769 ◆炎を掴む者

 一瞬の意識途絶の後、あたしは再びヘブンリワルトへやって来た。

 最初に辿り着いたのは以前と同じあの円柱形の暗い部屋だ。


 ミサイアとアオイ、それから気絶したままのベラお姉さまたち三人もいる。


「この子たちを病室に運ばせたらすぐ軍へ連絡を入れておくわ。ミサコは直接ナータを連れて軍港へ行ってちょうだい。すでに出撃準備に入っているはずだから、急いでね」

「わかりましたよ」


 すこし不貞腐れたような感じでミサイアは頷いた。

 あたしたちは建物の地下に移動し、例の四輪の車に乗り込んだ。


「まったく、どうしてこんなことに……」

「ベラお姉さまたちは大丈夫なの?」

「命の心配なら必要ありませんよ。こっちの医療技術はそちらの治癒魔法よりずっと信頼できますから」

「じゃなくて、これからどうなるのかってこと」

「正直言ってこうなったらこちらの世界の人間として暮らしてもらうしかないですよ。もちろんあなたも含めてね。会いたい人がいるって言ってましたけど、すぐに離れ離れになるかもしれませんよ?」


 その辺は自力でどうにかするわ……とはさすがに言わなかった。


 車は通りに出て、この前とは違う方向に向かって進んでいく。

 街は相変わらず建物の巨大さに反して人通りが少ない。


「どこに向かってんの?」

「軍港です。軍の港」

「この街ってでっかい壁に囲まれてるんじゃなかったっけ。海なんてあるの?」

「そういう港じゃなくて……あ、見えてきましたよ」


 ひらけた視界の向こうに巨大な広場があった。

 緑色の柵の向こうに広がるのは遠くまで続く一面の灰色の大地。

 手前には三階建ての大きな建物があって、広場の至る所に馬鹿でっかい船みたいな乗り物が並んでる。


 その船は水の上に浮かんではいない。

 小さな車輪と、巨大な鋼鉄の翼を持っていた。


「あれ何?」

「空中戦艦ですよ。空母って言い方の方が正しいですけどね。これから軍はあれを使ってビシャスワルトを攻めるんです」


 その船はひとつひとつがあの覇帝獣ヒューガーと同じくらいの大きさだ。

 いったい何百人……いや、何千人乗れるんだろう?


 ミサイアは柵を迂回して敷地の入り口に向かい、そこに立っていた見張りの老人にカードを見せた。


「出航予定の艦はどれですか?」

「一番ゲートに停泊してる三隻です」

「え、三隻全部?」

「そう聞いてます」

「マジですか……空中戦艦三杯って、本気でビシャスワルトを滅ぼすつもりなのかしら」


 ミサイアの横顔が引きつっている。

 たったの三隻なのに、そんなに驚くことなの?


