662 黒将襲来
「……」
「あの、えっとね……」
自分からは語ろうとしないナコさん。
彼女に変わって、私がふたりに説明をした。
かつて私たちがナコさんと出会ったときの話を。
私たちの仲間だった男の子のこと。
ナコさんが彼の探し求めていたお姉さんだったこと。
姉弟の故郷の村の大人たちが、奇妙な病に罹って狂ってしまったこと。
そして、ナコさんもその病に罹っていたこと。
それは人の心を狂わせてしまう謎の病気。
ナコさんは村の大人達みたく正気を失いはしなかった。
けれど、人を斬らずにはいられない衝動に心を支配されてしまった。
そしてナコさんは、このグラース地方でいくつもの村を襲い、大勢の人を殺めてしまう。
そんな中で私たちは彼女と出会って、戦って……倒した。
ナコさんは大けがを負って崖から落ちた。
その後に数日かけて彼女を探したけれど、結局見つからずじまい。
だから、私たちは彼女が死んだものだと思っていたんだけど……
「……こんな感じ、かな」
相変わらず自分でも下手な説明だって思う。
そんな私の話をヴォルさんたちは黙って聞いてくれていた。
説明の間、ナコさんは何も言わず、ずっと黙って俯いたままだった。
「だから、彼女がたくさんの人をころしたのは、病気のせいなんですよ」
「で、もう病気が治ったみたいだから、そいつのことを許してやれって言うの?」
少し怒ったような感じでヴォルさんが私を睨む。
「そ、そうは言ってないよ」
「ルーちゃんが優しい子なのはわかってる」
カタナはナコさんの首に当てたまま、彼女は諭すように私に告げる。
「けど、さっきも言ったけど、コイツが二度と暴れないって保証はない。もしそうなればさらに大勢の犠牲者が出るわ。いくらルーちゃんの頼みでも見過ごせない」
彼女がそう言うのは当然。
だってヴォルさんは星輝士だから。
しかも同僚をナコさんの手で殺されている。
今は落ち着いて見える。
けど、ナコさんがまたおかしくならない……
あるいは今も殊勝な演技をしているって可能性は、否定できない。
「コイツは今この場で処刑する。いいわね?」
「ん……」
私は一縷の望みを掛けてベラお姉ちゃんを見る。
お姉ちゃんは難しい顔で腕を組んだまま厳しい言葉を口にした。
「ヴォルモーントの言う通りだ。私も彼女のことは放置すべきではないと思う。本来なら裁判を経てから処罰を受けさせるのが妥当だが、このまま人里へと連れて行くには、彼女はあまりに危険な存在だ」
輝士として、それは当たり前のこと。
どんな理由があろうとナコさんの罪は大きすぎる。
事件の再発の可能性を考えれば、甘い態度が大きな失敗に繋がる。
結果的に無事だったとは言え、私も彼女には腕を斬り落とされる大けがを負わされた。
恩があるわけでもないし、何が何でもナコさんを救いたいってわけじゃない。
でも、彼女がヴォルさんにころされるのが嫌なのはなんでだろう?
それはきっと……
たぶん、あの時の結末があまりに悲しかったから。
ナコさん自身はどう思っているんだろう?
