465 お見舞い、面会

 奥の扉は見た目通りに相当重いみたい。

 ジルさんはドアに肩を当て体重をかけるように押し開けた。

 っていうかこの扉、どうやら簡易的な輝術中和レジストがかけられてるっぽい。


 部屋の中は廊下と対照的に、白一色の壁面に囲まれていた。

 輝光灯のわずかな明かりに照らされた室内には、よく見ると薄く模様が描いてある。


 部屋全体に弱い輝力の流れを感じる。

 まるで何かを封じ込めているみたいな強い圧迫感だ。

 重い鉄の扉よりも、この部屋の中の方がよっぽど息苦しさを感じる。


 白い部屋の奥にはベッドが一つだけあった。

 そこに真っ白な髪のおばあさんが上体を起こして座っている。

 よく見るとお腹の辺りを鎖で繋がれていて、身動きがとれないようにされている。


 この人も暴動事件の加害者なのかな。

 何をしたのか知らないけど、こんなふうに拘束されてるのは可哀想。


「それでジルさん、ターニャは……」


 おばあさんも気になるけど、私は肝心のターニャの姿を探した。

 けれども、見知った友だちの姿はどこにもなく、別の部屋に繋がるドアもない。


 ジルさんは花束を抱え、まっすぐに奥のベッドのおばあさんに近づいてく。


「ルーちゃん」


 ナータが私の手に触れた。

 繋いだ掌はひどく汗ばんでいる。

 抑えきれない震えと、やるせない感情が伝わってくる。


「そんな……」


 まさか、と思った。

 ジルさんはおばあさんに向かって、その名前を口にする。


「ターニャ、来たよ」


 花束をベッドの縁に置く。

 花瓶どころか、それを置く机すらない寂しい部屋。

 彼女の涙声が狭い室内に響いた。


「聞いてよ、ルーチェが帰ってきたんだ。これでまた前みたいに四人で遊べるね。だから、ターニャも早く病気を治しちゃわないと」

「過輝症候……輝力中毒、だって」


 ナータがかすれるような声で言う。


「ケイオスの邪悪な輝力ってやつを無理やり体内に入れられて、それは人間が耐えられるようなものじゃなくって、壊れちゃって……お医者さんは、もう二度と元に戻らないだろうって」


