453 自分だけの力で
『それじゃあ、まずは十二番と四十番』
「うおおおおおっ!」
びくっ!
番後を呼ばれるなり、さっきガラスに跳び蹴りをかましていたゴツイ男の人が叫んだ。
い、いきなり大声出さないでよ。
「さっさと俺をあいつの所に連れて行けえ!」
彼はタキシードさんを威圧するように抜き身の剣を持ったまま詰め寄っていく。
「わかっていると思いますが、聖城内で大賢者様に無礼を働けば――」
「うるせえ! ぶっ殺されたくなきゃ、さっさと案内しやがれ!」
脅されたタキシードさんは額を押さえ、大きなため息を吐いた。
「……なぜ、大賢者様はこうも遊び心が過ぎるのか。せめて弟子の躾けくらいはしっかりしておいて頂きたいものだ。まったく、面倒事を押しつけられる私の身にもなって欲しい」
「あ?」
「テメエみたいなクズのお守りはやってられねえって言ってんだよ、クソ野郎」
「なん――」
急に態度を豹変させたタキシードさん。
大男が顔を赤くして何か文句言おうとした直後。
くるりと身を翻し、回し蹴りが男の側頭部に突き刺さった。
「が……っ!?」
「ちっ。白の生徒ならこのくらい避けてみせろよ」
男はうつぶせに倒れ、ぴくりとも動かなくなる。
タキシードさんは胸元のネクタイを緩め、一転して鋭い目つきになった。
そして、残った白の生徒たちを見回して告げる。
「自己紹介が遅れたが、私の名はサーチ。普段は新代エインシャント神国輝士団の第二師団長をやっている。今日はお前らのお守りを任されているが、本来ならてめえらカス共が気軽に話しかけられるような相手じゃねえんだ。そこんとこ勘違いしてると容赦なくしばき倒していくから、そのつもりでいろよ?」
「き、輝士団の師団長だと……」
誰かが驚きの声を上げた。
新代エインシャント神国は輝術大国として有名だ。
けれど、大国の輝士団の偉い人が弱いわけがない。
そんな偉い人がこんな雑用をやっているとは誰も思わなかったに違いない。
逆に考えれば、一癖も二癖もある白の生徒たちをまとめるには、それくらいの人じゃないと無理なのかもしれないけど。
タキシードさん改め、新代エインシャント輝士団第二師団長のサーチさん。
彼は襟元に挟んだの豆粒みたいな小型集音器を持って話しかけた。
「大賢者様。独断で四十番を失格にしましたが、よろしかったでしょうか?」
『構わねえよ。お前にやられる程度のカスには用はねえ。使えないと思ったやつは、どんどん振るいにかけて潰してくれて構わねえからな』
スピーカーからくっくっくという笑い声が聞こえる。
サーチさんも倒れた男の人を介抱するでもなく同じように笑った。
「だってよ。最初からこうしてりゃよかったなぁ」
どうしよう、この人も超こわい。
早くホテルに戻りたいよう。
『ってことで十二番は不戦勝だ、運が良かったな。気を取り直して次行くぜ』
「ああ、よかったあ」
私のすぐ後ろで貧弱そうな軽装の男の人がホッと胸をなで下ろしていた。
あんまり戦いとか得意そうに見えないけど、こういうタイプの人もいるんだね。
「あんな頭の悪そうなやつ、殺さずに仕留めるのは難しそうだったからなあ。さすがに聖城の中で殺人はマズいだろうし。不戦勝になって本当によかったよ」
即座に前言撤回します。
前も後ろもこわい人ばっかりで泣きそう。
『七番と五十番。モタモタしてねえでさっさと来やがれ』
進行が遅れて苛立っているのか、先生も言葉遣いが荒くなる。
って、五十番ってどっかで聞いたような……
「あ、僕だ」
ジュストくんが呼ばれてしまった。
「じゃあ、行ってくるよ」
うーん。
ジュストくんなら大丈夫だと思うけど、やっぱり少し心配だなあ。
「あの、気をつけてね」
私が輝力を送り込むため、彼の手に触れようとすると。
『そうそう。言っておくが、如何なる手段であれ他者の力を借りて舞台に上がるようなやつは、即座にルール違反で失格と見なすからな』
先生の言葉に思わず手が止まる。
他人の力って、
でも、ジュストくんは私の輝力がなかったら、輝攻戦士化できないし……
「何をやっている、はやくしろ五十番!」
苛立たしげに声を上げるサーチさん。
その隣にはすでに長身の剣士が立っていた。
あの人がジュストくんの相手をする七番の人だと思う。
「すみません、今行きます」
「あ、輝攻戦士に……」
「大丈夫だよ。心配してくれるのは嬉しいけど、今日は僕自身の力を試してみたいんだ」
ジュストくんはそう言って小走りにサーチさんの所へ向かった。
サーチさんは二人を伴って部屋の隅の目立たないドアから出ていく。
しばらくして、サーチさんは一人で戻ってきた。
たぶんあのドアが先生のいる場所に繋がってるんだ。
うう、大丈夫かなあ。
ジュストくんの強さは知ってるけど、相手は白の生徒だし。
せめて相手が輝攻戦士でさえなければ、安心して見てられるんだけど。
「さあて、一緒に彼氏がズタボロにされる様を見学しようか」
スチームがいやらしい声を出しながら隣に座った。
なんて嫌なやつ!
