534 敗走
これって、もしかして……
「次元の扉。貴女たちがウォスゲートと呼んでいるモノよ」
「え……」
夜将リリティシアが、私たちのすぐ近くの空に浮かんでいた。
頭飾りを大きくしたようなコウモリに似た羽が背中から生えている。
彼女は私を見ながら薄く笑っていた。
「ふふ。お嬢様ったら、ショックで何も言えなくなっちゃったのかしら?」
「次元石の暴走……じゃないね。最初からこうするつもりだったのか。ウォスゲートを通路として使うんじゃなく、城ごと飲み込ませるなんて……!」
「ちまちま兵を送っても仕方ないでしょ? 十五年前とは違うんだって事、向こうの世界のヒト共に思い知らせてやらなきゃ」
カーディの問いかけに対して、リリティシアは心底楽しそうに答えた。
「この第二魔王城を向こうに持って行って拠点にするの。そしたらもう、次元石を壊されて足踏みする心配もなくなるわ」
えっ、えっ。
ちょっとまって、城ごとって?
だって、このゲートは神都に繋がってるって、えっ。
「ついでにヒトの国家で一番大きな街を押し潰しちゃえば、もう一石二鳥! さあ、かつてない大スペクタクルが見られるわよ!」
彼女が宣言すると同時に、空からスッと降りてくる人影があった。
ドラゴンのような緑色の翼を背中から生やした青年。
たしか竜将ドンリィェン。
「あらドンリィェン、あの厄介なヒトはやっつけたのかしら」
「倒してはいない。力尽きて勝手に沈んでいった」
さっきまで上空で戦っていた二人の姿はもうない。
竜将がそのうちの片方だったなら、沈んだヒトっていうのは……
「グレイ……っ」
カーディが悔しさを滲ませその名前を呼ぶ。
先生が、やられてしまった。
人類最強の大賢者さまが……!
「それじゃ後は、お嬢様を捕獲すれば目的達成。妖将ちゃんはもらっていいわよね?」
「好きにしろ」
「おいコラァ! ドンリィェン! 人の獲物を横から分捕りやがってェ!」
「争いは終わったのかな? 終わったのかな?」
私たちの前に浮かんでいる夜将リリティシアと竜将ドンリィェン。
下にはこちらを見上げて怒鳴っている獣将バリトス。
どこからか黒将ゼロテクスの声も聞こえる。
私とカーディの二人を取り巻く、四人の将。
そして周囲には無数のエヴィルの軍団。
先生はもういない。
今度こそ、本当の絶体絶命だった。
「あ、ねっ、ねえカーディ。何か、いい方法ないかな……?」
「……」
一縷の望みをかけて尋ねてみるけれど、カーディは何も答えてくれない。
「抵抗は無駄よ。いい加減に諦めなさいな、お嬢様」
リリティシアがゆっくりと私に近づいてくる。
爆発に巻き込まれたはずなのに、目立った外傷もない。
それは他の三人の将も同じだった。
比較的ダメージが大きいのは獣将バリトスだけ。
それも戦えないほどの怪我じゃなく、むしろ恐ろしい気迫に満ちている。
先生ですら勝てないようなバケモノが四体。
私たちじゃ逆立ちしても勝てっこない。
でも、このままこいつらの思い通りになるなんて――
「んっ……?」
突然、唇に甘い刺激が走った。
隣にいたはずのカーディが、いつの間にか私の前に回って……唇に吸い付いていた。
「な、なにを」
輝力が吸われていく。
全身の力が抜けていく。
かわきを癒やすために輝力を分け与えるのとは全く違う。
私の中にある力が、根こそぎ彼女に奪い取られていく。
「……どういうつもりかしら。黒衣の妖将」
「こいつは魔王の血を引いてるんだろ?」
冷めた声で尋ねるリリティシア。
カーディは笑いながら答える
「その膨大な力を奪えば、おまえたちから逃げることくらいはできる」
「なに、を……」
カーディが何を言っているのかわからない。
私はボーッとする頭で懸命に理解しようとした。
けど、それより早く、私の意識は闇に落ちていった。
※
「ん……」
目を開けたとき、私の身体は宙に浮いていた。
朦朧とする頭を動かして視線を上向ける。
「先生……?」
目の前は翡翠色に輝くグレイロード先生の姿。
その向こうには、真っ赤な夕焼け空が広がっている。
「目を覚ましたか」
「ここは……私、どうなって……」
「ミドワルトに戻ってきたんだよ。カーディナルに感謝するんだな」
感謝?
あれ、そういえば私、カーディに輝力を吸われて……
カーディはどこに行ったの?
ジュストくんは?
ヴォルさんは?
わからない。
頭がとても痛い。
「俺はこれから最後の仕事をする。悪いが最後まで面倒は見てやれん」
「どこへ……」
尋ねようとして、自分が透明な球体の中に入っていることに気付いた。
身体が浮いているのは、これに包まれているからだ。
首を横に向ける。
そこには信じられない景色が拡がっていた。
お城が浮いている。
まるで空飛ぶ島のように。
周囲の地面ごと空に浮かんでいた。
よく見るとそれは、少しずつ落下している。
その下には別のお城が……街があった。
あのシルエットは白の聖城。
魔王の居城が、神都を押し潰そうとしている。
「ウォスゲートが開くのは止められなかった。だが、神都には避難していない多くの民が残っている。この命が尽きる前に、せめてアレだけでもどうにかしなきゃならない」
私を包んでいる透明な球体が光りを放つ。
眩しさに、目を開けていられない。
先生の姿が見えなくなる。
「無責任な師ですまない。いつかあの世で会ったら、好きなだけ罵ってくれて構わん」
「先、生……」
なに、あの世って。
そんなこと言っちゃやだ。
「さよならだ、ルーチェ。悪いが後のことは頼んだぜ」
声が遠ざかっていく。
先生がいなくなってしまう。
もう二度と会えなくなってしまう。
「先生ーっ!」
喉が張り裂けんばかりに叫んだつもりだったけど、声になっていたかどうかはわからない。
闇の底へ引っ張られるうような眠気が襲ってくる。
寝ちゃダメだって、まだ頑張らなきゃって。
そう思うのに、抗うことができない。
遠くで轟音が響く。
胸が締め付けられるような大音響。
そんな中、私の意識は再び闇に飲み込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。