500 五大国会談

 会議では偉そうなおじさんの文句がひたすら続いた。

 内容は主に反攻作戦の参加者について。


「ミドワルトの一大事なのだぞ!? いくら大賢者殿が認めていようと、実績も家柄もない、どこの馬の骨ともわからぬ若者に、我ら全人類の命運を任せられるか!」


 反攻作戦のメンバーは先生の選んだ五名でほぼ決定してる。

 先生、ヴォルさん、私、ジュストくん、それからマール海洋王国の輝士さま。

 最後のひとりはうるさいおじさんの隣に座ってる、青い全身鎧を着ている人がそうみたい。


 私はセアンス共和国の代表ってことになってる。

 なので、五大国から平等に一人ずつが選ばれてる形だ。

 ずっと前の会議でそう決まったらしいけど、それがあのおじさんには気に入らないみたい。


「彼はマール海洋王国の大臣よ。どうやら自国からもっと多くの代表を送り込みたいようなの」


 隣の貴婦人さまがいろいろと説明してくれた。

 セアンス共和国の輝術師学校の校長さまなんだって。


「どうしてですか?」

「魔動乱期に世界を救った五英雄を思い出してみて。マール海洋王国出身者は一人もいないでしょう? だから、今度こそは多くの英雄を輩出しようと必死なのよ」


 それで、その矛先を向けられているのが、


「そもそも英雄王殿に隠し子など、あまりに疑わしい。いきなり現れた小僧に英雄の地を引くなどと言い張られて、ハイそうですかと納得できるものか! ましてや輝術エリートでありながら世界大会での実績すら残していない娘なぞ、一体なにをもって信頼すれば良いと言うのだ!?」


 私と、ジュストくん。


 先生は前の五英雄の一人だから誰も文句はない。

 ヴォルさんはお母さんが五英雄で、本人も星輝士の一番星っていう立派な肩書きがある。

 それに対して、私とジュストくんはあまりに名前が知られていない。


 ジュストくんが英雄王アルジェンティオの隠し子だってことは秘密になってた(私も知らなかった)し、私に至ってはそもそも輝術学校のエリートって完全な嘘だし。


 マールの大臣さんがあらを探して文句を言う。

 先生や校長さま、ファーゼブルのえらい人が反論する。

 そんな喧々囂々の言い争いが、私が来る前から何時間も続いていた。


 私やジュストくんの批判に始まって、大賢者個人による決定は国際協調の面から問題がどうのこうの、魔動乱の対応の遅れがどうのこうの。


 それに乗じて、他の国のえらい人もちゃっかり利益を得ようと、いろんな提案を出す。

 大臣さんは感情的に大声を出すので、議論っていうより口喧嘩みたい。

 あ、いまの話題さっきも出たね……


 これじゃヴォルさんもイライラするわけだぁ。

 そんな状態がさらに一時間も続いたところで、今まで黙っていた人物が声を上げた。


「貴殿の仰ることは尤もです」


 ベラお姉ちゃんだった。

 良く通るハスキーな声で大臣さんの言葉を遮って、堂々と自分の意見を述べる。


「その二名がなんの実績も持たない若輩者ことは疑いようもない事実。突然現れた少年少女に世界の行く末を任せるなど、ファーゼブル王国の天輝士たる私としても、些か納得がいかない思いを抱えておりました。また、英雄王の息子と言ったところで親の七光りが実力に結びつくとは限らないでしょう」

「お、おい」


 その発言は誰にとっても予想外だったらしい。

 ファーゼブルのえらい人がお姉ちゃんを肘で小突いた。

 そんな横やりを無視して、ベラお姉ちゃんはさらに言葉を続ける。


「なればここは簡潔に、誰がもっとも代表に相応しいか、至極わかりやすい方法で決めては如何でしょうか?」

「相応しいとは、一体如何なる方法で決めるのか?」


 マールの大臣さんが質問する。

 ベラお姉ちゃんは他国のえらい人相手に、一歩も引かずに答えた。


「無論、もっとも強い者を明らかにすることでありましょう。これは人類の存亡をかけた戦い。故に敗北は決して許されません。ならばこそ、国家間の利益争いなどという無意味でくだらないことは今すぐ止め、真の強者をこそ見出すべきです」

「な……!」


 これまでの言い争いを無意味の一言で切り捨てる。

 ベラお姉ちゃんの言葉に、会議場は水を打ったように静まり返った。


 まあ、実際に戦う私たちからすれば、その通りなんだけどね。

 でもお姉ちゃんの言い方だと、むしろマール王国の大臣さんより、ジュストくんのことを批判しているように聞こえるけど……


「と言うわけで、私も反攻作戦のメンバーに志願いたします。無論、貴国の参加枠を奪うつもりはありません。私とこのジュスティツァ、そしてマール海洋王国の第二枠候補の者で、ファーゼブル王国の参加枠を争うというのは如何でしょうか!」

