685 失恋

 前回のあらすじ。

 ジュストくんが女の人とキスしてました。


 なんで?

 どうしてそんなことになってるの?


 あれれ、どうしよう。

 動転してるよ、私。


「ルーチェ……さん?」


 その女の人が私の名前を呟いた。


 だれだろうあの人。

 暗闇の中で目を凝らす……

 よりも、明るくした方がはやいね。


 蛍光ライテ・ルッチ


 ぼやーっと廊下を明かりが照らす。


 わあ、ジュストくんだ。

 そして隣にいる女狐さんは、


「えーと、誰?」

「あの、シルフィードです……」


 誰だっけ?


「新代エインシャント神国の王女殿下だよ」


 ジュストくんが説明する。

 ああ、そういえば前に列車で一緒になったことあったね。

 名前は憶えてたけど顔は忘れてたよ。


「それでどうしてその王女様とジュストくんが一緒にいるの?」

「彼女は魔王軍に滅ぼされた祖国を復興させるためにセアンス共和国に亡命しているんだ。万が一のことがあったら大変だから、僕たち連合輝士団が保護しているんだよ」

「ふーん」


 でもそれって理由になってないよね。

 なんで……


 あれ、待って。

 私いますごく嫌なこと考えてる。


「じゃあさ、どうしてジュストくんとキスしてたの?」

「そ、それは……」


 どうでもいいじゃない。

 だって、私はジュストくんの彼女でもなんでもないんだし。

 私が勝手にジュストくんのことを好きなだけで、その気持ちを伝えてすらいないんだし。


「そ、そんなことより、生きていたんだね。ルー、また会えて嬉しいよ」


 うん、私もすっごく嬉しかったよ。

 あんな所さえ見なければ。


「二人は付き合ってるの?」


 何を聞いてるんだろう私。

 ここは再会を喜ぶ場面だよね?

 だって、一年ぶりに彼と会えたんだし。


「えっと、一応、そう言うことになるのかな……」


 あはは。

 さすがジュストくん。

 そういうのハッキリ言っちゃうのね。


「あ、そうなんだ」


 亡国のお姫さまを助けて恋仲になる輝士。

 きっとすごいドラマチックな物語があったんだろうな。


 なんで私、一年間もぐーすか眠ってたんだろう。

 なんで私、悠長にエヴィルなんかと戦ってたんだろう。

 なんで私、いまあの女がいる場所に立っていないんだろう。


 やあ……

 まちがえちゃったなあ。


「あ、私、今日は挨拶に来ただけですから。二人の邪魔するつもりはないですから」


 私はくるりと二人に背中を向けた。


「あ、待ってくれ! ルー!」

「待たないよ!」


 私は近くの窓を破って外に飛び出した。

 閃熱の翼を拡げて全速力で逃げる。

 見たくないものから、逃げる。


 お腹の奥が気持ち悪い。

 胸がむかむかして吐き気がする。


 うわあ。

 これってあれだよね。

 失恋……ってやつだよね。




   ※


 なんでだろう。

 さっきまで幸せだったのに。

 大好きな人にまた会えるよー、って。


 なんで今はこんなに悲しいの?

 なんでこんな風に辛くならなきゃいけないの?


 あ、わかった。

 これはたぶん夢なんだね。

 わるい夢を見てるだけなんだよ。


 その証拠にほっぺたをつねっても……ほら痛くない。

 はい夢でしたー! 目が覚めたら現実のジュストくんに会いに行くよ!


