697 ▽神話より来たる援軍

「あー、退屈だな……」


 獣将隊四天王の最後のひとり、黒狼族のツ=ヤュヨは暇を持てあましていた。

 現在、彼は東門側で獣王から預かった兵たちを率いて待機状態にある。


「なーんで俺ん所には誰も来ねえんだよ。マジで攻め込んじまうぞ? いいのか?」


 誰に言うでもなく独りごちるツ=ヤュヨ。


 せっかくヒトの国の中でも最大規模の街を目の前にしているのに、未だに攻撃許可が出ないことに対して、彼は大きな不満を持っていた。


 だが、これは獣将様の命令である。

 戦闘の初期は街を取り囲んだまま停止。

 投石器を使っての砲撃のみに専念せよ……と。


 圧倒的多数の軍勢で投石器を守れば、ヒトは強者を投入するしかない。

 やつらが慌てて少数で出て来たところを四天王が確実に撃滅する。


 強者の存在は少数でも戦局を変えうる。

 策を用いてでも、先に潰すという考えは理にかなっている。

 獣将様も前回は単独で先行しすぎたため、ヒトの強者に煮え湯を飲まされたのだ。


 伝達兵の鳳翼族からはちょくちょく戦局が伝えられている。

 ここ以外の三方面は、すでに強者と四天王が戦闘状態に入っているらしい。

 他方面からの投石器による砲撃の数が減っていることからも、そこそこ激しい戦いになっていることは想像に難くない。


 それに比べて、ここ東部方面軍はひたすらに暇だった。


 定期的な砲撃によって街への打撃は最も多く与えている。

 だが、それだけだ。

 個人に活躍の機会があるわけじゃない。

 これでは単なる見張り番と変わりがないではないか。


 命令違反をして勝手に街へ向かうわけにもいかない。

 獣将様が突撃の許可を出すまでは、無為な時間を過ごすしかないのだ。


「せめて人類戦士の一匹でも向かって来りゃあな……」


 不満が頂点に達し、ツ=ヤュヨが地面に寝転んだ、その時だった。


「伝令! 伝令!」

「お?」


 鳳翼族の伝令兵が飛んできた。

 どこかの方面で戦局の変化があったのか?


