664 大賢者の技と無限の力

「いけっ!」


 手加減は無用。

 すべての爆炎黒蝶弾ネロファルハをぶつけてやる。

 黒将を中心とした数百メートル範囲で次々と爆発が巻き起こる。


 さらに、効くかわからないけど毒煙紫蝶弾ヴィオラファルハで周囲一帯を毒霧で染める。

 その上で六五の閃熱白蝶弾ビアンファルハを展開しつつ、私自身は毒霧の中に隠れた。


 敵の位置を探る。

 どこかにいる黒将の……

 いや、よく知った先生の気配を。


 みつけた!


 今度も一点集中の全方位攻撃オールレンジアタック

 逃げ場もない密度で超高熱の閃光の奔流を浴びせる。


 当たった手応えはあり。

 よし、このまま一気に……


 ――おい、無駄遣いしすぎだ!


 あら、スーちゃん?


 ――溜め込んだとは言え、全快にはほど遠いことを忘れるな! このままじゃすぐ力尽きるぞ!


 頭の中に響く声に冷静さを取り戻す。

 たしかにスーちゃんの言っていることは正しい。

 体を奪われた先生の姿を見て、つい頭に血が上っていた。


「そうだね……じゃあ、これで!」


 右手に光が集まる。

 超高熱の剣、閃熱白刃剣フラルスパーダ

 射程は短いけど輝力消費は少ないこいつで!


 私は閃熱の翼を拡げ、敵の気配がする方へ飛んだ。

 紫煙の切れ目に先生の姿を模した黒将が見える。


「えええぇーい!」


 閃熱の剣を振りかぶって一気に接近。

 そのまま振り抜いて真っ二つにしてやろうとして――


「ま、待ってくれ、ルーチェ!」


 私は動きを止めた。


「俺はこいつに意識を乗っ取られている。操られているだけなんだ……頼む、ゼロテクスの支配を解いて、俺をを助けてくれ」

「先生……?」

「今はさっき攻撃の影響で一時的に支配から逃れている。だが、すぐにまた体のコントロールを乗っ取られてしまうだろう。その前に伝えておきたいことが――」

「うるさい!」


 私は改めて剣を振りかぶった。

 先生の姿をした黒将を斬りつける。

 その体があっさりと真っ二つに裂ける。


 ただし、淡い水色の光を放って、切れた体はすぐにくっついてしまった。


「ひどいよお嬢様! 仲間が助けを求めてるのに!」

「だまれ! 先生があんなこと言うわけないでしょ!」


 誰があんな見え透いた演技に騙されるか!

 いくら姿形が一緒だからって、先生とは似ても似つかない。

 声だけ真似したところで元の性格を知ってれば別人だってわかるんだからね!


「うーん、これは予想外だったなあ。本当ならお嬢様は仲間の姿をしたぼくに手出しできなくて、どうすればいいか戸惑っているところを、じわじわとなぶり殺しにする予定だったのに」

「おあいにく様。私はそんな甘くありません」


 もし本当の先生だったとしても、私は手を抜くつもりはないからね。

 弱気になって自分の保身を優先する先生なんて先生じゃないもん。


「そういうわけで、先生の姿をしてようがなんだろうが、躊躇なくころします」

「うわあ……さすが魔王様の娘。こわいなあ。マジ外道」

「お前に言われたくないし」


 こいつの態度がアレだから気が抜けて見えるけど、これでもかなり怒ってるんだからね。

 それに人類の平和のために将は倒さなきゃいけない。

 手加減する気なんて微塵もないよ。

 っていうか、先生の顔と声でそのしゃべり方はやめて欲しい。


「しょうがないなあ、それじゃぼくもちょっと本気を出そっと♪」


 黒将が宣言をした、その直後。


「っ!?」


 先生の姿をした黒将の体から一切の輝力が消失した。

 数秒後、今度は一転して莫大な輝力が台風のように暴れ狂う。


 これは……


「こいつね、すっごい術を使うんだよ。自分の力を何百倍にも増強する技なんだってさ。ぼくもさすがにあれを見た時は驚いたなあ」


 先生がビシャスワルトで使った、最終秘技。


「けど、どうしようもない欠陥がある術だったんだよね。脆弱なヒトの体で使えば、すべての力を出し尽くして死んじゃう。ほんの数分でね。ハッキリ言ってヒトが扱えるような技じゃないんだよ」