もし見逃されるための演技なら、いざとなれば抵抗するはず。
「最期に言い残すことはある?」
「罰は受け入れます。ですが、ひとつだけお願いしたいことがあります」
ナコさんは気丈な態度でヴォルさんを見返した。
首筋にかかるカタナにも怯えた様子はない。
「私の首を刎ねた後で、その刀を私の弟に渡して欲しいのです」
「弟?」
「たったひとりの肉親です。咎人の分際で不躾な願いとは承知しておりますが、どうか最期の頼みと思って聞き入れて頂きたく思います」
「わかりました。私がちゃんと責任をもってダイに届けます」
眉をひそめるヴォルさんに代わって、私はナコさんに了承の意を伝えた。
「それで……いいですか?」
「よろしくお願いします。るうてさん」
彼女はフッと優しく笑った。
そのまま目を瞑り頭を軽く下げる。
処刑を受け入れ、執行人に首を差し出す罪人。
「どうぞ、お願いします」
「……わかったわ」
ヴォルさんがカタナを振り上げる。
私は思わず目を伏せた。
そのとき。
「おやあ、なんだか面白いことになってるみたいだねーっ?」
奇妙な声がした。
地の底から響いているような。
あるいは金属を爪でひっかいたような、嫌な感じの高音だ。
「お嬢様と、人類戦士がふたりと、それから……」
空を見上げる。
黒い塊があった。
一見するとなんだかよくわからない物体。
けど、私はそれを以前にも見たことがある。
「エヴィル!?」
「
間違いない。
あれはビシャスワルトで見た、将のひとりだ!
「ちっ、こんな時に!」
ヴォルさんはカタナを放り捨てて上空の黒い塊を睨み上げた。
ベラお姉ちゃんも剣を抜いて油断なく構えを取る。
ナコさんは黙って空を見上げていた。
「気をつけて! ああ見えて、あいつはエヴィルの将だよ!」
「大丈夫だ。並の相手ではないことはわかっている」
ヴォルさんもお姉ちゃんもさすがに油断はしない。
見た目で判断するのがヤバいって理解してる。
謎の不定形生物。
その力は未知数だ。
「そんな気を張らなくても大丈夫だよー。ぼくは将の中でも最弱だし、バリトスやリリティシアみたいな力自慢の怪物とは全然違うからさ。きみたちが本気になったら、きっと簡単にやられちゃうよー」
「そんな異常な量の輝力を撒き散らしながらじゃ説得力もないわね。で、自ら最弱を自称する将が、アタシたちになんの用?」
「もちろん、お嬢様の抹殺だよ。ぼくだって本当は戦いたくなんかなかったんだ……でも、魔王様の命令だから仕方ないよね!」
何、こいつ。
恐ろしいことを言ってるのに、ぜんぜん緊張感がない。
とにかく、ハッキリところすって言われちゃ、戦わないわけにはいかないね。
「東国女の始末は後回しね。ルーちゃん、ベラちゃん、まずはこいつを――」
「てやっ!」
先手を取ってのんきに喋ってる黒将に攻撃を加える。
「ぼぶーっ!?」
爆煙が巻き起こると同時に、六十五の
黒将のいる辺りを全方位から取り囲んで次々と撃ち込んでいく。
「お、おお……」
「凄まじい火力だな……」
ヴォルさんが冷や汗をかいて上空を見上げる。
お姉ちゃんも驚嘆の声を上げる。
私は攻撃を止めた。
「はぁ、はぁ……」
「すごいじゃないルーちゃん! 将をあんなにあっさりやっちゃうなんて!」
私の肩に手を置くヴォルさん。
彼女は勘違いをしている。
「気をつけて、まだやっつけてないよ!」
「え?」
私が攻撃を止めた理由。
それは攻撃がちっとも効いていないと気づいたから。
これ以上やっても輝力の無駄遣いにしかならないと判断したからだ。
「ふむふむ、さすがはお嬢様。魔王様の力を受け継いでいるだけのことはあるね!」
もうもうと巻き上がる煙の中から黒将の声が聞こえてくる。
私は以前にビシャスワルトで見ている。
こいつが先生の
マール王国で戦った夜将は異様なほどの耐久力があった。
それでも、攻撃を続けることでダメージを与えていた実感はあった。
けど、こいつは違う。
今の攻撃がまったく通じてない。
「それじゃ、次はぼくの番かなー?」
うにょーっと。
黒い塊が地面を這う。
「来るぞ!」
お姉ちゃんが警告を発し、私たちはとっさに身構えた。
けれど黒将はこちらに向かって来ずにそのまま空中へ浮かび上がる。
「っていっても、ぼくはお嬢様と違ってよわいから、
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