728 ▽王都への移住

「なんで受け入れられないんだよ!? 紹介状だってちゃんとあるんだぞ!」


 王都エテルノの中心部から少し外れた場所にある、国内で最も大きな総合病院。

 そこの受付役の職員に向かってジルは人目も憚らず大声で怒鳴った。


「そうは言ってもね、他の患者さんの安全とかも考えなきゃいけないんだから、いくら紹介状があったって犯罪者を受け入れることに同意はできないよ。輝流の停止で設備も十分に使えないし……」

「ターニャは犯罪者じゃないって言ってんだろ!」

「ひっ」


 ジルはカッとなってカウンターを叩きつけた。

 ビビって居竦む受付の女に変わって、後ろから体格のいい男がやってきた。


「ちょっとあんた。病院内でのもめ事は……」

「ああ!?」

「やめようジル。この状況では完全に僕らが悪者だ。ほら、冷静になって周りを見渡してみるといい。人々の視線がとても痛いと気づくだろう」

「……ちっ」


 セラァに諭され、ジルはしぶしぶ引き下がった。


「ご迷惑をおかけしました。彼女も決して悪気があるわけではないので、ご理解を頂けるとありがたく思います」


 ふてくされるジルに変わってセラァが受付の職員に頭を下げ、二人はそのまま病院を後にした。




   ※


 帰り道、ジルはセラァから説教を受けながら歩く。


「君の憤懣は理解できなくもない。だが、世間体と自らの行動による影響を考えるんだ。医者とケンカをしても何もいいことはないことくらいわかるだろう」

「わかってるけどさ!」

「君にとってはかけがえのない友人でも、ほとんどの人にとってターニャがやったことは受け入れられない大犯罪なんだ。ショックだろうが大人しく自宅療養に切り替えよう」


 現在、ジルたちは王都エテルノにやって来ていた。

 フィリア市の病院を追い出されたターニャの新しい受け入れ先を探すためである。


 ターニャたちフィリア市の若者がケイオスに扇動され、市庁舎の占拠を行ったあの事件から、すでに一年の時が流れていた。


 ファーゼブル王国内は比較的平和が続いていた。

 だが世界は第二次魔動乱とでも言うべき非常事態である。

 西の方ではすでにエヴィルに攻め滅ぼされてしまった大国もあると聞く。


 その影響なのか、戦時特別体制ということで、国内すべての輝流の供給が打ち切られてしまった。

 つまり、国内三都市すべてで機械マキナの恩恵が受けられなくなってしまったのだ。


 ターニャは二か月ほど前から重要参考人としての監視を解かれていた。

 それと同時に保護の名目で入院させる必要もなくなってしまう。


 それでも入院費さえ払えばそのまま病院にいられたのだが、ターニャの両親が支払いを拒否したため、強制的に退院させられることになってしまった。


 そしてターニャの家族は病院を追い出された彼女を受け入れなかった。

 それどころか「こんな人間は自分たちの娘ではない」とまで言い切ったのだ。


 それを横で聞いていたジルは、反射的にターニャの母親を殴ってしまった。

 ターニャの母は貴族会の役員であり現役の裁判官でもある。

 危うくジルも逮捕されるところだったが……


「簡単な在宅医療設備なら数日中に用意できるよ」

「ほんと悪いな、何から何まで」

「なに。君がターニャを気に掛けるように、僕も友人である君たちの力になりたいだけだ」


 フィリア市から逃げ、ターニャを連れて王都エテルノに移住できたのはセラァのおかげである。

 正確に言えば彼女の『ファン』である大人たちの助力あってこそだった。


「ミチィやフォルツァさんも待っている。一度家に帰ろう」


 ちなみにその際、もう一人の友人であるミチィや、ジルの兄のフォルツァも一緒に着いてきた。


 都合の良いことにフォルツァは王都への転勤が決まったところ。

 最初は寮に入る予定だったが、ジルたちが説得したことで彼も同居することになった。

 機械マキナが使えないのは王都も同様だが、ここはフィリア市に比べれば幾分か生活に余裕があるようである。


「ふふ。帰ったらまたフォルツァさんに僕の手料理を振る舞って差し上げよう。いい男が家で待っているというのは、実に日々の生活の潤いになるものだ」

「……」

「どうした、いつものように『お兄ちゃんを取るな!』と殴りかかってこないのか」

「いつアタシがオマエに殴りかかった。世話になってるしそれくらいで目くじら立てたりしないよ」

「では帰ったらさっそく誘惑させてもらうとしよう。たまには若い男にも抱かれてみたいものだからな」

「ぶっ殺すぞこの野郎」




   ※


 家に帰ったジルたちは、やかましいチビに出迎えられた。


「おかえりジルジル! セラ!」

「ただいま。良い子にしていたか? ミチィ」


 ミチィの頭をよしよしと撫でるセラァ

 その姿はまるで母と娘のようだが、これでも同級生同士である。