 そんなわけないのにね。


「わーっ! わーっ! わーっ!」


 叫んでみても意識はベッドの中に切り替わらない。

 だってこれは間違いなく現実なんだから。


 あうのわー。


 気がつけばもう街から遠く離れている。

 私は閃熱の翼をゆっくり消して草原に降り立った。


 そのまま体育座りになって顔を伏せる。


 さっきの私、すごく嫌なやつだったよね。

 シルクさんはなにも悪くないのにさ。


 出し抜かれたとか、裏切られたとか、そういうわけじゃない。

 私がモタモタしてるうちに彼を取られちゃっただけ。

 いや、別に最初から私のじゃないんだけどさ。


 っていうか私、何でさっさとジュストくんに告白しちゃわなかったんだろ。

 なんか、恥ずかしかったからとか、そういう理由だった気がする。


 あ、旅の間は恋愛禁止ってルールもあった。

 でもそれは途中で破棄したから関係ないか。

 ビッツさんと離れた後も何もしなかったし。


「ばーかばーかばーか」


 私のばか。

 なんでさっさと告白しなかったの。


 シルクさんのばか。

 なんで彼をとっちゃったの。


 ジュストくんのばか。

 なんで私のこと好きじゃないの。


 あー、なんだろこの嫌な感じ。

 一番最低なのはどう考えてもこんな事を考えてる私だよね。

 頭の中ぐちゃぐちゃでもうよくわかんないよ。


「なんかもうどうでもいいや……」


 エヴィルとか世界の平和とか人類の危機とかどうでもいい。

 平和になった後に幸せになれないなら戦いたくないや。


 あ、私がもし、いっぱい戦って活躍したら、ジュストくんもシルクさんより私の方を好きになってくれるかしら。


 なーんて、ね。

 ふふ……


 ばかみたい。


 草原に横たわって星空を見上げる。

 綺麗な空だけど、私の心は真っ暗のまま。

 もう今日はここで寝ちゃおうかってと思った時。


「グゥルルルゥ……」


 なんかうなり声が聞こえてきた。

 ちらりと横を向くと、紫色の大きな犬がいた。


 犬って言うか魔犬キュオンエヴィルだけど。


 面倒くさいなあ……


「ほーら、おいでおいで」


 寝転んだままちょいちょいと手招きする。

 警戒しながらも少しずつ私に近づいてくる魔犬。

 気晴らしにもならないけど運が悪かったと思って諦めてね。


 はい、黒爆火蝶弾ネロファルハ


 ……


 しかしなにもおこらなかった!


「え?」

「グアゥヲゥ!」


 魔犬が大きな顎を開き、寝転んでいる私に噛みついてくる。

 私はとっさに横に転がってその攻撃をかわした。


 き、輝術に失敗した!?


 さすがに気を抜きすぎてたみたい。

 危うく噛みころされるところだった。


 見たところ相手はたった一体。

 特に大型でもない魔犬キュオン

 それでも、エヴィルはエヴィルだ。


 戦いたい気分じゃないけど、ともかく今だけは意識を集中しよう。


 頭に黒い蝶と爆発のイメージ描く。

 身体の中を流れる輝力を掌に集中する。


黒爆火蝶弾ネロファルハ!」


 私の中の輝力が形となり、黒い蝶になって――

 出ない。


 な、なんで!?


「ウォルゥ!」

「きゃーっ!」


 も、ももも、もう一回!

 あせらずに落ち着いてあせらずに!


「ねろふぁるは!」


 出ないよー!

 なんで、なんで!?


「びあんふぁるは! いぐふぁるは! いぐろーっ!」


 うわーっ、全然ダメだ!

 なんで急に輝術が使えなくなっちゃったの!?


 ぽむ。

 わかった。

 これはあれだ。


 失恋のショックで輝術が使えなくなっちゃったとか、そーいう……


「グォルルルル……!」

「今日は調子が悪いから帰るね! さ、さよなら!」


 魔犬キュオンに背中を向けて飛び立とうとする私。

 閃熱の翼……でない。

 炎の翅……でない。

 風飛翔ウェン・フライング……できない。


 輝術が使えなきゃ飛べませんよね。

 えっ、これってヤバくない?


 輝術が使えないと私、普通の女の子なんですけど。

 エヴィルなんかと戦えるわけないんですけど。


「グォァウ!」

「きゃーっ! 助けてーっ!」


 パニック状態になってダッシュで逃げる。

 もちろんキュオンは追いかけてくる。


 私もしかして、ここで死んじゃうんじゃ――


 しゃきん。


「ギャゥッ!?」


 金属が鳴る音が聞こえた。

 続けてキュオンの短い悲鳴。


 肩越しに振り向くと、そこには横真っ二つに分かれたキュオンの姿があった。


 ずるり、と滑り落ちるキュオンの身体。

 赤黒い血とグロテスクな臓物がびゅびゅっと飛び散る。


 どさり。

 二つに分かれた身体がそれぞれ地面に落ちる。


 ……死んだ、の?


 あれ、でもどうして、エヴィルストーンにならないで……


「大丈夫か、おい」

「えっ」


 エヴィルの死骸の向こうに、誰かが立っている。

 その人は長い剣をしゃきんと音を立てて鞘に収めた。


「あれ、オマエ……?」


 青年はエヴィルをまたいでゆっくり私に近づいてくる。

 その顔が月明かりに照らされてよく見える距離まで来た。


 見覚えのある顔。

 生意気そうな鋭い目つき。

 髪色は東国人であることを表す黒。


「ルー子じゃねーか。なにやってんだこんなところで」

「ダイ……?」


 私のピンチを救ったのは、かつての旅の仲間――ダイだった。

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