 全身が翡翠色に変わっていく。

 極天戦神魂光核弾ミスルトロフィアと同じ色に。


「けど、ぼくなら完璧に扱える。この『極天戦神魂聖光招来メタモルフォージア』っていう術は無限のエネルギーを持つぼくにこそ相応しい術なんだよ。なにせ、この状態になった時のぼくの力は、リリティシアやバリトスすらも上回るからさあ!」


 黒将が指先を私に向ける。

 翡翠色の光の矢を放つ。


「う……」


 私はその攻撃に反応できなかった。

 光の矢は私の顔の横をかすめ、後方で大爆発を起こす。

 肩越しに振り返って見ると、遠くにあった山が大きく抉られていた。


「ね、すごいでしょ!」


 地形すら変えるほどの一撃を、輝言の詠唱どころか、わずかな溜め時間もなしで使うなんて……


閃熱白蝶弾ビアンファルハ!」


 こいつは一刻も早く倒さないとダメだ!


 全部で二五七つ。

 今の私が同時に作れる最大数の白蝶。

 それを周囲百メートルの空間に大きく拡げて展開する。


 ――おい!


 スーちゃんが焦って止めようとする。

 けど、輝力の節約をしてる余裕なんてない。

 こいつはあのリリティシアよりもずっと危険な敵だ!


「くらえーっ!」


 攻撃をされる前に、避ける暇もないような飽和攻撃で一気にやっつけるしかない。

 そう判断してすべての白蝶を敵に向かわせた直後――

 私は黒将の姿を見失った。


 見えなくなった……だけじゃない。

 あの暴れ狂うような輝力がすっかり消失している。

 攻撃目標を失った白蝶の群れはむなしく空を漂っていた。


「逃げた……?」


 いや、違う。

 これは――


「こっちだよ、お嬢様ー!」


 无天聖霊魂玲瓏陣パーフェクトバニッシュ……!

 姿を消した黒将は私の背後に回り、再び現れて小馬鹿にするよう頬をつついてきた。


「つっ!」


 とにかく、背後にいるのは確実。

 ならやることは一つ。


「このっ!」


 閃熱の光を周囲に配置し、まとめて撃ち貫く!


「ぎゃー!」


 私の体ごとまとめて貫いていく無数の閃熱フラルの光。

 視界が真っ白に染められる中で黒将の叫び声が響いた。


「ふつう自分ごと撃つ!? お嬢様、絶対あたまおかしいよ!」

「うるさい!」


 无天聖霊魂玲瓏陣パーフェクトバニッシュは、自分の体を少しだけずれた世界に移動させる術。

 理屈はよくわからないけど、姿が透明になって、気配や声すらも感じられなくなる。

 ただし向こうから干渉することもできないため、攻撃の際には必ず姿を現さなきゃいけない。


「つかまえた」

「ひっ」


 私は手を伸ばし、先生の術師服の裾を掴んだ。

 右手に閃熱白刃剣フラル・スパーダを握りしめて斜めに斬り裂く!


「うぎゃあ!」


 先生の体が真っ二つになる。

 切断された上半身がずるりと滑り落ちていく。

 私は躊躇せず付近に漂っていた閃熱白蝶弾ビアンファルハによる総攻撃を加えた。


「まだまだ! いっけー!」


 白い蝶は次々と閃熱の光へと姿を変え、黒将の体を打ち貫いていく。

 全身に無数の穴が穿たれ、人としての形を失っていく黒将。

 このまま一気に消滅させられる……かと思いきや。


「……なんちゃって。はいそこまでー!」


 ボロボロになっていた体が水色の光に包まれた。

 敵の体がすごい勢いで自己修復を始める。

 気づけばあっという間に元通り。


 大聖水霊治癒セイント・アク・ヒーリング……!

 あんな強力な治癒術も無詠唱で!?


「お嬢様、ちょーっと調子に乗りすぎ。ぼくもいいかげんに怒っちゃうよ? ほんとにもう。ってことで、次はこっちが反撃する番だからねー!」


 まともにくらえば即死の攻撃。

 いざとなったら透明になって逃げられる。

 ダメージを与えても、すぐに回復されてしまう。


 中身はただの変なやつなのに。

 グレイロード先生の輝術と無限の輝力が合わさるだけで、こんなに恐ろしいなんて……


 こんなやつ、どうやって倒せばいいの!?

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