633 ◆機械都市の空
「まずはウイングユニットを自分の体の延長だと認識して下さい。本当に背中に羽が生えたようなイメージを描いて、ゆっくりと浮き上がる姿を想像するんです」
あたしはミサイアに言われた通りにやってみた。
目を閉じて意識を集中すると、確かに背中に今までにない違和感がある。
羽っていうのとは少し違う気もするけど、浮かび上がるような感覚はなんとなくわかった。
「あ、浮いた」
すると、足元がいつの間にか地面から離れていた。
あたしはさらに空高く浮かび上がる。
前に……と念じると、体が自然と前進した。
ちょっと意識を強めてみると移動速度もアップする。
ぐるりぐるり。
宙で八の字を描く。
くるっと大きく一周する。
「すごい、初めてなのに上手じゃないですか!」
地面に降り立ったあたしを、ミサイアがパチパチと両手を叩いて褒めた。
「思ったよりも簡単ね」
「いや、凄いですよ。普通はもっと苦労しますって。と言うか本当に初めてなんですか?」
「当たり前でしょ」
もちろん空を飛ぶのなんて初めてだ。
けど、やりたいことのイメージを描く感覚はよくわかる。
輝術を覚える時にさんざん苦労してやった、空想トレーニングに近い。
そう言えば、異世界でも輝術って使えるのかしら。
「それじゃ私は車で戻りますから、空から追いかけて来てもらっていいですか?」
「大丈夫よ。あ、でも……」
ひとつ確認しておかなきゃいけないことがある。
「念のため聞きたいんだけど、これっていきなり落っこちたりしないわよね?」
「少なくともSHINEが満ちているこの都市内では、いきなり気絶でもしない限りその心配はありません。ミドワルトでの運用は少し注意した方が良いかもしれませんね」
「その辺はあとで詳しく教えてよね」
急に落下してトマトとか勘弁して欲しいからね。
「さて、行きましょうか……あら?」
「何? この音……」
ミサイアが自動車に乗り込もうとした時、どこからか音楽が鳴り響いた。
ちょっとくぐもった感じの軽快なメロディだ。
「ごめんなさい。ちょっと待ってください」
どうやら音楽はミサイアの胸ポケットから聞こえて生きているみたいだった。
彼女は小さい板のようなものを取り出し、それに指先で触れると、音楽が止まった。
「はい、私です」
ミサイアは板を耳に当てて喋り始めた。
「なにやってんの?」
「あ……すみません、ちょっと人と一緒にいまして」
どうやらあれは小型の風話機みたいなものらしい。
会話が終わるまで待ってろってことか。
「ええ、そうです。例の、ミドワルトから来てしまった……」
あんたのせいだろって言いたかったけど、黙っておく。
「え? これからですか? 彼女は……はい、そうですよね。はい、はい」
しばらく空を見上げながら話が終わるのを待つ。
やっぱりあの太陽は作り物らしく、直視しても目が痛くない。
やがて、会話を終えたミサイアは板を胸ポケットにしまって、気まずそうに言った。
「ごめんなさい。ちょっと用事が入ってしまって、別の場所に寄らなきゃいけなくなりました」
「あたしもそれに着いて行けばいいの?」
「いえ、完全に部外者立ち入り禁止でして……」
あっそ。
「先に戻っていて欲しいんですけど、一人で帰れますか?」
まあ、帰れると思うわよ。
細かい道は覚えてないけど、空を飛べば一直線だし。
ミサイアは遠くにうっすらと見える高層建築群を指さして説明した。
「あの辺りが私たちのやって来た中心街です。赤い看板が縦に三つ並んでる建物が見えますか?」
「真ん中ちょい右側?」
「そうですそうです。そのビルに正面口から入って、受付の人にこれを見せればゲストルームに案内してくれると思いますから、そこでしばらく待っていて下さい」
彼女は紐のついたカードケースを取り出してあたしに渡した。
カードには古代語で大きく『GUEST CARD』と書かれている。
「おっけ。わかったわ」
あたしはカードを受け取って紐を首にかけた。
「お願いですから、くれぐれも寄り道とかしないでくださいね」
「わかってるって」
ミサイアは心配そうな顔で自動車に乗り込んでいく。
輝動二輪によく似たエンジン音を響かせ、彼女の乗った自動車は走り去っていった。
さて。
空を飛ぶ練習をしつつ、この世界をいろいろ見て回りましょうかね。
※
「ひゃー!」
人が、建物が、どんどん小さくなっていく。
空から見下ろす街はまるでオモチャかミニチュアみたい。
風がないのが残念だけど、自分で空を飛ぶってのは、こんなにも気持ちいいのね!