「どうした!」


 ツ=ヤュヨは少しの期待を込めて尋ねた。

 つい口調が弾んでしまったのは仕方ないだろう。


「東側よりヒトが接近、こちらへとまっすぐ向かっています!」

「む」


 予想とは違ったが、これはこれで面白そうな報告であった。


 この街はヒトとの戦闘の最前線であり、東には未だ健在な国家が多く残っている。

 つまり、援軍が来るとしたら、東側からやって来る可能性が高いのだ。


「数はどれくらいだ?」


 敵の戦力次第は十分に暴れられるだろう。

 上手くいけば、ここが主戦場になる可能性もある。

 ところが、返ってきた答えはまたも予想外なものだった。


「二人です! ヒトがよく使う、二輪の乗り物に乗ってこちらへ向かっています!」

「はぁ?」


 二人って……

 そりゃあ援軍でもなんでもない。

 ここが戦場になっている事を知らない、愚か者が紛れ込んだだけだ。


「最後方の部族に命じて丁重にお送りしてさしあげろ。あの世へな」

「了解!」


 一般人が相手じゃ退屈しのぎにもならない。

 まあ、単機で挑んできた人類戦士という可能性もあるか。

 その場合、応対した部族は被害を受けるだろうが、個人的には楽しめる。


「さあて。期待通りであってくれよ」


 ツ=ヤュヨが命令の伝達に向かった鳳翼族の背中を眺めながら呟いた、その直後。


「ぎゃっ!」


 空に一筋の光の軌跡が描かれた。

 鳳翼族は身体を貫かれ、宝石となって落下する。


「……は?」


 代わりに翼を持った別の何者かが飛んできた。

 鳳翼族のような鳥に似た翼ではない。

 流麗かつ無機質な金属の翼。


 そいつは手にした武器から光を放った。

 光は投石器を正確に撃ち抜いてくる。


「おい、なんだそりゃ……おい!」


 瞬く間に八機すべての投石器が破壊されてしまった。

 彼らとて遠距離からの攻撃を予想していなかったわけではない。

 兵器自体にそれなりの強度があるし、砲撃を打ち落とす役割を担う兵もいた。


 だが上空から、しかも文字通りに光の速度で降り注ぐ攻撃である。

 たった一発で破壊されるほどの威力もあれば、どうにも防ぎようがなかった。


「おい! 誰かあいつをぶっ殺せ!」

「は、はっ!」


 ツ=ヤュヨは空を飛べる部族に命令を出した。

 鳳翼族や翔魔族などの飛行可能な兵が一斉に敵へと襲いかかる。


 ところが、そいつは向かって行った兵たちを片っ端から撃ち落としてしまう。

 さっきと違って光の筋ではなく、小さな光弾の乱射で弾幕を張って。


 翼を持つ兵たちのうち、誰一人として敵に接近することすらできなかった。


「だ、ダメです! 近づけません!」

「だったら撃ち落とせよォ!」


 地上から魔法が使える部族が砲撃を開始する。

 だが、相手はすさまじい速度で飛び回っていて当たらない。


「攻撃が当たりません!」

「ふざけんなテメエら! 遊んでねえでさっさと殺せェ!」


 ふがいない兵たちに苛立ち、ツ=ヤュヨは大声で叫んだ。


 その瞬間、彼は見た。


 敵の持つ武器の先が自分の方を向いているのを。


「ちょ――」


 視界いっぱいが光で満たされる。

 超高熱の光がツ=ヤュヨの顔面を撃ち貫いた。




   ◆


「とりあえず、街を攻撃してた兵器とボスっぽいのは片付けておいたわよ」

『オッケーです。そのまま都市の中に入ってください』

「残ったザコは放っておいていいの?」

『手強い敵はもう残っていないんですよね? もう少しで私も到着しますから、あとは任せてください。魔物の大群相手にリアル無双とかやってみたかったんですよ』

「相変わらずあんたが言ってることはよくわかんないわ」

『心配しないでもリングがあれば負けませんよ。それより早く街中の魔物を退治しないと』

「別に心配なんてしちゃいないけど……そうね、んじゃ行ってくるわ」

『ちゃんと台本通りにやってくださいよ?』

「それは保証しかねるわ」


 さて、いっちょやってみますか。




   ※


「クソっ、一体どれだけの数のエヴィルが入り込んでいるんだ……!」


 ゾンネは憔悴していた。

 倒しても倒しても、次から次へと敵が送り込まれる。

 街中に入り込んでいる敵は耐久力も高く、一体倒すにもかなり時間がかかる。


 まともに敵の数を減らせるのがゾンネしかいないのではそれも仕方ない。

 並の輝士が鉱石人族を相手にするには、少なくとも五人以上で取り囲む必要がある。


 そうして後手に回った彼らがモタモタしている間にも、多くのエヴィルが好き放題に暴れ回っては、建物を破壊し、市民たちを襲っている。


 このままでは街壁の防衛に向かう余裕も作れない。

 ヴォルモーントやベレッツァの援護もせねばならぬのに。

 わかってはいたことだが、これは想像以上に苦しい状況である。


「司令官、後ろーっ!」

「あ?」


 疲労のあまり、上の空になっていた。


ったぞ、人類戦士のリーダー!」


 背後から覆い被さるように、巨岩族が拳を振り下ろしていた。

 避ける間すらない不意打ちの一撃がゾンネの頭を砕……

 かなかった。


 砕けたのは巨人族の体の方であった。


 エヴィルは上空から飛来した光の筋に撃ち貫かれ、頭部に大きな風穴を空けた。

 その身体が無数の岩片となって崩れ落ちるよりも早く、無言のままエヴィルストーンへと変化する。


「なんだ……!?」


 光の筋は一条ではなかった。

 無数の光が空から降り注ぎ、周囲のエヴィルたちを次々と屠っていく。

 鋼鉄よりも硬い肉体を持つはずの鉱石人族や、二階建ての家よりも大きな巨岩族も関係ない。

 わずか一撃を受けただけで、形を失ってこの世から消滅する。


 ゾンネは上空を見上げた。

 空に浮かんでいたのは奇妙な翼を持つ少女。

 美しい金髪に、白い衣装、神話を描いた絵画のような姿。


「あれは……何者だ?」


 近くにいた輝士のひとりが呆然としながら口を開く。


 それに応えたのかはわからないが、少女は――胸元から一枚の紙切れを取り出して、それを見ながら――機械マキナで拡声したようなひび割れた、けれども良く通る澄んだ声で語った。


『あた……じゃなかった、わたくしはは、神々よりつかわされし、新世界のイブですよ! 邪悪なる侵略者に、天のさばきを与えるためと、人々をすくうために、東方から来た勇者とともに、このミドワルトへとまいもどったりまいもどらなかったりしたわ!』

「新世界のイブ……だと……!?」


 確かに似ている。

 創世期を描いた絵画にある、新世界のイブに。

 だが、あれはあくまで想像の中の話で、イブは伝説上の人物のはずだ。


 普通なら頭のおかしなやつが現れたと一笑に付して終わりだろう。

 彼女が瞬く間に街を襲うエヴィルを殲滅したという事実さえなければ。


「奇跡だ……!」

「神の遣いが街を救ってくださった!」

「人類の救世主だ! 新世界のイブ様が降臨なされた!」


 誰もが天を仰いで彼女を讃えている。

 市民達だけでなく、連合輝士団の輝士たちも。


「神話は、真実だった……?」


 ゾンネですら、しばし戦いの中にある事を忘れ、天空に佇む美しい少女を見上げていた。

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