどの長い時間、俺は己を鍛え続けてきた。

 ビシャスワルト中の猛者たちと戦い、ついにはすべての部族を配下に従えることに成功した。


 魔王と言う称号は、その自負あっての名乗りでもある。


 だが積み上げてきた自信と栄光は、こうも容易く打ち砕かれた。

 俺を負かした娘……わずか十八歳の少女によって。


 ……十八歳、か。

 の俺たちと同じ年だな。


 結局、どれだけ時間をかけて努力しても、真の天才には敵わないってことか。


「ヒカリ。いや、ルーチェよ」


 俺は俺を倒した者の名を呼んだ。

 彼女は警戒を解かずこちらを見下ろし続けている。

 そんなルーチェに対して、俺は敗北を宣言する言葉を口にした。


「俺の負けだ。これからはお前が魔王を名乗るが良い」


 伝えた後、数秒の沈黙があった。

 ルーチェが口を開いた。


「……えっ?」


 意表を突かれたような、気の抜けた声で。


「どうした」

「えっ。負けって、なんで? えっ? だって、第二形態は?」


 第二形態?


「なんの話だ」

「そっちも変身とかしないの?」

「しねえよ」

「真の姿は?」

「そんなのねえ」

「第二形態で翼と角が生えて、第三形態で巨大化して怪獣になって、最終形態はお城よりも大きな顔と手だけになって口から世界すべてを破壊するビームを………」

「ねえって言ってんだろ。お前は俺を何だと思ってるんだ」

「魔王だよね?」

「魔王だが、この体はただの人間だ」


 お前と違ってな……

 とはさすがに言わなかった。


 たぶん、ルーチェにはまだまだ余裕がある。

 あの姿になった時点でこいつは俺の力を大幅に超えていたのだ。

 だから思ったよりあっさり勝利できたことに物足りなさすら感じているんだろう。


 ここまで完璧な敗北を喫したのだ。

 もう紅武凰国への侵攻は諦めるしかない。


「我が娘ヒカリ。閃炎輝術師ルーチェよ。いまこの瞬間から、お前こそが真の魔王だ」

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