 その言葉は、すぐ側にいる私の耳にギリギリ届くくらいの小声だった。

 ジルさんには聞かせないようにっていう、ナータの気持ちが伝わってくる。


「ターニャ」


 私はベッドに近づき、変わり果てた姿になった友だちの名前を呼ぶ。

 かさかさに乾いた骨と皮だけの手は、まるで枯れ木のよう。

 黒く濁った瞳は側にいる私たちを見ていない。

 ただ、宙をさまよっている。


「なんでもいいから、話しかけてやってよ」


 ジルさんがそう言った瞬間、瞳から熱いものがあふれ出した。


「ターニャっ!」


 冷たい手。

 私の声にも反応はない。

 まるで死んでしまったみたい。


 それでも、ターニャは生きている。

 小さく胸を上下に揺らし、口元から漏れるような呼吸の音が聞こえている。


「ごめんっ、ごめんねっ」


 涙が溢れて止まらない。

 自分でも何に対してなのかわからない。

 私はターニャの手を握り締め、謝罪の言葉を繰り返した。


 黙って街を出てごめん。

 大変なときに側にいられなくてごめん。

 友だちなのに、守ってあげられなくてごめん。


 ジルさんが私の肩を抱いた。


「ありがとう。きっとターニャも喜んで……る、よっ」

「ごめんなさい……私、何もしらなくて、ごめんなさいっ」


 震える彼女の声が悲しくて、私は声を上げて泣いた。




   ※


 それから五分後。


「時間だ。出ろ」


 外で待機していた輝士さんたちの無骨な声が聞こえた。

 ジルさんは入ってきた輝士さんを睨みつけ、ナータが輝士さんの伸ばした手を振り払う。


「肝心なときに、何もしなかったくせに……っ」


 ジルさんの怨嗟の声を受けても、輝士さんは何も言い返さなかった。

 無骨な仮面の下を伺い知ることはできないけど、何も感じてないわけじゃないと思う。


 せめてターニャの体を縛り付けている鎖だけでも壊してしまおうか。

 そんな風に思ったけれど、意味がない事だと思って止めておいた。


「行こう」


 私は涙を拭ってターニャの側を離れた。

 ジルさんも少ししてから立ち上がる。


「また来るからね」


 花束はベッドに置かれたままだ。

 重犯罪者扱いの部屋に持ち込みが許されるわけがない。

 たぶん後で処分されてしまうんだろうけど、誰もそのことには触れなかった。


「ジルさん……」

「ごめん。私は大丈夫だから」


 今にも倒れそうなほど青ざめた顔。

 あんなに強くて格好良かったジルさんが。

 今はなんて頼りなく、弱々しく見えるんだろう。


 そんな彼女の姿が悲しくて、私は手を握ろうとする。

 ジルさんは体をビクリと震わせ、逃げるように手を引っ込めた。


「あ……」

「ご、ごめん」


 ジルさんは深く傷ついている。

 わかっていても何もしてあげられない。

 それが悲しくて、私たちは無言のまま病院を後にした。




   ※


「それじゃ、アタシは別の用事があるから……」


 ジルさんはそう言って私たちと別れた。


 私とナータは二人でしばらく佇んでいた。

 もう楽しくお喋りができるような気分じゃない。

 そんな私たちの気分みたいに、いつの間にか空は曇り始めている。


 交わす言葉もないまま、私たちは輝動馬車に乗った。

 行く当てもなく馬車に揺られ、なんとなく降りたのは、私の家のすぐ近くだった。


「荷物、置きに行かなきゃ」

「手伝うわよ」


 生身の状態でひとりで持つには重すぎる荷物。

 ナータに手伝ってもらって、なんとか家の前まで運んだ。

 うちはすぐ近くだったけど、着く頃にはうっすらと手汗をかいている。


「あ、あんた、よくこんなの一人で持ってたわねっ」


 戸の前で荷物を降ろすと、ナータは息を切らしながら言った。


 私はそんな彼女の姿をみてクスリと笑う。

 運動したおかげか、暗い気持ちは少しだけ和らいでいた。


「手伝ってくれてありがとう」

「ど、どういたしまっ」


 家のドアに手をかける。

 当然というか、開かなかった。


「あ、ルーちゃん。鍵なら――」


 あの日、閉じ込められた時と一緒。

 物理的な鍵がかけられているわけじゃない。

 かすかな輝力の流れが、家の中と外を完全に遮断している。


 今ならわかるけど、それはとても簡単なロック。

 機械マキナ的に施されたそれに、私の指先が触れた。


 扉の向こうで閉じられた空間が拡がるのを感じる。

 それと同時に、建物の反対側から何かが中に侵入したのを、私はハッキリと知覚した。


「何かいる」

「え?」


 ノブに手をかけひねる。

 ドアは何の抵抗もなく開いた。


「あ、あれっ?」


 ナータは鍵を持ったまま不思議そうな顔をしていた。

 見た目は普通の鍵に見えるけど、機械マキナ的な輝力の流れを制御する道具っぽい。


「その鍵、どしたの?」

「ルーちゃんのお父様からもらったんだけど」


 なんだ、ちゃんと鍵を持ってたんだ。

 だったら別に無理やり解除する必要はなかったかな。


 おっと、それよりも。


「ごめんナータ、悪いけど今日はもう帰ってもらえるかな?」

「えっ」


 私が封鎖を解いたタイミングに合わせて侵入した、何か。

 上手く言えないけれど、それは確実に危険なものだって確証がある。


「でも……」

「お願い。ちょっとひとりになりたいんだ」


 私が真面目な顔で言うと、ナータはしぶしぶながら了承してくれた。


「わかったわ。けど、辛かったらひとりで塞ぎ込まないでね」

「うん」

「あたしにできることがあるならすぐ呼んで。黙って出て行っちゃわないでね」

「約束する」


 私はナータに微笑みかけ、彼女が背を向け去っていくのを見送ってから、『何か』が待つ家の中と入って行った。

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