671 ◆共通のともだち
「異界の技術があっても将を退けるのは無理ですか?」
「最低限の武装しか持ってきていませんし、それも今は故障中ですから」
魔王の次に強いっていう敵がどれくらいの化物かは知らない。
けど、あたしたちが戦えるような生ぬるい相手じゃないことは確かだ。
ウイングユニットが直っていたとしても、ドラゴン相手に苦戦する程度だしね。
「私は確かに異界の人間ですが、伝説の勇者とかそういうのじゃありません。それよりも少しでも被害を減らしたいなら、早く街の人達を避難させた方が良いと思いますよ」
「でも、あなたは魔王を倒すために旅をしているんですよね? ビッツさんから聞きましたよ」
そういえば、そんなことを言ってたわね。
あの時はさらっと流しちゃったけど。
「……こちらにもいろいろと厳しいルールがあるんですよ。私が『力』を使うのが許されてるのは、魔王に対してだけなんです」
「と言うことは、いざとなれば魔王を……そしてもちろん、それよりは弱いはずの将を倒せるだけの力を、あなたは持っていると言うことですよね?」
ミサイアは黙り込んだ。
それは多分、肯定を表している。
フレスさんはミサイアの目をじっと見た。
「ちなみに、ですが」
「はい」
「市民の避難は行う予定はありません」
「え、なんで?」
それまで黙って話を聞いていたあたしは思わず尋ねた。
敵の襲撃があるとわかってるなら、避難をさせておくべきじゃないの?
「手遅れだから、ですか」
「ええ。今からエヴィルの襲撃を伝えても、混乱を生むだけで良いことは何もありません。むしろ街門に殺到した人々が防衛戦の邪魔になるだけでしょう」
「いやいやいや。それで助かる人が増えるならやりなさいよ」
「どっちにしても街中に入られた時点でお終いなんですよ。そして、たぶんそれはもう防ぎようがありません」
そんな詰んでる状態なの?
「将さえいなければどうにでもなるんですよ。南部軍事同盟の協力も約束をしてもらってますし、彼らは強力な遠距離射撃武器を多く揃えていますから。前戦には送りませんけどね」
「……」
こいつはミサイアにルールを曲げて戦うよう要求している。
実際に将をどうにかしない限り、この街が壊滅するってのも本当だろう。
あたしとしても、多くの命が助かるっていうなら協力してあげたいとは思うけど……
「私も出会ったばかりの人にこんな事を頼むのは心苦しいんですけどね。本当にもう後がないんですよ。はぁ、せめてルーチェさんがいてくれれば……」
ん?
「いまなんて言った?」
「あ、こちらの話ですから、気にしないでください」
「いや、気にするとかしないとかじゃなくて。なんて言ったのかって聞いてんの」
あたしは顔を近づけてフレスさんに詰め寄った。
彼女は両手であたしを押し返し、嫌そうな顔をする。
「もっと確実に頼りになるはずの人がいたんですけど、ちょっとした誤解のせいで出て行っちゃったんです。ルーチェさんっていう名前の私のともだちなんです」
「そのルーチェさんって、肩くらいで切りそろえたピンク髪の子?」
「少し前に会ったときはずいぶん伸びてましたけど、そうです」
「あんたルーちゃんの知り合いなの!?」
今度こそあたしはフレスに掴みかかった。
彼女は力尽くで逃れようとするけど離さない。
「な、なにするんですか!」
「ルーちゃんの情報を知ってるのね? 教えなさい、どんな小さいことでもいいから」
「……あなた、ルーチェさんの知り合いなんですか?」
「大親友よ。フィリア市での一番の友達」
「ふーん……」
フレスはなぜかジト目であたしを睨む。
なによ、やる気なの?