「ジュストくんは負けないから!」
「くっくっく。俺の術に反応できない程度のガキが、果たしてどれだけやれるかねえ」
あああ、腹立つ!
これ以上口論しても余計にイライラするだけだから、もう思いっきり無視してやる!
「相手の七番は冥剣士アサドーラ。マール王国辺境輝士団出身の手練れだ。生来のマジメな性格ゆえ自主選別には積極的に参加することがなかったが、他者からの襲撃はことごとく打ち払って今日まで残った。かく言う俺も、やつを狩る隙はついに見つけられなかったんだぜ」
ああ、はいはい。
そうなんだすごいねよかったね。
「特に輝攻戦士化した時の怒濤の連撃は凄まじいの一言だ。一度だけやつが街の外でエヴィルを狩っている姿を見たが、あれは相当の修羅場を潜ってやがるぜ」
う。
や、やっぱり相手の人は輝攻戦士になの?
自分だけ輝攻戦士化するのは卑怯だからって、同じ条件で戦ってくれないかなあ。
私がヤキモキしていると、ジュストくんたちがガラスの向こうに姿を現した。
スチームの言うとおりにマジメな人らしく、アサドーラは先生にぺこりと一礼する。
『お久しぶりです、大賢者様』
スピーカーから先生のじゃない男の人の声が聞こえてくる。
たぶん、アサドーラさんの声だ。
『貴方のおかげで私はここまで来ることができました。覚えておりますでしょうか、輝士団を追われ、路頭に迷っていた私をあなたが拾ってくださったあの日――』
『悪いが、一人一人の話をゆっくり聞いている暇はねえんだ。言いたいことがあるなら続きは勝ち残ってからにしろ』
丁寧に感謝の言葉を述べるアサドーラさんに先生は冷たく言い放った。
言葉を遮られたアサドーラさんは気まずそうに下がる。
後ろから嘲笑するような声が聞こえてきた。
「とんだ甘ちゃん坊やが混じってやがったもんだぜ。感謝なんてしてる暇あったら、あのクズの寝首でも掻いてみろってん……」
後ろの男はサーチさんの鋭い視線に睨みつけられて続く言葉を飲み込んだ。
下手なことを言うとさっきの大男みたいに張り倒されるかもしれないしね。
こわいよう。
『んじゃ、お前ら二人にはこれからここで試合ってもらう。ルールは簡単、負けを認めた方の負けだ。それ以外に敗北条件はない』
『相手が気絶、もしくは死亡した場合は?』
先生のいい加減なルール説明にジュストくんが補足を求める。
『何度も言わせんな。降参以外の敗北条件はない。ただし、十分以内に決着がつかなかった場合はどちらも失格とするからな。わかったらとっとと始めろ』
なんだかよくわかんないルールだね。
それってつまりどういうこと?
「相手を殺してしまった場合は、どっちも負けってことだ」
スチームが私の疑問に気づいたように解説する。
じゃあ、最悪でもころされちゃうことはないってことだね。
そこは一安心……
「根性のあるやつは簡単に負けを認めないだろうからなあ。下手すりゃ、とんでもない拷問ショーが見られるぜ」
できそうにないね。
ううっ、ジュストくん!
ダメそうなら無理せず降参しちゃっていいからねっ!
『だ、そうだが……覚悟はできているかな』
闘技場の中のアサドーラさんが、そこで初めてジュストくんの方を向く。
『故郷の村を旅立った時から、ずっと』
ジュストくんは毅然と言い返す。
かっこいい!
『ならば結構。それでは――始めようか!』
アサドーラさんが剣を構える。
彼の周囲に輝粒子が舞った。
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