「それとも、ジルに殺されるのを覚悟でフォルツァさんとイケナイことをしていたのだろうか?」

「おい」

「? フォルツァさんとは一緒に映水放送を見ていたのだ! ミチィと一緒に神話戦記のアニメを見てたのだぞ!」


 以前のミチィはフォルツァの前だとしおらしくなっていたが、ここで一緒に暮らすようになってからは彼と一緒の時でも素の自分のままいることにしたらしい。


「ターニャの様子は?」

「相変わらずだ! 寝てるかボーッとしてるかのどっちかだぞ!」


 ケイオスの力を維持して気に授かったターニャは無茶な輝力を消費し続けた。

 事件後、その反動で生気を使い果たした彼女は、老婆のような姿になってしまった。


 生きてはいるが、心ここにあらずで何も喋らない。

 今も二階の一室でベッドでひとり横になっているはずだ。


 変わりないと思うが、後で様子を見に行ってあげよう。

 とりあえずジルはダイニングルームへ向かった。


「ただいまー」


 ドアを開けると、ソファに腰掛けたフォルツァの真剣な表情が目についた。

 せっかく可愛い妹が帰ってきたのに、こちらを見向きもせずテレビ映水機を注視してる。


「なんだよ。そんな真剣にアニメなんか見てさ」


 実家では映水機なんて無かったし、ミチィと一緒に視聴しているうちに、年甲斐もなく夢中になってしまったのだろうか?


 意外と子どもっぽいところもあるんだな。

 ジルはおかしく思いながら兄の隣に腰を下ろした。


「あれ?」


 映水機に映っていたのは神話戦記のアニメではなかった。

 どこかの白い部屋でアナウンサーが必死な様子で何かを喋っている。


「ジル」

「な、なんだよ。気づいてたなら返事くらいしろよ」

「大変なことになった」


 そう言う間もフォルツァは映水機から視線を離さない。

 これはただごとではないと、ジルもニュースに耳を傾けた。


 左上に『臨時』の表示が出ている。

 どうやら何かの声明文を読んでいるようだ。

 途中からなのでよくわからないが、ざっと聞いたところ……


「輝流差し止めに反対する市民の暴動か?」


 いつの間にかソファの後ろにセラァが立っている。

 どうやら国内北部にあるフィリオ市で何かがあったらしい。


「いや、違う。小国の連合体による襲撃があったらしい」

「襲撃って……戦争!?」

「少なくとも向こうはそのつもりだろう。いまアナウンサーが読んでいるのは、連合の盟主を名乗る男が出した声明文だ」


 曰く、我々は大国によって長く虐げられてきた歴史がある。

 曰く、我々は今こそ武力を持って大国に反逆する。

 曰く、我々は真の平和と平等を望んでいる。


 聞いているだけで頭の痛くなってくるような妄言ばかりである。


「なんと愚かな男だ。こんな馬鹿なことをしでかしても、すぐにファーゼブル輝士団によって鎮圧されるだけだというのに」

「だ、だよな」


 セラァの言う通りである。

 このような暴挙が見過ごされるわけがない。

 なにせ、ファーゼブル王国は地域の調和を保っている大国なのだ。


「ファーゼブル王国の主力はセアンス共和国に出向中だと聞く。そこに連合なんてものを組織して気が強くなってしまい、今なら侵略が成功すると勘違いしてしまったのだろう。まったく近視眼にも程がある」

「だが、実際にフィリオ市は陥落したそうだ」


 不快感も露わにしていたセラァだが、フォルツァの言葉を聞いて押し黙ってしまう。


「……兄上殿。それは確かなのでしょうか」

「最初にアナウンサーがそう言っていた。なんでも連合は強力な新型武器を多数所有しているようだ。フィリオ市の輝士団はとっくに壊滅し、すでに市庁舎も占拠されたそうだ」

「バカな……」

「似てるな、あの時と」


 ジルは一年前にフィリア市で起こった事件を思い出した。

 都市内に侵入したケイオスの力を借り、自分たちが強くなったと勘違いして暴走した少年たち。

 その結末は黒幕のケイオスと協力者である王宮輝士、そして少年たちのリーダーの死という形で、あっさりと終わりを告げた。


 サブリーダーだったターニャは今も心神喪失状態が続いている。 


「あの時とは違うさ。相手は理屈の通じないエヴィルでも、道理をわきまえない少年たちでもない。本気で勝算を持って戦争をふっかけてきた、余所の国の兵士なんだ」


 自身も衛兵隊の一員として当時の事件の鎮圧に参加し、大けがを負ったフォルツァは厳しい表情で呟いた。


 映水機の中のアナウンサーが言葉を重ねる。


『……そして連合の盟主、クイント国第一王位継承者アンビッツ=ブライ=クイントは最後にこう述べました。「次は王都エテルノを陥落させる」と』

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