「ルーチェさんの動向が知りたいんですね?」
「そうよ。知ってることがあったら教えて」
「いいですよ。その代わり、私と一緒に彼女を説得してください」
「お安いご用よ」
あたしはミサイアの方に向き直る。
「ミサイア。ルールとかどうでもいいから、将とかいうやつをやっつけなさい。正義のために。大勢の人の命が関わってるのよ」
「ああ、敵がふたりに!」
実際の所、彼女がなんで戦えないのか、あたしにはよくわからない。
説得してどうにかなるならやってみようと思う。
ルーちゃんの情報のために。
「というか、魔王を倒すのが目的なら将を捕まえて案内させた方が早くない? 神代エインシャント神国に行ってもゲートを通れるかなんてわからないしさ」
「そ、それは、一理ありますが……」
「ほら、その方が手っ取り早いでしょ。何かしら問題があるなら、あたしとフレスさんがサポートしてあげるからさ」
ミサイアは腕を組んでうんうんとうなり始めた。
即決で断らないあたり、脈があるとみた。
「……やっぱり、現場の勝手な判断でルールは破れません」
「そこをなんとか」
「ですから、上役と連絡して許可を得られるか確認してみたいと思います」
上役って、あの帽子の女のことかしら。
それともあの自称天使のお子様かな。
「向こうの世界と連絡が取れるの?」
「さすがに簡単にはできませんよ。ただ、大量のSHINEがあれば、短時間の通話くらいならできると思います」
「シャイン?」
「あなたたちが魔法を使うときに使ってるエネルギーのことです」
ああ、輝力のことね。
「大量というのは、具体的にどれくらいでしょう? 私の力で足りるでしょうか」
「個人に扱える程度の力じゃ全然足りません。せめてこの前のドラゴン五匹分くらいのエネルギー量がないと」
「ドラゴン五匹分って……」
「わかりました。小輝鋼石をひとつ用意しましょう」
ミサイアの無茶ぶりに、フレスさんは頷いて椅子から立ち上がった。
※
「絶っ対に人を入れないでくださいね」
「わかってます。秘密は必ず守りますから」
「
「ここは皇帝陛下が他国要人暗殺の指令を出す時にも使われる特殊な場所です。この国で最もセキュリティがしっかりしている部屋ですから、外部に会話が洩れる心配は絶対にありませんよ」
なんか聞いちゃいけないことを聞いた気がするわ。
これ、あとであたし消されたりしないわよね?
「それでは、良い結果を期待してますよ」
フレスさんが部屋から出て扉を閉める。
ミサイアは内側から六種類もの鍵を掛けた。
その後で彼女はなぜか急に部屋中を調べ始める。
「なにやってんの?」
「小型の盗聴器がないか調べてます」
「この世界にそんなものないわよ。心配しすぎじゃない?」
異界の技術がこっちに流れ込んだら大変って言うのはわかるけどさ。
そんな常に神経尖らせっぱなしじゃ身が持たないわよ。
「よし、大丈夫そうですね」
ようやく満足したのか、ミサイアは通信の準備を始めた。
まずはフレスさんから渡された小輝鋼石を中央のテーブルに置く。
小輝鋼石っていうのは、帝国の時代に砕かれた第六の大輝鋼石の欠片のこと。
これひとつで街の一角が建物ごと購入できるってくらいの超貴重品だ。
「どうするの?」
「まずは中のSHINEを取り出します……てやっ」
ミサイアは小輝鋼石を両手で挟むと、力いっぱい挟んで砕いてしまった。
「なにやってんの!?」
「シャイン結晶体は破壊した瞬間が一番多量のSHINEを取り出せるんですよ」
「借り物でしょうが! っていうか、怖っ! 輝鋼石を素手で砕けるこの女、怖っ!」
「では始めましょう」
あたしの抗議を無視して、彼女は割れた小輝鋼石の横に一枚の板を置いた。
ぱっと見は単なる黒い板にも見えるけど、何かの
板の上に指を滑らすと空中に複雑な模様が描かれる。
「その
「正確に言えば、こちらから信号を送るだけです。あとは向こうに気づいてもらえれば……よし、繋がりました」
テーブルから少しズレた場所の空間が歪む。
その向こうにぼんやりと人の輪郭のようなものが見える。
まるで水の底を眺めてるみたいな感じの、曖昧で不鮮明な映像だった。
『もしかして慈愛の女神かしら?』
「アオイさん……慈愛の女神って呼ばないでください」
おお、本当に繋がったわ。
雑音混じりだけど、帽子の女の声だ。
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