742 ▽王都混乱

「なんなんだよ、あれは……」


 ジュストは呆然として呟くことしかできなかった。

 空を割って降臨したのは、人型をした巨大な金色の化け物。

 その姿は異文化の神のようであり、すべてを滅ぼす魔神のようでもある。


 怪物がもたらした被害は甚大だった。

 まずは肩から放たれた巨大な鉄球で街壁が破壊された。

 南部連合の砲台にも耐えていた王都の街壁が、あれほどに容易くだ。


 幸いにも避難が完了していた地域だったので市民の被害は少なかっただろうが、それでも少なくない数の兵士が犠牲になっただろう。


 怪物は次に、外にいたシュタール輝士団と南部連合軍を蹂躙した。

 輝攻戦士や南部連合の新型兵器による攻撃も通じない。

 もはや生き残って動いている者は少数である。


 戦意を喪失して逃げ回る者たち。

 そんな足元の人間を無視し、怪物は王都に近づいてくる。

 太い鎖で繋がった鉄球は吸い込まれるように怪物の肩部に戻って、そして……


 再び空へと放たれる。


「やめ――」


 何もできない。

 叫ぶことすらできない。

 打ち上げられた巨大な鉄球は、弧を描いて王都に落ちる。


 現実味のない光景だった。

 あまりにも大きな物体に街の一角が押し潰される。

 とてつもない轟音と共に大地がめくれ上がったような土煙が舞い上がる。


「嘘だろ……」


 そう呟いたのはジュストの傍にいた輝士だった。

 彼もまた、現実を正しく認識できないようだ。


 あの無慈悲な攻撃によって、あの下で暮らしていた何百人もの人たちが殺されたことを。


「う、うおおおおおおおっ!」


 ジュストは叫び、剣を掴んで街壁の上へと駆け上がる。


「やめろ! やめろぉ!」

「ローァ……ガラー!」


 こちらの言葉など届いてもいないのだろう。

 怪物はもう片側に装着された鉄球を空に射出した。


 次に天から降り注いだ鉄球は、王都西部の住宅街に落下した。

 今度はどれだけ多くの被害が出たのか想像もつかない。

 やつが攻撃するたびに王都が破壊されていく。


「くそ……っ」


 止めなければいけないのに。

 今のジュストにはどうすることもできない。

 せめて聖剣メテオラがあれば、ダメージを与えることくらいはできるかもしれないのに……


「ジュスティッツァ様!」


 名前を呼ばれて街壁の内側に目を向ける。

 輝動二輪に跨った輝士がこちらを見上げていた。


「どうしました!?」

「英雄王様が貴方をお呼びです! 王都を守るための秘策の用意ができたと!」


 秘策、だと?