「お、おい! 何を言ってるんだベレッツァ!」


 ついには立ち上がって興奮気味に語り出すお姉ちゃん。

 とうとう真っ青な顔をしたファーゼブルのえらい人に咎められた。


「如何か、大賢者殿」


 けれどお姉ちゃんは服を掴む手を気にせず、先生の目を見て問いかける。

 思いも寄らない展開に、マールの大臣さんは、口をパクパクさせて黙ってしまった。


「……良いだろう。天輝士殿の提案ならば、確かにより代表に相応しい者を選ぶことができる。パケテ外務大臣殿もそれでよろしいか?」

「う、うむ」


 あれ、てっきり賛成するかと思ったけど。

 マールの大臣さんはなんだか歯切れが悪かった。

 ベラお姉ちゃんの案なら、少なくとも彼にとって不利はないのに。


「パケテ氏はわかっているのよ。自分の所の候補じゃ、力比べには勝てないってね」


 校長さまが私の疑問を説明してくれる。


「そうなんですか?」

「だから口八丁を尽くして会議を長引かせていたんですよ。彼だって、本気でこれ以上の代表枠を増やせるとは思ってないわ。単に精一杯抵抗しましたっていう実績が欲しいのよ」

「なんでそんな無意味なことを……」

「外交官なんて国からの命令には従うしかないの」


 終わった後のことより、絶対に勝つため力を合わせる方が大事だと思うんだけどなあ。

 っていうか弱い人を送り込んで全滅したらどう責任とるんだろう。


「な、ならば!」


 マールの大臣さんは声を荒げ、なぜかこっちに視線と指先を向ける。


「セアンスの代表も同じだ! あのようなどこにでもいそうな小娘に、我が誇り高きマール輝術師団の精鋭が劣るとは思えん! 同じように実力を計らせるべきだ!」

「なっ、その発言は無礼にも程がありましょう!」


 さすがにこの物言いには、セアンス共和国の代表さんも黙っていられなかったみたい。

 単に自分たちの枠が削られる可能性があるのが嫌なだけかもしれないけど。

 校長さまの横に座る代表のおじさんは強く反論した。


「相手にしちゃダメよ。パケテ氏は話を逸らすために無茶を言ってるだけなんだから」


 私の肩を叩き、校長さまは諭すように言う。

 うーん、でもなあ。


「私はそれで良いですけど」


 つい我慢できずに口に出しちゃった。


「な、なんだと?」

「ちょ、ちょっとルー……リュミエールさん」


 マールの大臣さんと校長さま、それに他の人たちの視線が一斉に私へ集まる。

 ……えらい人たちから注目されるのって、すごいプレッシャー。

 でも、これ以上話が長引くのは辛いんだよ。

 いい加減に眠くなってきたし。


「つ、強い人が代表に選ばれるのは、当然のことだと思いますでございます。私の実力に疑問がおありにならせられるなら、ぜひ確かめてみていただけなされば、それでよかたいと思われます……けど」

「言ったな小娘!」


 大臣さんは大きな音を立て机を叩いた。


「ならば望み通り、我が国の精鋭たちの実力を見せつけてくれよう! もし貴公らに打ち勝った暁には、お二方には潔く代表の座を辞退してもらう! 大賢者殿も、それでよろしいか!?」


 うっ……

 先生がちらりと私を見た。

 大臣さんの癇癪よりも、先生の無言の視線の方がよっぽどこわい。


 先生はため息を吐き、ものすごく仕方なさそうに答えた。


「それで貴殿に納得していただけるなら」




   ※


 というわけで、会議はいちおう終わったよ。

 同時に、ベラお姉ちゃんがファーゼブルのえらい人の制止を振り切って私の所にやって来る。


「ちょっと、表に」

「は、うん」


 言われるまま、私はベラお姉ちゃんに廊下へ連れ出される。

 外ではヴォルさんがゴロゴロと寝っ転がりながらチョコレートの山を食べ崩していた。


「……なにやっているんだ、お前は」


 ベラお姉ちゃんが呆れたようにヴォルさんを見て言った。


「ん、会議終わったの?」

「一応な。というか、みっともないから起きろ。大賢者様に見られたらまた怒られるぞ」


 あれ、なんか親しげだ。


「お姉ちゃん、ヴォルさんと知り合いなの?」

「以前に少し面識があってな。もっとも互いの素性を知ったのはついさっきだが」

「え、なに。アンタ、ルーちゃんのお姉さんなの?」

「隣に住んでいるだけだ。ほら、さっさと立て。すぐにお歴々が会議室から出てくるぞ」


 お姉ちゃんがヴォルさんを引っ張り起こす。

 なんか不思議な光景だあ。


「ところで、私に話があったんじゃないの?」


 ベラお姉ちゃんはハッとして私の方を向いた。

 急に手を離されたヴォルさんは尻餅をついてしまう。


「ちょっと、痛いんだけど?」

「そうだ。言っておきたいことがあるんだ」


 ベラお姉ちゃんはヴォルさんを無視して、ちょっと真面目な顔で私を見る。


「さっきは不意打ちのような形で割り込んだが、実を言うとマール海洋王国の候補なんて、最初から眼中にはない。これを機に私はなんとしても反攻作戦のメンバーに入るつもりだ。たとえ英雄王の息子だろうと、あの男に負けるつもりはない」


 えっ。

 えっと……

 あの男って、ジュストくんのことだよね?


「ルーチェ」

「は、はい」

「私は他の誰でもない、貴女を守るためここまで来た。だから……」


 ベラお姉ちゃんが私の手を取る。

 手に込めた力から、強い想いが伝わってくる。

 な、なんか恥ずかしいんだけど……っていうか、あなた?


「どうか隣で剣を振るわせて欲しい。世界のため、共に戦おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る