695 ▽獣将隊四天王

 全身を揺らす振動を感じて、ジュストは目を覚ました。


「う……」


 身体が動かない。

 まるで何かに縛られているようだ。


「目を覚ましたか」

「き……さま……」


 英雄王の後ろ姿が暗闇の中にうっすらと浮かぶ。

 どうやら狭いトンネルをトロッコに乗って移動しているらしい。


「無理に喋らない方が良いぞ。生身で電磁拘束弾を受けたのだから、しばらくは指一本すらまともに動かせないはずだ」


 あの時、気を失う前に食らったやつか。

 喋るなと言われても、黙っていられるわけがない。


「僕を、どこに連れて行く、つもりだ……」

「ルティアを脱出してファーゼブル王国へ連れて行く」

「な、ぜ……」


 ルティアは敵の大軍に囲まれ、絶体絶命のピンチにある。

 自惚れではないがジュストがいるのといないのでは戦力が全く違う。

 特にあの獣将が来ているのならば、自分以外に撃退できる人間はいないはずだ。


「戦力差を考えろ。多少の善戦はするかもしれないが、今度こそ間違いなくルティアは堕ちるだろう。敵はすべての人間を皆殺しにすると言った。こんな所でお前を失うわけにはいかないのだ」


 一体、何故だ。

 ビシャスワルトに侵攻した時もそうだった。

 聖剣に細工をし、仲間のピンチにジュストだけを強制的に呼び戻した。


 親子の情なんてものを持っているとは思えない。

 こいつはジュストに何か特別なことをさせようとしているのだ。

 ルティアの民や自国の輝士団を見捨てても構わないと思えるほどの、何かを。


 英雄王の横には聖剣メテオラが立てかけてある。

 今すぐにでもあれを奪い、こいつを斬り倒してルティアに戻りたい。


「く、そ……」


 しかし、ジュストがどんなに力を込めても、しびれた身体は全く言うことを聞いてくれなかった。




   ※


「オリャァッ!」


 ヴォルは戦闘を続けていた。

 息をつく間もないほどの激しい殺し合い。

 ほんの少しの油断ですべてが終わる、文字通りの死闘を。


「オオオオオッ!」


 獣将の腕がヴォルの分身を引き裂いた。

 もし本体が食らったら、確実に即死だったろう。


「ハハッ、またハズレだな!」


 なのに、ヴォルは笑っている。

 彼女はこの獣将との戦闘を心から楽しんでいた。

 ギリギリの攻防に神経がますます研ぎ澄まされていくのを感じる。


 本来の予定では、分身で獣将を引きつけつつ、ヴォルの本体がこっそり投石器を破壊するつもりであった。


 投石器の破壊は急務だし、何よりその方が安全である。

 だから、最初は分身を限界の五体ではなく、四体に抑えていた。

 後で隙を見計らって、こっそりと本体が戦闘から抜け出すためである。


 ところが、気づけばヴォルは五体すべての分身を出し切り、全力の戦いに挑んでいた。


 獣将さえ倒せば敵軍は総崩れになる。

 そんな打算もあったが、それ以上にヴォルは本気でこいつに挑みたかった。

 魔王に手も足も出ずにやられ、一度はズタボロになってしまった、己のプライドを取り戻すために。


 ところが――


「あー、もういいや」


 獣将が急に立ち止まって首を鳴らる。

 分身の攻撃が無防備な敵の顔面に突き刺さる。

 直後、分身はうるさそうに振り払った獣将の拳にかき消された。


「……なんだと?」


 油断なく分身を補填しつつ、ヴォルは獣将を睨み上げた。

 白き虎人はこちらに興味を失ったように踵を返す。


「とんだ期待外れだったぜ。人類戦士にしちゃたいしたもんだが、思ったほど圧倒的な強者でもねえ。わざわざ俺様が相手をしてやるようなレベルじゃねえな」

「なんだと、オイ」


 ヴォルは分身を四方に散開させた。

 二人の対決を遠巻きに眺めていた周囲のビシャスワルト人たち。

 その中へ突っ込ませ、爆炎のような炎の輝粒子でもって、数十体を同時に吹き飛ばす。


「ぎゃあーっ!」


 異界人たちの絶叫が響き渡る。

 ついでに一番近くにあった投石器も破壊させた。


「なあ、これでも相手には不足か?」


 獣将が戦いを止めると言うのなら、周囲のエヴィルを殲滅するまでだ。