「実験試作機のFGがどれに積んであるか……まではわからないですよね」

「さすがにわかりませんね。作戦総司令官は一番艦に乗船されるって聞いてますから、そちらで聞いたらいかがですか?」

「軍の士官たちって管理局の人間をあまりよく思ってないんですよねえ」


 ミサイアが再び車を走らせた。

 どでかい船の間を抜けて一番ゲートとやらを目指す。


 そこに泊まっているのは、白を基調にしたやたら巨大な船。

 前から後ろまでは優に五〇〇メートル以上はありそうだ。

 制服姿の人たちが何人か階段を使って出入りしている。


「ねえミサイア。今さらなんだけどさ」

「はい、なんですか?」

「FGって何?」


 こいつらはやたら略称やら専門用語を使うせいで、あたしはこの状況になってもイマイチ何をさせられるのか理解できてない。


 ちなみにPBSっていうのは戦闘用強化兵装パーソナルバトルスーツの略で、あたしが使っていたヴォレ=シャルディネのことを指すらしい。


「フレイムゲイナーの略です」

「フレイム……何?」

「『炎を獲得する者』とかそんな意味の言葉ですけど、深く考えなくていいですよ。どうせ語感重視でつけただけの名称なんですから」

「だからそれは何なのよ」

「説明するより見た方が早いです。まあ、ミドワルトでアレを見た後じゃ、あまり感動もしないでしょうけどね」


 船の裏側に回ると側面の一部が大きく縦に開いていた。

 ミサイアは遠慮なくそこから船内に車で乗り込んでいく。


 船の中はだだっ広い空間になっていて輝光灯の明かりが眩しいくらいだ。

 天井は異常に高く、一般的な建物の五階相当はありそう。

 その壁際に『それ』は並んでいた。


機械マキナの巨人……?」

「紅武凰国の軍事力の要、人型兵器フレイムゲイナーですよ」


 なぜか胸をそらして誇らしげに言うミサイアがウザい。


「なんで人型なの?」

「いろいろ理由があるんですよ。別に単なるロマンだからってわけじゃないですよ」


 壁際の空いているところに車を停めて車外に出る。

 とりあえず近くにあるフレイムゲイナーとやらを見上げてみた。


「どうですか?」

「いや、別に……」


 確かに、でっかいことはでかい。

 体長はだいたい二十メートル弱ってところかしら。


 けど、そんなに特別な感想があるかって言われたら特にない。

 あの覇帝獣ヒューガーとか白い巨大輝士に比べたら、そんなに迫力があるわけでもないし。


 ここに立ち並んでいるFGには二種類のタイプがいた。

 どちらもくすんだ緑色の武骨な印象で、顔と武装が微妙に違っている。


「手前のゴテゴテしてる方が『ラーフイリス』、高い装甲と突破力を持った戦車タイプの機体です。奥の細身の方が『ラーフナディアン』、身軽さと長距離射程砲を活かして支援に徹する自走砲タイプですね」

「で、あたしはどっちに乗ればいいの?」

「どっちでもないです。ここには陸戦タイプしかないみたいなので、隣のハンガーに移動しましょう」


 あたしたちは作業中のおっさんたちの間を通って向こうの扉を目指した。

 誰も話しかけてこなかったけど、なんだか遠巻きに好機の目を向けられてる気がする。


「あんまり歓迎されてる雰囲気じゃないわね」

「さっきも言いましたけど、軍と管理局はあまり仲が良くないんですよ。特にFGパイロットは能力者を毛嫌いしてますから。私のような逸脱者ステージ1になると、もう目の敵にされてるみたいなもので」

「能力者? ステージワン?」

「そのうち説明します」


 開きっぱなしになっているバカでかい扉を潜ると、そこも同じようなだだっ広い空間だった。

 壁際に人型兵器が並んでいるのも一緒だけど向こうとは種類が違っている。

 こちらは深い青を基調にしたスリムなタイプだ。


「空戦仕様フレイムゲイナー『ヴォレ=ビュゾラス』。背中の翼についたブースターで空を飛ぶことができます。マルチロールファイター戦闘機って感じの機体ですね」

「例えの方がよくわかんないんだけど、あたしはこれに乗ればいいの?」

「いえ、これでもなく……」

「管理局員殿」


 後ろから枯草色の制服を着た人が話しかけてきた。

 ミサイアが振り向くと彼は両足を揃えてビシッと敬礼する。


「藤村大尉です。第四天使様より話は伺っております、BCS搭載機の所に案内いたしましょう」

「え、ええ。ありがとう」


 どうやらここでもなかったみたいね。

 あたしたちはフジムラって人の案内に従って奥の小さなドアから通路に出る。


「テストパイロットを務めてくださると言うのは、そちらの方でしょうか?」

「はい。インヴェルナータさんです」


 フジムラがあたしの方をちらりと見る。


「フン……」

「うっわ。感じ悪」


 何やら小ばかにするような目で見られたので、思わずハッキリと言い返してしまった。

 フジムラは顔を引きつらせながらくだらない捨て台詞を吐く。


「か、管理局はどうやら、新人に対する教育がなっていないようですね」

「いや、この子はうちの新人じゃなくて」

「お喋りする気はないんだけど? さっさと案内しなさいよ」

「小娘が……!」


 はっ、小娘に煽られて青筋立てるなんて、ちっちゃい男ね。

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