そう言えば、最後に会った時のルーちゃんも飛んでたなあ。
いつか二人で空のデートとかできたら最高ね。
空高くまで急上昇。
ぐるりと弧を描いて三連続回転。
ぎゅいーっと前方めがけて加速し、ぐるりと旋回する。
いやあ、空を飛ぶのってほんと楽しいわ。
あたしは高層建築群の方には向かわず、適当に空の遊泳を楽しんだ。
眼下を見ればカラフルな屋根の家が並んでいる。
どうやらこの辺りは住宅街みたい。
学校らしい建物もあった。
中心部の目抜き通りは商店街かしら?
この辺りの町並みはミドワルトの
もうちょっと進むと自然が拡がる場所に出た。
って言っても、深い森とかじゃない。
きちんと整備された公園だ。
「あーっ、軍のひとだ!」
「ほんとだ! おーい!」
公園の広場では子どもたちが遊んでいた。
子どもたちはあたしに気付いて、なぜか手を振ってくる。
「はは……」
適当に手を振り返してその場から飛び去った。
ルーちゃんなら喜ぶでしょうけど、あたしは子どもって苦手なのよね。
さらに別の区画へ移動する。
今度はなんだか寂れた雰囲気の場所に出た。
くすんだ灰色の建物が建ち並ぶ、生活感のない街区だ。
よく見ると、汚れた格好の人間があちこちでうろうろしている。
隔絶街みたいなものかしらね……と思った時。
「きゃーっ!」
女の悲鳴が聞こえてきた。
みると、身なりの良さそうな女性が、複数の男に追いかけられている。
「誰かっ、助けてーっ!」
「叫んでも誰も来ねえよバーカ!」
「恨むならスラムに入り込んだマヌケな自分を恨みな!」
……はあ。
ほんと、あの手の馬鹿ってどこにでもいるのね。
異世界って言っても、人の住む街なんてどこもこんなもんってことか。
この世界の事にはあまり関わらない方がいいってのはわかってるけど、あんなのに遭遇して黙って見過ごせるわけがないわよね。
あたしはそいつらめがけて急降下した。
※
「あっ!」
「へっ、間抜けが!」
逃げる女性が脚をもつれさせて転ぶ。
醜悪な笑みを浮かべて女性に襲いかかる男たち。
あたしは彼らの行く手を塞ぐよう地面に降り立った。
「はい、そこまでよ」
「うわっ! な、なんだテメエは!?」
突然空から降りてきたあたしに男たちは動揺する。
数は全部で三人。
武器らしいものは持っていない。
服装はみすぼらしいシャツとズボンだけ。
隠し持っているとしても、小型のナイフくらいだろう。
「集団でひとりの女を襲うとか、ダサ過ぎると思わねーの?」
一応の警戒をしつつ、あたしは彼らを睨み付けた。
かつての隔絶街で氷の瞳と呼ばれた目で。
「うっ……」
見るからに狼狽える男たち。
あたしは地面に倒れてる女の人に言った。
「あんた、もう行っていいわよ。あとはやっておくからさ」
「えっ、あの、でも……」
こっちも混乱しているのか、きょろきょろと首を振っている。
その態度が気に障ったあたしは思わず怒鳴りつけてしまった。
「さっさと行けって言ってんの!」
「はっ、はい!」
彼女は素早く起き上がると、一目散に走り去っていった。
どっちかって言えばあたしにビビって逃げたみたいだけど。
まあ、ぶっちゃけ邪魔だから。
礼が欲しくて助けたわけじゃないしね。
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