528 五大将軍、そして魔王

 私はみんなの顔を見回した。

 ジュストくんは私と同じように眉をしかめている。

 理解が及ばない、ううん、受け入れたくない言葉の意味を、どう解釈していいか迷うように。


 先生は歯を食いしばって、すみれ色のエヴィルストーンを睨んでいた。

 カーディとヴォルさんも険しい顔をしている。


 嘘、だよね?

 私はハッとしてテラスに出る。


 下には無数のエヴィルがいる。

 さっきより数が増えている気がする。

 そしてその横の空間は――まだ歪んだままだった。


「おいおいおお! なんだなんだなんだ、こいつはどういうこった!」


 誰かの野太い声が部屋の向こう側から聞こえてきた。

 暗がりの中にドアがあって、そこから現れたやつがいる。


「侵入者っていうから来てみりゃ、エビルロードの爺さん、やられちまったのかよ!?」


 虎のような頭の獣人だ。


 三メートル近い巨大な体躯。

 筋骨隆々の肉体は白い体毛に覆われている。

 肩に斧を担ぎ、下半身にだけ銀色の鎧を纏っている。


 見た目のインパクトはエビルロードほど化け物じみてるわけじゃない。

 けど、何気ない佇まいから放たれる威圧感は、あれに勝るとも劣らない。


「老師に限って油断が過ぎたということはあるまい。侵入者は相当な手練れなのだろう」


 その隣にも誰かいた。

 こっちは身長二メートルくらい。

 大きな赤いマントを肩に背負っている。


 頭に大きな角。

 それ以外はほとんど人間と変わりない。

 ぱっと見は二十代後半くらいの凜々しい男性だ。

 かなりの美形だけど、その身から漂う威圧感は隣の獣人以上。


「うん、実際すごいと思うよ。とくに誰にも気付かれずにここまで侵入したのはすごい。どうやったんだろうねー? ぜひ、ボクに教えて欲しいもんだ!」

「ひゃっ!?」


 また別の声が聞こえてきた。

 私のすぐ後ろから、軽い調子の声が。

 その出所は地面に蹲っている黒い影だった。


「ちっ」


 カーディがそいつに向かって電撃を放った。

 けれど影はうぞぞぞぞっと気色の悪い動きで避ける。

 そのまま扉の側にいる二人の方に向かって移動してしまった。


「あはは、地上のご同胞はせっかちだなあ。ぼくはただ、お嬢様にご挨拶をしてさしあげようとしただけなのに」

「軽挙な行動は慎め、ゼロテスク。将の名が汚れるぞ」


 黒い影を虎頭が叱る。

 と、その隣の男性が口を挟んだ。


「普段から命令行動ばかりしているお前が言えた立場か」

「んだと? 外様の竜族風情が、この俺様に意見すんのか?」

「あはは。ケンカだケンカだ。やれやれー、つぶし合えー」

「こらこら。仲間割れしないの」


 囃し立てる黒い影とはさらに別の、女の人の声が聞こえた。

 テラスの手すり辺りにコウモリみたいな黒い生き物が集団で蠢いている。

 それがパッと散ったかと思うと、さっきまで誰もいなかった所に金髪の女性が腰掛けていた。


 見た目は二十代くらいの冷たい感じの美女。

 夜のお仕事の人のような、黒っぽく露出の高いドレスを着ている。

 耳か頭飾りかわからないけど、頭にコウモリの羽みたいなのがくっついていた。


「おまえか……」

「はぁい、黒衣の妖将。お久しぶりねえ」


 そいつがカーディに気軽な感じで話しかける。


「誰なの?」

「夜将リリティシアよ。よろしくね、お嬢様」


 私はカーディに尋ねたつもりだったのに、コウモリ耳の美女は自分で名乗った

 ……お嬢様って、誰のこと?


「ついでだから全員の紹介をしちゃうわね。そっちの白い虎頭は獣将バリトス。その隣の無愛想なのが竜将ドンリィェン。うねうねと気持ち悪いのが黒将ゼロテスク」

「おいこらリリティシア。勝手に人の名を教えるんじゃねえ」

「きもちわるいって失礼だなー!」


 虎頭と黒いやつの抗議を無視して、夜将リリティシアは話を続ける。


「それでもって、貴女たちが必死になって倒したでっかいのが、邪将エビルロード。五人そろって五大魔将軍。魔王様配下最強の将よ」


 ……えっと。

 えっと、あれ、えっと。

 私たちが倒したのは、エヴィルの王さまじゃなかったの?