 六〇〇〇体だろうが一〇〇〇〇体だろうが、やってやれないことはない。


「ああ、不足だね」


 獣将は足を止めない。

 部下だった者たちの宝石を踏みつけ、去って行く。


「その程度なら部下に任せても十分だ」

「……はっ」


 コイツは目が見えないのか。

 それとも、絶望的なまでに頭が悪いのか。

 なら望み通り、雑魚共をすべて消し去ってやるよ。


 ヴォルが全力で分身を暴れさせようとした、その直後。


 頭上から六筋の黒い稲妻が降り注いだ。

 雷撃は寸分違わずヴォル本体とすべての分身の上に落ちてくる。


「ちっ!」


 ヴォルはギリギリの所で躱したが、掠った左腕が焼け爛れた。

 直撃を受けた分身はすべて一撃で消失してしまう。


 なんて威力だ。

 今の雷撃は獣将の一撃に匹敵する。


「ほう、上手く避けましたね」

「誰だ!?」


 ヴォルは頭上を見た。

 そこには薄紫色の翼を生やした妖魔が浮かんでいる。


「獣将隊四天王サライデン。貴女の息の根を止める者です」


 ただ者ではないことは気配からわかる。

 獣将には劣るが、他のビシャスワルト人とは格が違う。


「ボスの前に、まずはザコを始末をしなきゃいけないってことね」

「安い挑発は結構ですよ。先ほどまでの獣将閣下との戦闘を拝見していましたが、貴女が侮れない強敵であることはすでに承知しています。油断さえしなければ私でも十分に勝てる程度ですがね」

「……上等!」


 こいつは、かなり厳しい状況かもしれないわね。




   ※


「ぐわあああーっ!?」


 四つ目の投石器カタパルトを破壊したベラは、後方で爆発音と仲間の叫び声を聞いた。


 もうもうと立ち込める煙。

 その向こうに破壊された輝動二輪の残骸が見えた。


「アビッソ!? 大丈夫かっ!」


 ベラは自らの片腕である男の名を呼ぶ。

 しかし、アビッソの返事はない。


「くそっ!」


 機体を反転させ、仲間たちの所へ向かう。

 ほんの少し目を離した隙にグローリア部隊が全滅だと?

 一体何が――と考えた所で、ベラは頭上から降ってきた光球に気づいた。


 限界まで機体を傾けて急旋回。

 本来の進路上に着弾した光球が大爆発を巻き起こした。

 直撃は避けたものの、すさまじい爆風にベラの体は機体ごと吹き飛ばされてしまう。


「ちっ……!」

「ハーッハッハ! 勘が良いな、ヒトの女!」


 素早く機体から飛び降りたベラは地面を転がり、勢いのまま膝を曲げ立ち上がって空を睨む。


「貴様か、アビッソたちをやったのは!?」

「獣将隊四天王モーウェル! 調子に乗った人類戦士に裁きの鉄槌を下しに来た!」


 猛禽のような翼と頭。

 下半身には魚の尾がくっついている。

 全身が深紅の鱗と羽毛に覆われた、異形の怪物だ。


 そいつはまるで泳ぐように、落ち着き無く大空を飛翔している。


「四天王だと? 貴様は……」

「問答無用! 下等なヒトごときと語り合う口無し!」


 異形の魔物モーウェルは、大きく開いた口から光球を撃ち出した。

 予備動作どころか輝力の溜めすらない、超速の砲撃。

 それが、あの威力ならかなりの脅威だが……


「はっ!」

「お?」


 ベラは光球を魔剣ディアブロで受け止めた。

 あらゆる輝術を吸収、保存して自在に撃ち出せる古代神器。

 どれほど威力が高かろうと、ベラに対して輝術による攻撃は通用しない。


「ハッハァ! なんだお前、どうやって俺の攻撃を防いだんだ!?」

「なるほど、そうだったな」


 爆発させずに受け止めた敵の攻撃は、魔剣の中でベラの力に変わる。

 異界人なんぞと会話を試みた自分が間違っていた。

 やつらは侵略者で人類の敵なのだから。


「おいコラ、俺様の質問に答えやがれ!」

「エヴィルと語る言葉なし! 我が障害となる敵はこの手で斬り伏せるのみ!」


 アビッソたちの安否は気になるが、今は目の前の敵を排除するのが先決だ。

 ベラは高速飛翔術を唱え、飛び回る深紅の魔物に向かって飛んだ。

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