「質問です! あなたがその指令を受けたのは、あの怪物が現れる以前の話ですか!」

「は、はい」


 ならばその秘策とやらはおそらく役に立たない。

 南部連合やシュタール帝国はすでに怪物によって壊滅しているのだ。


 だが、あいつは聖剣メテオラを持っているはずだ。

 あれさえ取り戻せば、怪物に一矢報いることもできるかもしれない。


「わかりました。どちらへ向かえばいいですか!」


 ジュストは問いかけながら素早く街壁から降りた。

 輝士は乗っていた輝動二輪から降りて説明をする。


「王城裏手の技術研究所です。地図はこちらに。あと、この輝動二輪もお使いください」

「ありがとうございます」


 地図を受け取り、ジュストは輝動二輪に跨った。

 アクセルを全開に開け英雄王の所を目指す。

 その直後。


「ローァ……ガラー!」


 怪物が放った三度目の鉄球が、王城の傍へと落下した。




   ※


「くそっ……!」


 ジルは人込みの中をかき分けながら、ターニャを乗せた車椅子を押していた。


「畜生! 一体何がどうなってやがるんだ!」

「なあなあ、輝士団はまだ敵を追い払ってないのか!?」

「あのバカでかい球はなんだよ! どんだけ被害が出てるんだ!?」

「落ち着けよ! とにかく今は安全なところに避難することが先決だろうが!」

「どこに避難するっていんだ! 逃げた先であの球が落ちてこないって保証はあるのか!?」


 街は完全にパニック状態に陥っていた。


 敵国が攻めてきたという噂。

 慌ただしく周囲を駆けている輝士たち。

 そして極めつけは、空から降って来た謎の巨大球。


 落下地点はここから遠いが、すさまじい轟音と爆発後のように立ち上る煙から、落下地点は相当な被害を受けていることがわかる。


 誰かが「次はここに落ちてくるぞ!」と叫んだのがきっかけとなった。

 周辺のすべての建物から出てきた人で通りはごった返してしまっている。


「いやあ、実に大変なことになったなあ」

「怖いにゃあ……」

「街壁方面に人が殺到している。下手をすれば民衆に圧し潰されるぞ」


 全然大変そうじゃない感じで呟くセラァと、そんな彼女の腕に掴まって震えるミチィ。

 そして、未だに王都の衛兵隊に正式赴任していないフォルツァも一緒である。


「兄貴はアタシたちと一緒にいて大丈夫なのか?」

「本音を言えば避難誘導でもしたいところだが、とにかく今はお前たちを守ることが先決だ」


 この混乱の中では衛兵の制服を着ていない彼が何を言っても無駄だろう。

 ジルとしては頼れる兄貴が傍にいてくれるのはとても心強いが。


「しかしフォルツァ殿、僕たちはどこに向かうべきだろうか? あの球体が敵国の開発した恐るべき兵器だと仮定すると、いきなり警告もなく街中に落とした事にはいささか正気を疑いたい。敵はこの王都エテルノを壊滅させる気なのではないでしょうか」

「だとしたら、どこに逃げても無駄か……」

「もしかしたら家の中でおとなしくしていた方がマシだったかもな」


 危険を呼びかける声に触発されて表に出てしまったのは失敗だったかもしれない。

 家はすでに遠く、ここから戻るためには人の流れに逆らって進む必要がある。


「とにかく、ちょっと裏路地に入ろうぜ! このままじゃターニャが潰されちゃうよ!」

「僕もジルの意見に賛成だ。これでは落ち着いて考えることもできない」

「よし。そこの建物の間に避難しよう」


 フォルツァが体を張って道を開き、その後にジルたちも続く。

 裏路地に入ると、何とか人込みの混乱から逃れ落ち着くことができた。


「どうやら球体がここに落ちるというのはデマだったようだな」

「迷惑な話だよ。つられて飛び出したアタシたちもアタシたちだけどさ」


 ジルは車椅子のタイヤを固定し、ターニャの顔をハンカチで拭いてやった。

 彼女の灰色に濁った瞳はこんな状況でも何も映していない。


「ターニャ……」


 朽ちかけた老婆のような姿になってしまった友人。

 ジルが彼女の名をそっと呟いた、その直後のことだった。


「テメェ! この野郎!」

「逃がさねえからな! ぶっ殺してやる!」


 路地裏の奥の方から乱暴な声が聞こえてきた。


「くそがっ!」

「待てって言ってんだろうが!」


 暗がりの中から複数の男たちが駆けて来る。

 フードを被った男を別の男ふたりが追いかけている。

 雰囲気から察するに単なる友人同士のケンカではなさそうだ。


「兄貴」

「ああ」


 兄妹は視線で意思を疎通し合う。

 フォルツァが逃げて来る男から皆を庇うよう前に立った。


「止まれ! こちらには女子供が――」

「そこのあんた、そのフードの男を捕まえてくれ!」

「そいつは南部連合のスパイだ!」

「……なんだと?」


 意外にも、追いかけている男たちの方からそんな言葉が投げかけられた。

 フードの男はフォルツァの警告を無視して突っ込んでくる。


「ならば!」


 フォルツァは構えをとった。

 相手が本当に敵国のスパイなら、どんな武器を所有しているかわからない。


「兄貴、気を付けて!」


 ジルの声にフォルツァは反応しない。

 それだけ目の前の敵に集中しているということだ。


 敵が目前にまで迫った所で、フォルツァは地面を蹴った。

 迫ってくる敵に対してこちらから踏み込んで先制攻撃を仕掛ける。


 しかし。


「何っ!?」


 フードの男は素早く身を屈めると、フォルツァの拳を避け、その真横を通り過ぎた。

 予想外の動きに戸惑っている間に男はジルの背後へと回る。

 その手に黒いナイフを握りしめながら。


「誰も動くな! この女を殺すぞ!」

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