「そして今日は特別よ、光栄に思いなさい。邪将を打ち破った貴女たちに敬意を表して直々にお出ましいただけることになったわ」


 ……フッと。

 周囲が真っ暗になったような錯覚に陥った。

 その後で、まるで極寒の雪山に放り出されたような寒気が訪れる。


 後ろを振り向くと、このフロアに入るときにすり抜けてきた扉が、ゆっくりと開いた。


 遠くと近くの境目が消える。

 顔を動かそうとしても視界が一点に集中してしまう。

 瞬きをして目を凝らせば、周囲の景色は何一つ変わっていない。

 なのに、そこから目を離せない。


 扉の向こうから現れたのは、一人の男性だった。


 髪は黒。

 厳つい中年男性のような容貌。

 その身体に人と異なるパーツがあるわけじゃない。


 なのにその人物が、将たちの誰よりも怖ろしいことが、手に取るようにわかってしまう。

 空間そのものを歪めてしまうような圧倒的な存在感。

 私は思わず呟いた。


「あれが、本当の王さま……」


 すべてのエヴィルの頂点に立つ者。

 ビシャスワルト最強の王。


「そうだ、余が王」


 王が口を開く。

 しわがれた声がフロアに響く。


「すべてのエヴィルの頂点に立つ者。ビシャスワルトを統べる王、魔王ソラトだ」




   ※


 三人の将たちが膝をついて頭を垂れていた。

 ドアの近くにいる竜将と獣将、テラスの手すりに腰掛けていた夜将も。

 不定形の黒将は丸くなって縮こまっている。


 そんな中、魔王を名乗った人物が、何の警戒もなく私たちに近寄ってくる。


「……へっ」


 ヴォルさんが姿勢を低くして魔王を睨みつける。


「よせ、ヴォル」

「なんでだよ。もうゲートが開くまで時間がないんだろ? 都合が良いことに、アイツは無防備に一人でのこのこ近づいている。さっきと同じようにアタシたちが足止めしてやるよ。それとも降参するか?」

「いや……」


 はじめは止めようとした先生は、ヴォルさんの言葉に対する反論を持たなかった。


 ヴォルさんの言う通りかもしれない。

 四人の将がエビルロードと同じくらい強いとしたら……

 全員でまとめてかかってこられたら、絶対に勝つことは不可能だ。


 けど、今なら魔王だけが、他の将から離れている。

 タイムリミットも先生の輝力も限界に近い。

 なら、一気に決めるしかない!


「おいオマエ、ジュスト」


 ヴォルさんがジュストくんと視線を交わす。


「は、はい」

「一気に決めるよ。今度は最初から全力でやりなさい」


 ジュストくんは剣を握った拳を強く握りしめた。


「アタシが魔王を抑えるから、タイミングを見て突っ込んで。分身でサポートしてあげるから」

「……わかりました」


 なにげにこの二人が喋ってるのを見るのって、初めてかも知れない。

 ヴォルさんもジュストくんの力を認めてくれたのかも。

 よぉし、なんかやれる気がしてきた。


「アンタもいいね? 吸血鬼」

「……」


 カーディは視線を巡らせる。

 後ろにいる獣将たち。

 テラスには夜将。


 彼らはすでに立ち上がっているけれど、みんな観戦モードに入ってた。

 不意打ちもないとは言えないけど……


「わかった、やってやる」

「そうこなくっちゃ。グレイロードも、いいね?」

「……ああ」


 先生もやる気になったみたい。

 探るように術師服の懐に手を入れる。

 残っている小瓶の数を確かめたのかな?


 私はジュストくんの隣に立った。


「やろう。今度こそ最後の戦いだよ」

「ああ」


 ジュストくんが両手で聖剣メテオラを構える。

 私はそれに横から手を重ねる。


 勝負は一瞬。

 もし、さっきみたいな長期戦になれば不利。

 他の敵が動き出す前に、一気に魔王をやっつける!


「いくわよっ!」


 ヴォルさんが飛び出した。

 五人の分身が、それぞれ別方向に散らばる。

 流星となって魔王に躍り掛かる、人類最強の輝攻戦士!


「お手並み拝見するわ、エヴィルの王!」


 魔王は防御の構えすらとらない。

 ただ、無防備に歩いているだけだ。

 その顔面にヴォルさんの攻撃が炸裂し――


 ぱ。


 え?


 ぱ、ぱ、ぱ。

 ドッ。


「……が、っ」


 え、なに?

 何が起こったの……?


 目の前で起こった事は、とても言葉では表せなかった。


 ただ、結果だけを言うなら。

 分身はすべて一瞬で打ち払われて。

 魔王がヴォルさんの首根っこを掴んでいる。


 四肢をだらんと垂らすヴォルさん。

 その足を伝って夥しい量の血が流れている。

 炎の輝粒子はかき消え、陸に打ち上げられた魚のように痙攣するだけ。


 そんなヴォルさんを、魔王はゴミのように投げ捨てた。

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